第424話 模擬戦
「おうおう、喧嘩なら訓練所で……って何も起こってねーじゃねぇか」
奥の扉から現れたのは、虎柄の髪と髭で顔を覆われた大柄で体格のいい虎人族の男だった。獣人の年齢は見た目でわかりづらいが、そこそこ歳は食ってそうな気はする。鋭い眼光とはちきれんばかりの筋肉は威圧感があった。
「よかった! 間に合いましたね!」
その後ろから現れたギルド職員はホッと胸をなでおろしている。
「つまらん」
面白くなさそうに呟いたのは、ギルドマスターと思われる虎人族の男だ。喧嘩が始まっていて欲しかったのだろうか。
「だがまあいい」
気を取り直したのか、ニヤリとその口元を歪めるとこちらに向かってくる。
「お前たちか。人族でSランクの冒険者とか言うのは」
「ええ、そうですが」
「わしはここのギルドマスターをしているウォークランドだ。ここで冒険者登録したいというのはこの三人で間違いないか?」
持っていた冒険者証の名前を読み上げられたので頷いておく。
「よし、では付いて来い。そっちのSランクはわしが直々に相手してやろう」
「え?」
それだけ言うとギルドマスターは奥へと引っ込んでいく。てっきりギルドマスターが冒険者証の真贋を見極めてくれると思ってたが違うのか……。
「へへ、ギルマスがランク通りかどうか判定してくれるってよ」
こっちに絡んできた冒険者たちがニヤニヤしながら、ギルドマスターが去っていた方へ顎をしゃくっている。
「えぇ……? 冒険者証出した意味は?」
「ランクを確認するためですが、あくまで参考にするだけなので……」
釈然としないので職員に聞いてみれば、申し訳なさそうな表情で職員から答えが返ってくる。
「我々ではあちらの大陸の冒険者証が本物かどうかわかりませんし」
マジかよ。
ちゃんとシステム的にできてるものと思ったけど、ぜんぜん違った。
聞いてみれば冒険者証のランクは、模擬戦の相手を選ぶときの基準にするだけらしい。それっぽいものを提出されれば通ってしまうようだ。
「適当過ぎるだろ……」
イヴァンがボソッとツッコんでいるが全くもって同感だ。
だけど模擬戦で公平に判定して、こちらの冒険者証を作ってくれるのなら文句はない。
「では訓練所に向かいましょう」
職員も移動を始めたので俺たちも大人しくついていく。と、絡んできた冒険者だけでなく、ギルド内にいた他の奴らも一緒についてきた。
上へあがる階段ではなく、脇を通ってそのまま抜けると外に出る。どうやら訓練所は屋外らしい。
「よし、来たな。まずは……Dランクのイヴァンからだな」
俺たちが来たのを見ると、満足そうにうなずきながらイヴァンを指名するギルドマスター。その後ろに続く冒険者たちを見回すと、一人の男を指名した。
「ロイス! 相手してやれ」
「ええっ!? オレっスか!?」
驚きの声を上げたのは、槍を背負った手の長い猿人族の男だ。イヴァンも槍を背負っているので、同じ槍使いを指名したんだろう。
「まぁいいっスけど」
嫌なのかと思ったが結構やる気だ。背負っていた槍を仲間に預けると、その場で軽くストレッチを始める。
「じゃあ行ってくる」
「おう」
壁際の籠に無造作に入っている木槍を手に持つと、二人は訓練所の真ん中に進み出て向かい合う。
「イヴァン兄がんばって!」
フォニアが元気よく応援すると、周囲の野次馬たちの頬が緩む。ほとんどが獣人のようだが、人族も数人いたようだ。あまり好意的ではなかったはずだが、そんな野次馬を魅了するフォニアはこの中で一番ではなかろうか。
「それでは、はじめ!」
ギルドマスターの掛け声で模擬戦が始まる。
最初に仕掛けたのはイヴァンだ。勢いよく飛び出すと最速の突きを繰り出す。思ったより素早かったのだろうか、相手は慌てた様子で躱すと大きく距離を取る。
対戦相手をからかうヤジが飛ぶが、イヴァンを見る目が変わった冒険者もいるようだ。イヴァン自身まだDランクだが、Cランクの冒険者ともやり合える腕を持っているのだ。同ランクの冒険者では相手にならないだろう。
イヴァンは突きを放った勢いそのままにロイスを追撃すると、軽く木槍を引いて何度も突き出す。
「くっ」
苦し気に捌くロイスには余裕がなさそうだ。何度目かの攻撃をいなしたところで防御が間に合わず、首にイヴァンの槍先が付きつけられた。
「そこまで!」
「……降参だ」
ギルドマスターの掛け声に両手を上げて宣言するロイスに、野次馬から次々と批難の声が飛ぶ。フォニアも嬉しそうにはしゃいでいる。
「……じゃあお前がやってみろよ!」
「やかましいわ! 続きがしたいならよそでやれ! 次はわしの番だ」
ロイスが言い返して口論が激しくなりかけたときに、ギルドマスターが割り込んであたりが静かになる。さすがに組織の長に一喝されても騒ぐ野次馬はいないようだ。
拳を反対側の手のひらに打ち付けると、ギルドマスターは気合十分に広場の真ん中へと歩いていく。どうやら素手のようなので、俺もそれに倣って腰に提げていた刀を莉緒に預けると中央へと歩み出た。
「なんだ、武器は使わんのか」
「どちらかというとこっちのほうが得意なので」
最初は格闘をメインでやっていたことを思い出しただけだが、詳細まで語る必要はないだろう。
「ふん。楽しめるならなんでもいいさ」
ニヤリと笑うとギルドマスターが自然体で構えを取った。




