第327話 顔合わせ
「待たせてしまったかな」
十四郎さんに連れられた俺たちは、同じビルにある撮影スタジオに来ていた。学校の教室二つ分くらいの広さだろうか。天井も高く各種照明や機材などが揃っていて、テレビの中で見た撮影スタジオそのままの印象だ。
さすがに世界五大通信会社だけあって、自前のビルにスタジオまであるなんてすごい。
「社長! ご無沙汰しております」
隅っこのテーブルセットの椅子に腰掛けていた女性が立ち上がるとこちらに近づいてくる。同じテーブルに座っていた男性も立ち上がると、その場でぺこりと頭を下げる。
「久しぶりだね。またよろしくお願いするよ。今回はこちらの柊くんたちと共演ということになるけどね」
そう言って十四郎さんがこちらにも話を振ると、俺たちも自己紹介をしていく。小型犬サイズになっているニルが一声鳴き、エルも片言だけど自分の名前だけは流暢にしゃべっていた。
「きゃー! あなたが噂のフォニアちゃんね! ……ホントに耳と尻尾があるんだぁ」
肩にかかるくらいの栗色の髪をした女性が興奮しつつ、フォニアの前まできて目線を合わせるようにしゃがみこむ。歳は二十代くらいに見えるけど、芸能人ともなれば見た目年齢は当てにならないかもしれない。
しかし急に接近してきた女性にびっくりしたのか、フォニアはイヴァンの足の後ろに隠れてしまう。
「あぁん……。ごめんなさいね……、驚かせちゃったみたいね」
残念そうな表情を浮かべる女性だが、その後ろにいる男性も含めて自己紹介される気配がなく誰なのかさっぱりわからない。
「お姉ちゃんだれ……?」
耳を力なく倒したフォニアがイヴァンの後ろから顔を出して尋ねる。
「あはは、やっぱり小さい子は知らないよねぇ」
ショックを受けた様子だったけど気を取り直して立ち上がる。
「わたしは鵜瀬彩華っていうの。女優をやってるんだけど、よろしくね」
そう自己紹介をすると振り向いて、もう一人の男性を手招きする。
「ほら、猫ちゃんも自己紹介して」
「ちゃん付けはやめてくださいよ」
眉をしかめながら近づいてくる男性は猫ちゃんと言うらしい。
「はぁ……、もしかしておれのことも知らないってことはないよな……」
肩をすくめて俺たちの前に立つと、表情を引き締めつつも自信なさげに自己紹介をしてくれる。
「おれは姫川猫吉だ。テンペストっていうアイドルグループは聞いたことある?」
猫ちゃんって名前は何かのあだ名かと思ってたけど、ホントに猫という言葉が名前に含まれているみたいだ。それにしてもアイドルグループか……。世界五大通信会社のCMに起用するくらいだろうから、それこそ誰でも知ってるレベルの人なんだろうけど。
莉緒と顔を見合わせるけどもちろん知ってるはずもない。その様子を見てあからさまに肩を落としている。
「まじかー。まぁしょうがないか……。なんにしろよろしくな」
「「よろしくお願いします」」
こちらも改めて挨拶を返すと、猫ちゃん――姫川さんも調子を取り戻す。が、イヴァンに視線を固定すると眉を寄せている。
「しかし……、本番じゃないんだからわざわざ男まで付け耳してこなくてもいいだろうに」
どうやらイヴァンの耳は偽物と思ってるらしい。フォニアは可愛いからあえて指摘していないということだろうか。
言われたイヴァンとしてはムッとした表情をしつつ、本物アピールなのか耳をぴくぴくと動かしている。
「本物の耳なんだけどな」
その言葉を聞いたフォニアも、ぺたりと倒れていた耳をぴくぴくと動かし始める。徐々に目を見開いていく姫川さんと鵜瀬さんの様子に、俺も思わず口角が上がった。
「え? ほんもの……?」
「うそだろ?」
「尻尾もちゃんと本物ですよ。ニルの尻尾だって三本ありますし」
ニルの正面から前足の脇に手を入れて抱き上げると、尻尾がよく見えるように持ち上げる。何か始まるのかと期待したニルが三本ある尻尾をぶんぶんと振り回す。
「ええ……?」
半信半疑で近づいてくる二人だったが、近くにいた鵜瀬さんがそっとニルに手を伸ばす。尻尾をわさわさと撫でるとその表情が驚愕に彩られる。
「マジか」
姫川さんは近づいたことで尻尾がよく見えるようになったんだろうか。触らずとも理解したようだ。フォニアの尻尾は五本あるけどワンピースの中だし、わざわざお尻を見せてやる必要もない。
「こ、コスプレじゃなかったの!?」
「はっはっは。自己紹介も済んだことだし、話を進めようか」
驚く二人をよそに十四郎さんが椅子に腰かける。どうやら全員分の椅子が用意されていたみたいで、ニル以外のみんなが腰を落ち着けると言葉を続ける。
「さっそくCMの話に移りたいと思うんだけど、フォニアちゃんを魔法の国からやってきた王女様という設定でやっていこうと考えているんだ」
「はぁ……」
「えーっと、あー、はい……」
二人の反応は似たようなもので、ニルを含めた獣属性の二人に視線を注いでいる。一方で十四郎さんの話を聞いたフォニア本人は、耳と尻尾をピンと立てていて興味深そうにしている。この前に仁平さんと冗談交じりで話していた内容がまさか採用されたのか。
「……それってホントに設定なんですか?」
鵜瀬さんが疑わしそうにしているけど安心してください。
「王女様というのは設定ですよ」
何でもない風を装って告げるが、その表情は変わらなかった。どうやら安心させることはできなかったみたいだけどなぜだろうか。
「はは、魔法の国からやってきたのは否定しないんですね」
と思っていると姫川さんからそんな声が上がった。
なるほど、そっちを気にしてたということか。
だがしかし『魔法が使える世界の国から』という意味にもとれるので、特に否定はしないでおく。意味深な笑みだけを二人に返しておいた。




