閑話3 柳原十四郎
「おとうさん、今度温泉に行かない?」
「うん? 温泉?」
私は柳原十四郎。大手の携帯電話事業であるDORAGON社の社長をしている者だ。
いち早く異世界ブームに乗り加入者を大幅に伸ばしているが、そろそろ次の手が欲しいと思っているところではある。
娘の楓からのお願いに思わず頬が緩むが、キリっと顔を引き締めてどういうことか尋ね返す。異世界に飛ばされて五年ほど行方不明だった娘だ。お願いはなんでも聞いてあげたいが、限度というものがあるだろうと妻に怒られたばかりだ。
「そう、柊さんがあっちに温泉作ったんだって。それで実際に入ってみて感想聞かせて欲しいって」
「なんと!」
つまりあちらの世界に私たちも行けるということか。これはぜひとも無理やり休暇を取ってでも行かねばならないだろう。
「ねぇ、皆で行こうよ」
「そうだな。お邪魔していいのであればぜひというところだが……。温泉を作った……?」
娘の言葉を何気なく聞いていたが、よく考えてみればおかしい。温泉は作れるものだっただろうか。しかし柊くんたちならありえるのかもしれない。相当な魔法の使い手だということは楓から聞いているが、火を出したり風を操ったり漠然としたことしかわからない。温泉まで作れてしまうのか。
「すごいよね。わたしも土魔法は使えるけど、建物なんて作れないし」
「お、おぉ、そうか」
そういえば娘も使えるんだった。普段の生活では一切見せないからすっかり忘れていた。とりあえず柊くんたちに関してはいろいろ考えるだけ無駄かもしれない。そういうものだと割り切って、温泉を楽しませてもらうことにした。
そして温泉旅行当日。
柳原一家総出での旅行なんて何年ぶりだろうか。今日お邪魔させていただくのは娘の楓に妻と父の四人だ。
「やあ、久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「初めまして。あなたが柊くんね。楓の母親の茜です。よろしくね」
「どうも、水本柊です」
そういえば柊くんと妻は初対面だったか。退院して最近ようやく動けるようになったところだが、ずっとお礼を言いたいと言っていたのだ。ひたすら礼を述べる妻だったが、話が進まないし莉緒さんも向こうにいるので礼はまた後でと話を切り上げさせる。
やってきたのは柊くんたちに貸しているマンションだ。どうやって連れて行ってくれるのかと思ったが、やはりここから例の魔法で行くとのこと。
「あっちとこっちの行き来の方法は秘密でお願いしますね」
「もちろんだとも」
柊くんのお願いに快く頷く。誰かに話したとしても信じてくれそうにないし、特に問題はない。というかすでに柊くん自身が異世界で撮ったとしか思えない動画をアップしているので、今更感もある。
「では参りましょう」
柊くんの作ってくれた次元の穴を恐る恐るくぐると、その先は温泉旅館の玄関とも言うべき場所だった。カウンターにスタッフらしき人はいるが、ロビーに他のお客さんはいなさそうだ。
「お久しぶりです」
「ようこそいらっしゃいました」
「いらっしゃいませ!」
声を掛けてくれたのは順に莉緒さん、エルヴィリノスさん、フォニアちゃんだ。それにしてもエルヴィリノスさんはすごく日本語が上手になっている。
イヴァンくんもいてぺこりと頭を軽く下げてくれる。
「ここを柊くんが作ったのかい?」
「ええ、建物は莉緒と二人で造りました」
「はは、そりゃすごいね……」
改めて見回してみるが、普通にちょっと高級な温泉旅館にしか見えない。
「あなたがフォニアちゃんね」
「う、うん」
妻がさっそくソワソワしながらフォニアちゃんと話をし始めている。私たちから話を聞いて、早く会いたいとずっと言っていたのだ。念願が叶って何よりである。
「そういえば柊くん」
「何でしょう」
「ここもWiFiは繋がるかい?」
「ええ、繋がりますよ」
「はは、さすがだね」
本来ならネットワーク環境など存在しないこちらの世界ではあるが、柊くんに連絡をとるとそう時間をかけることなく返事があるのだ。環境構築したという話は聞いたが、温泉旅館にも完備しているとなればさっそく試してみるしかない。
「実は翻訳機を持ってきたんだが、そちらに日本語がわからないスタッフがいれば試してもらえないだろうか」
「え、マジですか!?」
「ああ」
こうして柊くんを驚かせることができるとは、年甲斐もなくなんだか嬉しくなってくる。
翻訳機は片耳に装着するタイプだが、耳に引っ掛けるものやイヤホンタイプなどいくつか種類がある。周囲の音を拾ってインターネット経由でサーバで翻訳され、耳へと音声として流れていく仕組みだ。
既存のサービスに新言語としてブリンクス語を追加しただけなので、それほど手間はかかっていない。
「じゃあさっそく使わせてもらいます」
使い方をざっと説明すると、どこからともなくお揃いの和服を着たスタッフらしき人たちが何人か集まってくる。我々と見た目が変わらない者や、色黒の耳の尖った者、頭の上に耳を生やした者など様々だ。
外国人が着る和服は日本でも見慣れてきたが、これはまた新しい流行りが生まれそうだ。
それにしても、頭の上に耳か……。
これはひとつの課題だな。耳の形状も様々だし、種族に合った翻訳機のハードを考える必要があるかもしれん。
「……彼女には渡さなくていいのか?」
柊くんが耳の尖った黒い肌の女性と少し言い合いがあり、結局翻訳機を渡さなかったので気になったので聞いてみる。獣人はともかく、イヤホンタイプであれば耳の長い種族でも問題ないと思ったのだが。
「彼女はブリンクス語が話せないので」
「ほう?」
ブリンクス語が話せないということは他の言語圏の人種ということか。それはそうか、地球にも様々な言語があるし、異世界にも言語がいくつもあっても不思議ではない。
「ああ、でも楓さんとなら話はできるのかな?」
「ふむ」
そういえば娘からは、特に意識することなく最初から話ができたと聞いていた。
「えーと、それはともかく立ち話もなんですので、先に部屋に案内しますね」
咳払いをして話題を変えると、柊くんがそう言って先頭を歩き始める。
確かにその通りだな。
温泉を楽しみに来たのであって、仕事をしに来たわけではない。新言語の話はあとでじっくりと楓も交えてするとしよう。
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