第334話 警戒レベル2
「ダンジョンの情報が見れるってなんだろね」
空間をつなげた穴を閉じた莉緒が、興味津々で俺の手の中にあるタブレットを覗き込んできた。
ここはダンジョンの入り口から落とし穴を超えたすぐの場所だ。ダンジョンの情報が見られるってことなので、たぶんダンジョンの外よりは中で使ったほうがいいんじゃないかと思ったのだ。
「えーっと、どれどれ」
タブレットをじっくりと眺めてみる。裏も表も真っ黒の板状の薄い物体だ。サイズは十インチくらいだけど、思ったより薄くて軽い。よく見ればサイドにボタンらしきものがあったので押してみる。
「お、映った」
画面に黒以外の色が付いて文字が浮かび上がってくる。バックライトはなく薄暗くて見えづらいが文字ははっきりと読める。
「マシーナレイズ?」
「なんだろね? このダンジョンの名前なのかな?」
そしてしばらくするとまた画面が切り替わる。どうやら見たい情報がいろいろと選べるメニュー画面のようだ。
「マップと魔物に、クリエイトとステータス?」
とりあえず試してみるかとマップをタップすると、ダンジョンの地図が画面上に表示される。
「うわ、すごいね」
地図の見た目は3Dの立体的なものになっており、左側には閲覧できる階層が選べるのか1から5までの階層がリストアップされて並んでいる。
「ダンジョンって思ったよりハイテクだ――」
他の階層を選択しようとタブレットに指を伸ばしたところで、外から入ってきたのか入り口に魔物がいきなり現れる。全身の毛穴が一気に開いたような感覚に襲われ、振り返ると同時に結界を張って飛び退り距離を取る。魔の森で師匠にしごかれた記憶と共に、「戦闘モード」に一瞬で切り替わるのを感じていると、目の前の魔物は入ってきた勢いのまま落とし穴へと落ちていく。
「うおおお! びっくりしたー」
莉緒も同じように結界を張っており、胸を片手で押さえて魔物が落ちていった穴を凝視している。
「ちょっと、これは、焦ったわね……」
莉緒と二人で穴を覗き込むと、床から生えてきた何本もの槍に串刺しにされている魔物が見えた。角が立派な四本足の魔物で、どうやらこの遺跡周辺にいる鹿の魔物のようだ。すでに絶命しているようでピクリとも動かない。
「そういや気配はわからないんだったなぁ」
後頭部をかきながら反省する。普段から気配察知は欠かしていないけど、次元を隔てた向こう側の気配は察知することができないのだ。ダンジョンは階層ごとに次元が異なるので、入るときや階層をまたぐときは気を付けなければならない。
「それにしても、このダンジョンって外の魔物が入ってくるのね」
「そうみたいだな。ダンジョンじゃロボットの魔物しか見かけなかったし、外には出てなさそうだけど、まさか外からは入ってくるとは……」
ダンジョンは成長するという話は聞いたことがある。ここは今まで誰にも見つからなかったダンジョンだと思うけど、かなりの規模を持っていると思う。ここまで大きくなるには長い年月をかけて、魔の森の魔物をこうして捕食していたんだろうか。
「ちょっと落ち着いた場所でそのタブレット調べてみましょ」
「おう、そうするか」
こうして俺たちはひとまずダンジョンの外に出る。どうやら中に入ってきた魔物は一体だけのようで、他に魔物はいないようだ。
「外でもちゃんと動くみたいだな」
「これなら一度家に帰ってもいいんじゃないかしら」
「そうするか」
タブレットがダンジョンの外でも正常に動作することを確認すると、いったん家に帰ることにした。
「よし、じゃあ俺はちょっと森の魔物の様子を見てくる」
「わかった。じゃあ私は帰り道にあの騎士たちがいるかどうか調べてくる」
「任せた」
一応魔の森に出たら魔物の様子は確認するようにしている。スタンピードも近いだろうし、こまめに確認は必要だろう。
魔の森に等間隔に設定した各ポイントに転移しつつ、周囲の魔物を気配から探っていく。最近は探索範囲もさらに広くなっているので調査もすぐに終わる。
街の北門近くの森へと転移で戻ってくると、同じように周囲の気配を探る。イヴァンたちはまだ戻っていないけど、莉緒は門の前で待ってくれていた。騎士は見当たらないと莉緒から念話が入っていたし一安心だ。
森から出ると門の前で待つ莉緒のもとへと向かう。
「お待たせ」
「早かったわね。どうだった?」
「だんだん近づいてきてるけど、今日はちょっとペースが上がってる気がする」
話をしながら北門をくぐって街の中へと入っていく。直接家に転移してもよかったけど、せっかく審議官やそのお付きの騎士たちにはバレないようにしているので念のためだ。門から出たらちゃんと門から入るようにしている。
そのまま大通りをまっすぐに進んで家まで来るが、莉緒と一緒に冒険者ギルドへと顔を出すことにした。魔の森の魔物が迫っていることはすぐにでも知らせる必要があるのだ。
いつものようにギルドマスターの執務室へ顔を出すと、今日の調査報告を行っていく。険しかった眉間の皺がさらに深く刻まれていき、話を終えたあとはふと諦めたように表情を緩めて大きく息を吐いていた。
「今日一日でもうそこまで近づいてきてるのネ?」
「はい。間違いありません」
「そうネ……」
大きく広げた地図を睨みつけながら思案すると、意を決した表情で顔を上げる。
「今からスタンピード警戒レベルを……、2に引き上げるネ」
そして低く重い声でそう宣言が下された。




