第330話 晩御飯にする?
「は?」
疑問の声を上げたのは俺ではない。
「なんだなんだ?」
最初に上がった声に続けて他の野次馬からも声が上がる。審議官が来たことにざわつきだしたかと思ったら、次はそのターゲットが俺だということで周囲がますます騒がしくなっていく。
「……ここは少し騒がしいようですね。場所を変えましょうか」
気が付けば野次馬に囲まれて騒がれている状況に眉をしかめた審議官が、そう言葉にしながら冒険者ギルドの奥へと歩いていく。俺の横を通り過ぎてカウンターまで行くと、こちらを振り返りもせずに職員に会議室を用意しろと要求していた。よく見れば護衛の騎士っぽいのが一人審議官の後ろに付いているようだが、そいつも含めて俺が付いてきていることを疑ってもいないのだろうか振り返りもしない。
他人ごとに思いながら周囲を見回せば、見知った顔というか髪があった。グレーに赤い房の混じってるのは確か国士無双のパーティだったか。
「え? あ、シュウさん?」
「いいところに。ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけどいいかな?」
審議官をガン無視して国士無双に声をかけると、ギルドの外へと連れ出していく。
「ちょっ、え、あの……!?」
カウンターの前にいる審議官に視線をやりながら軽く抵抗されたけど気にしない。
「いいからいいから。ここは奢るから、審議官ってのについて教えてくれよ」
ギルド近くの料理屋に国士無双パーティの四人を連れ込むと、適当な席に着く。夕方前だからかそこまで席は埋まっていないが、そこそこの賑わいがある。
そういえば魔の森の食材に目が行ってたからか、この街にどんな料理があるか巡ってないことに今更気が付いた。
「……いいんですか?」
「ああ、何でも頼んでくれていいよ」
パーティリーダーであるチャンクに答えると首を左右に振られる。
「いや、えっと、そっちもですけど審議官のことです」
言われてさっきの出来事を思い出すが、なんというかあの高圧的な態度は気に入らない。
「そう言われても、よく知らん奴に付き合う気はないし」
肩をすくめてそう口にすると、乾いた笑いが返ってくる。
「さすがSランクアルね」
「だけどせめて審議官が何なのかだけはちょっと教えてもらおうと思って」
注文を取りに来た店員にこの街の名物を頼むと、他のメンバーにも気にせず注文するように言っておく。
「そういうことならありがたく」
教えてもらうことへのお礼だと言えば、遠慮もなく注文を始めた。じゃんじゃん注文してくれないと手持ちのお金が減らないからね。
そうして料理をつつきながら聞いた話を簡単にまとめるとこういうことらしい。
審議官とは国の役職の一つであり、ある程度重要な案件の決定権を持つ役人とのことだとか。召喚状を無視した際に派遣されたのであれば、その相手の罪状を確定することができるんだとか。最悪、罪が確定されれば捕らえられ、逃げたとしても国中で指名手配されて賞金がかけられるそうな。
なんだそれ。そんな賞金どっから出るんだ? もしかして俺たちの資産を当てにしてるとか?
「へー」
「へーって……、このまま放置しておけば確実に犯罪者になりますよ」
「いったい何をやったアルね……」
「何かした覚えはないんだけどなぁ。しいて言えば、どこぞの男爵がよこせと言ったものを拒否ったくらいか?」
それよりもこれ美味いな。アサリみたいな貝に見えるけど、近くに川とか湖とかがあるんだろうか。
「うーん。それくらいならここまで大事になる気はしないんですけど」
「それに魔の森にスタンピード警戒レベル1が発令されているアルね。そんな状況でSランク冒険者に審議官が派遣されるなんてありえないアル」
「最大戦力ですしね」
チャンクとファンがお互いに思ったことを口にすると、他のメンバーもうなずいている。要求を拒否ったこと以外には本当に心当たりがない。あの男爵が話を膨らませたんだろうか。警戒レベル1になったことは王都にも早馬で知らせが届いているはずだし、もしスタンピードが発生したらどうするんだろうか。
「とりあえず審議官が何しに来たかはわかった。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
「それじゃ俺はそろそろ戻るよ」
「わかりました」
異空間ボックスから金貨を一枚取り出してテーブルに置くと、そそくさと料理屋を出る。ちょっと多かったらしく引き止める声が聞こえてくるが、大した金額じゃないのでスルーだ。
さっきの審議官が俺を探してるかもしれないし、見つかったら面倒だ。隠密系スキルをフル活用しながら家路を急ぐ。
幸いにも呼び止められることなく帰ることができてほっと息をつく。もしかするとギルドマスターが説得してくれているのかも知れないと淡い期待もあった。今この街にSランク冒険者は俺たちしかいない。国士無双パーティも言っていたように、ギルドとしても最大戦力である俺たちに抜けられると困るはずだからだ。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
玄関から入ってリビングに出ると、エプロン姿の莉緒に迎えられる。気が付けばもう夕飯前の時間帯らしい。それほどガッツリ食べたわけじゃないけど言うほどお腹は減っていない。
いやしかしそんなことはどうでもいい。
「……もうすぐ夕飯だけど、どうしたの?」
しばらく返事をしない俺に首をかしげる莉緒は、改めて見ると非常に可愛い。高圧的な態度の審議官によってささくれだった心が癒される思いだった。




