第409話 ダンジョンへの侵入者
「妾は里に帰ることにした」
翌朝になって、神妙な表情を浮かべたリゼルエーデが、顔を合わせるなりそう切り出してきた。
屋敷の食堂で朝ごはんを食べ終わったあとであるが、昨日からおかしかった様子は今日も変わりがない。なんか避けられてる気がするんだがめちゃくちゃ気になる。
「そりゃまた急だな」
「そ、そうじゃな……」
話しかけるとビクッと反応して、一拍遅れて言葉が返ってくる。
「温泉楽しみにしてたみたいだけど、もういいの?」
「うむ……。ちと用事を思い出しての」
莉緒も首を傾げながら話しかけるが、俺の時ほど怯えた様子はない。
『柊なんかしたの?』
『えええ? いや、何もした覚えはないんだけど……』
『だよねぇ。なんだろ……? とりあえず今日は私が対応しておくわね』
『頼む』
莉緒から念話が飛んでくるが、まったくもって身に覚えがない。なんだか理不尽さを覚えるが、今日はとりあえず莉緒に任せておくことにしよう。
すぐに帰るかと思いきや、リゼルエーデは迎賓館の視察に行くという。一応連れてきた二人がどんな環境で働いているのか、確認が必要だという話だ。
今すぐ帰るって雰囲気だったが、俺と直接顔を合わせなくなった途端に元気になったのだとしたらちょっと凹むが。
ダンジョンの扉を利用できるようになるゲスト用の鍵を初めて作ってみたが、有効期限は一日あれば十分だろう。鍵を持っていないと通知が飛んでくるので必須なのだ。
「はぁ……」
思わずため息が漏れたが、わざわざリゼルエーデ本人に確認するわけにもいかない。
「今日もダンジョンに行くのか?」
「まぁ、フォニアが楽しみにしてるからなぁ」
「ついてきてくれるならありがたいけど」
ダンジョンの難易度としてはイヴァンたちでも余裕ではあるが、さすがに斥候職抜きでダンジョンに潜るのは避けたいところだ。ある程度の罠なら強引に踏みつぶせそうだが、そうじゃない罠があるかもしれない。
「お姉ちゃんは来ないの?」
「ああ、ちょっとだけお仕事ができたから、あとで来るんじゃないかな」
「そっかー」
「わふーん」
フォニアが耳を垂らして残念そうにすると、それを見たニルも同じように耳をペタリと畳んでいる。最近フォニアの真似をするのが流行ってるらしい。
「んじゃ行きますか」
「おー!」
「わふーん!」
ダンジョンまで続く次元の穴を開くと、フォニアが元気よく右手を上げ、ニルがそれを真似するように右耳をピンと立てた。
そこは手じゃないんだな。
ぞろぞろとみんなで穴を潜ってダンジョンの前に出ると、突如頭の中に警告が響き渡る。
「え?」
「どうしたんだ?」
思わず上げた声に反応したのか、イヴァンが振り返る。
「いや、ちょっと、なんだこれ。ダンジョンに侵入者?」
その警告は、自分がダンジョンマスターを務めるダンジョンに、侵入者ありという警告だった。鍵を持っていない人物の警告とも異なるようで、こっちのほうが緊急度が高い警告のように感じる。ヒノマルの各拠点を繋ぐ扉はダンジョンに設置してあり、職員がよく利用しているが今までこんな警告は出たことがない。
「ええ? 侵入者? 大丈夫なのかソレ……」
イヴァンの心配する声にフォニアも不安そうに眉を寄せている。
「あー、うん、ちょっと待って」
鳴り響く警鐘に集中すると、具体的にどういう警告なのかが浮かび上がってくる。
「は? ダンジョンマスターにコアを奪われる危険性あり? 脅威度2……ってなんじゃこりゃ」
「ダンジョンマスターって……、シュウのことじゃねーの?」
「いや、そうなんだけど……」
さらに集中すると、侵入者がいる場所が浮かび上がってくる。どうやら迎賓館側にあるダンジョンの通路のようだが、そこはついさっき莉緒とリゼルエーデが向かった場所のはずだ。
「んん……? つまりリゼルエーデが、他のダンジョンのダンジョンマスターなのか……?」
ふと目の前に広がるダンジョンの入り口へと目を向ける。
「ここもダンジョンだよな」
「そうだな。ダークエルフの集落近くのダンジョンだろ?」
「ああ、やっぱりそうなのか?」
つまりリゼルエーデはここのダンジョンマスターということなんだろうか。警告の意味が正しいとすれば、間違いはないだろう。
そこに別のダンジョンのマスターである俺が入ったから、同じように警告を受けたと。だから昨日あれだけ挙動不審だったのかもしれない。
イヴァンに俺の予想を語って聞かせると、それが真実だと言う確信が湧いてきた。誰かにしゃべったおかげか、自分の中にストンと落ちた感じだ。
にしてもリゼルエーデの脅威度が2ってのは、あんまり大したことがないという意味だろうか? ということは、リゼルエーデ側にも俺の脅威度が表示されているわけで、どういう表示になってるのかちょっと気になる。
「あ、そうだ」
「ん?」
『莉緒、聞こえるか? リゼルエーデはまだ近くにいる?』
イヴァンの反応をスルーして、念話で莉緒へと確認する。
『え? ああ、まだいるけど、どうしたの?』
『いや、ちょっとした実験をしようと思ってね』
これから俺が目の前のダンジョンに入れば、恐らく再びリゼルエーデに侵入者ありと警告がいくはずだ。そこに莉緒が何気ない口調で、ダンジョンに侵入者でも入ったか尋ねてみれば面白いことになりそうだ。
そういったことを莉緒に説明すると苦笑いが返ってきたが、理由は理解してくれた。
『それはそれで、リゼルエーデにとっては災難ね……』
莉緒はリゼルエーデに同情的だが、俺としては理不尽に避けられたという感情だけが残っているのだ。今となっては事情が理解できたが、多少の意趣返しくらいはいいだろう。




