第372話 港街アイソレージュ
「海だー!」
眼前に広がる大海原を前に、フォニアが嬉しそうに声を上げて走り出す。そのまま波止場の手前まで来ると、すぐ真下にある海を覗き込んでいる。
ここはフェアデヘルデ王国の王都から東へ向かった突き当りにある、港街アイソレージュだ。そこそこ大きな街で漁業も盛んであり、海産物にも期待できるというものだ。
「楽しみね」
「そうだな。魚とかは帝国で大量に仕入れたあとはほぼ消費しかしてないからなぁ」
最大十メートルほどになる魚がほとんどなのでまだ底が尽きたわけではないが、久しぶりに新しい魚介類をいろいろ食べられると思うと楽しみだ。
周囲にはたくさんの漁船が停泊している。もうお昼も過ぎて漁が終わったのか、周囲にあまり人はいない。もちろん海産物を売るお店なども見当たらない。
「じゃあ戻って買い物か?」
イヴァンが元来た道を背中越しに指さしている。
賑わう街中を通り抜けて海まで来たので、食材を買うなら戻るしかない。たぶんここの港も帝国と同じように、船が壊されないように魔物除けの薬を撒いているのだろう。ここから海を観察する限りでは大物は近くに感じられなかった。
「そうだな。戻るか」
賑わう街中の露店通りを物色しつつ食材を買い漁って情報収集だ。帝国の港街で見かけた十メートル級の魚がいなかったので、露店を通り抜けて港へ先に向かったが無駄足だったのだ。
「お、牡蠣があるぞ」
「これウニじゃない?」
日本で見たものより五倍くらいのサイズだが、もちろん牡蠣やウニに似た何かだ。
「そんなに買ってくれるならオマケしとくよ」
気前のいい露店のおっちゃんである。
「ありがとう。ところで」
「なんだい?」
お金を払いながらここで獲れる海産物について聞いてみる。
「あんまり大きい魚を見かけないけど、ここじゃ獲れなかったりする?」
「はは、そんなことはないさ。水揚げされる魚は五メートルを超えるものもあるが、さすがに露店でそのまま売れんからね」
「ああ、なるほど」
確かにデカい魚を一匹丸まる買う一般人はいないか。買っても保存方法がないし。それにしても。
「五メートルですか。そんなに大きくないですね」
「帝国じゃ十メートルくらいのがいたわよね」
「へぇ、他所の国のことは知らないが、ソレージュ湾内で獲れる魚はどっちにしろ小ぶりなのが多いからね」
負け惜しみのようなおっちゃんの言葉にちょっとだけ笑ってしまう。
「湾の外には百メートルを超えるのがうじゃうじゃいるって話だよ」
「百メートル!?」
予想外の大きさに驚いていると、おっちゃんが満足そうに頷いている。
「それは食べ応えがありそうね」
「へ?」
だが続く莉緒の言葉に、満足そうな笑顔が固まった。
「あっはっはっは! いやいやお嬢ちゃん、何を言ってるんだい? あれを食べるって……。あの海域は通り抜けることすらできないことで有名なんだ。ましてや巨大魚を仕留めた話なんて聞いたことないよ」
が、すぐに笑いが返ってくる。どうやら冗談と思われたようだけど、もちろん本気である。百メートル級の魚とか楽しみしかない。貝とか海藻とかもでかかったりするのかな。これは海底にも潜ってみなければ。
他にも露店のおっちゃんおばちゃんから話を聞いてみたけど概ね同じ反応だ。中には東へ新大陸を求めて冒険に出た話も聞いたが、もちろん戻ってきた人間はいないらいし。
「さてと、そろそろいい時間だし漁は明日にするかな」
「それはいいんだけど、どこに泊まるの?」
区切りをつけたところで今日の宿問題が出てきた。ここに来る道中は野営用ハウスを出していたけど、そういえば街に来てから宿を取っていなかった。
「なにか考えがあったんじゃねぇのかよ」
「完全に忘れてた」
ちょっと魚に舞い上がっていたようだ。街に着いたら最初に宿を取るようにしていたのに、イヴァンに突っ込まれるとは。
「でしたらこの街のヒノマル拠点に行きましょう。拠点間転移ができますし、シュウ様たちならどこへでも行けるかと」
「マジか」
「その手があったか」
エルに言われて初めて気が付くヒノマルの万能っぷりである。ほとんどメサリアさんに丸投げしているからか、どこの街にどれくらいヒノマルの手が入ってるのか全然知らない。
拠点間転移ができるということは、ダンジョンの入り口を作りに俺も来たことがあるはずだ。だけど自分で作ったスマホを座標にして直接拠点内にテレポートしてきたので、拠点がどこにあるのかや、外観などさっぱりわからない。
「こ、これはグランドマスター!」
エルに案内されてやってきたのは、街の寂れたエリアにあるスラムに近い二階建ての建物だった。隣に孤児院があるようだが、エルによれば孤児たちにも街の情報を収集してもらっているらしい。
「えーと誰だっけ」
なんとなくだけど見覚えがあるような気がしないでもない。
メサリアさんに強制連行されて、拠点間転移の仕組みを作りまくっていた頃に会ったはずだ。
「アイソレージュ支部を任されておりますライラックと申します!」
「あー、うん、ライラックね」
とは言ったもののやっぱり覚えてなかった。
グレーの髪を普通に切りそろえた、普通の顔立ちをした中肉中背のどこにでもいそうな普通の男だ。
「しばらく出入りすると思うけどよろしく」
「はっ!」
ビシッと敬礼をするライラックに頷くと、俺たちは今日の宿へと向かった。




