閑話5 第七部プロローグ
このたび、第5回集英社Web小説大賞、奨励賞を受賞いたしました。
「成長率マシマシ(略)」、書籍化いたします!
「ようやく抜けたか……」
危険地帯を通り抜けできたことに安堵して額の汗を拭う。安全に抜けられることは知識として知っていても、本当に大丈夫なのかは体験してみるまでわからないものだ。
ここは海の上に浮かぶ大型船の中だ。過去に西にあると言い伝えのあった新大陸を目指していたが、思いのほか早く到着することができた。今まで到達できなかったのは、百メートルを超える巨大海洋生物が住まう海域を越えられなかっただけなのである。
「船長、そろそろ上陸しての調査ですかい?」
「ああ、そうだな」
海洋生物から姿を隠すことのできる魔道具が開発されて十年。新大陸が発見されてから二年。ようやく付近の海岸の調査を終えたところだ。
歴史を紐解けば俺たちの祖先はこの西の大陸からの移住者らしいが、千年近くも昔の話となればそんなことは関係ない。ただの未知の大陸だ。
まっすぐ西へ向かった突き当りの海岸は岸壁が多く、上陸できる箇所がなかった。北側へ回り込めば砂浜もあったが、上陸してもすぐに深い森が続いており、出鱈目な強さの化け物が徘徊していてとてもではないが開拓できるものではなかった。
南側へ進むと岸壁が切れて、西方向へとさらに進むことができるようになっている。このあたりの海域は波も穏やかで、巨大海洋生物が生息しておらずとても安全だ。だからだろうか、奥のほうへ行けば現地人が船を出して漁をする様子が遠くからも見て取れた。
確証は得られていないが湾になっているようで、その内側は比較的安全なようなのだ。まだ港街や漁村といったものは発見できていないが、近くにあるのだろうことは間違いない。
「現地人と争うつもりはないんですよね?」
「当たり前だ。問答無用で襲い掛かってこられたらその限りじゃないが、未踏地の調査が優先だ」
幸いにして俺たちの国から西大陸まではそう遠くない。もとを辿れば同じ民族ということから、言葉が通じる可能性も非常に高い。調査員を少しずつ送り込んで情報を得るのが最初の目的だ。
まずは現地人と接触し、脅威度を見極めてから国として平和的に接触するか、侵略対象とするのかを決定する。漁に出ている現地人を遠くから鑑定した限りでは、今のところ脅威となる人物は見つかっていない。もちろんただの漁師に強者がいるとは思っていないが、一般人のステータスとしては我が国の国民と大差ないようではある。
「このまま楽に侵略できればいいんですがね」
「最初からそんな態度だと、最悪の場合に不利になるのはこっちだぞ」
肩をすくめる部下を窘めるが、正直その気持ちには同感だ。歴史的には俺たちの祖先はこの大陸から逃げてきたという話がある。昔すぎて今更何とも思っていないが、追放されたと解釈している人間も一部いるし、どちらかと言えば西大陸の人間にいい感情を持っていない人間のほうが多い。
「船長!」
ちょうどそのとき、船尾から一人の船員が駆け寄ってきた。
「どうした?」
「海の様子がおかしくて……、船尾に来てもらえませんか」
「わかった」
眉を寄せる船員にそう言われては行ってみるしかない。海の様子がおかしいならなおさらだ。まさか巨大海洋生物が近づいてきたのだろうか? とはいえそこまで焦った様子は見せていないので緊急ではないだろう。
「あれです」
指をさされた方向を見れば確かにおかしい光景があった。
ここは湾と思われる場所の入り口あたりだ。これ以上外に出ると巨大海洋生物に襲われる可能性があるため、陸の漁船はここまで来ることはまずない。
その危険な海域にて、海面から巨大海洋生物が飛び出してきたのだ。何か得物を追いかけて海面に出でてきたのだろうか?
などと思いながら遠くに見える巨大魚を注視していたその時。
「――は?」
海面に着水すると思われた海洋生物がいきなり姿を消した。
何があったのかと手持ちの望遠鏡を覗き込めば、一人の人間が空中に浮かんでいる姿が目に入った。
「あれは……、人……、ですかね」
一緒に船尾までやってきた部下も望遠鏡を覗き込みながら呟いている。
「おい! 今すぐ鑑定できる人間を呼んで来い!」
人だとわかったと同時に声を上げると、慌てた様子で船員が船内へと駆けて行った。
待っている間にも遠くでは、巨大な魚が海面に現れては姿を消すという怪奇現象が起こっている。
「お呼びですか、船長」
しばらくすると船員に連れられてきた一人に声を掛けられた。
「ああ、グレックか。あそこにいる人物を鑑定してくれないか」
指さしたほうに視線を向けたグレックが、またもや海面から飛び出してきた巨大魚が消えた現象を確認して固まっている。
「ほれ」
正気に戻すためにも持っていた望遠鏡を渡すと、ハッとして受け取って覗き込む。
「え……、飛んでる……?」
人間が何もない空中に留まっている現象に声を上げつつも、懐から鏡を取り出して望遠鏡の前に持ってくる。
あの鏡は『真実を映す鏡』だ。本当の姿を映して幻影などを見破るものだが、他にも使い道がある。それは、映し出したものに対して鑑定を掛ければ相手に気づかれないといった効果だ。強者や高位の魔物には鑑定するだけで気づかれる者が存在するのだが、こうして望遠鏡越しに遠くから鑑定すれば気づかれない。
「……は? ……え?」
鑑定をかけ終わったらしいグレックからうめき声が漏れてくる。
「どうした?」
「し、信じられません……」
「何がだ」
「な、名前は、シュウ・ミズモト。ステータスは――」
「は?」
つらつらと告げられるステータスに思わず絶句する。もう一人リオ・ミズモトという人物もいるようだが、そちらのステータスも似たようなものだ。
「そ、その二人を徹底的に調査しろ! 所属と、今後敵対する可能性があるかどうかが最優先だ!」
「「「はっ!」」」
危機感を覚えた俺の命令に、部下たちは即座に反応する。
巨大魚のステータスを遥かに超える数値に、空中で消える巨大魚がどこへ行ったかなど気にする者はこの場にはいなかった。




