第325話 ネット環境を作ろう
次にミスリルを針金状に伸ばしたもので試してみたところ、ロープの時よりも早く次元の穴が閉じてしまった。疑問に思いながらもいろいろと試していると、どうやら魔力が飽和している物質ほど穴が閉じにくいことがわかった。
恐らくだが次元の穴をつなげて維持してる魔力がミスリルに吸収されたんじゃないかと予想している。
「よし、試作機の完成だな」
開けた次元の穴を維持するだけの魔道具の完成だ。ケーブルに見立てたロープをミスリルでコーティングしてあり、動力となる魔石をくっつけて次元魔法を付与してある。この魔道具自身で次元の穴を開けることはできないが、魔力を飽和させてあり俺たちがあけた穴の維持だけはしてくれるのだ。付与した次元魔法も相まって相当長い間維持できると考えているが、効果時間はこれから調べるところである。あんまり短いようであれば魔石じゃなくて魔晶石を使わないといけないところだ。
日本からコンセントの延長コードで実験してもよかったんだが、長さが足りなかったのともうちょっと安全に気を配ってからということになった。実験に失敗してマンションが火事になったりしたら冗談では済まない。
「とりあえず一日持ってくれればいいわよね」
「そうだな。エルにも魔力の補充はできるだろうし」
見たところ補充なしで最低一日くらい持つ計算だ。魔力も補充できれば俺たちが数日不在にしても大丈夫だろう。
「さすがご主人さまです!」
夕飯の片付けまで終えたエルのテンションが高い。ここまでテンションが高いと別人に見えるくらいだ。とりあえず日本と繋がってるということで、電波が一本立ったスマホでエルが動画を見ている。
「そういえば仁平さんからメール来てたぞ。CM一緒に撮るタレントが決まったから一度顔合わせしないかって」
「ふーん、そうなんだ」
「はは、あんまり興味なさそうだな。……まぁ俺もだけど」
「だってねぇ……」
莉緒の言いたいことはわかる。日本のマンションにあるテレビはつけることもあるけど、誰一人として知ってる人間がいないのだ。道路標識を含めてあっちの日本で生活していて感じる違和感の一つだな。ちょっとずつ慣れてはきたけど最初は気持ち悪くて仕方がなかった。
「明日の昼過ぎに本社で打ち合わせするから、時間が合うなら来てくれだって」
「へぇ」
「行きます! ぜひ行きましょう!」
莉緒がどっちでもよさそうな返事にかぶせるように、スマホで動画を見ていたエルが興奮してまくし立てる。てっきりスマホの動画に集中してるかと思ったけどそうでもなかったみたいだ。莉緒と顔を見合わせて笑うと、エルがちらりと手元のスマホに視線をやった。
つられて見れば、動画がちょくちょく止まって音声も途切れて画質が悪かった。
「あー、そういうことね」
かろうじて電波が立ってるだけじゃ通信環境が悪いらしい。
「すまほも小さいので、何をやっているのかわからないことも……」
悲しそうにエルが肩を落とす。映らないテレビを置いとく意味はないかなと思ってたけど、ネット回線を引けるなら野営用ハウスに置いてもいいかもしれない。地上波は入らなくてもネット動画なら見れるはずだ。
「じゃあ明日は向こうに買い物にでも行こうか」
「一応顔合わせもね」
「そうだな」
「よっし!」
若干侍女モードが剥がれたエルが拳を握って喜ぶさまを生暖かく見守っていると、呆れた表情でイヴァンが声を挟んできた。
「ニルはどうすんだ?」
促されて視線を向ければ、尻尾と耳をへにゃりと倒して悲しそうなニルがいた。
「はは、お前も一緒に行こうか」
首元をわしゃわしゃと撫でながら言葉を続ける。
「向こうに着いたら呼んでやるから電車には乗らなくていいぞ」
「わふっ!」
乗らなくていいと聞いたとたんに尻尾と耳を立て、嬉しそうな声を上げる。
「よかったねぇ」
フォニアも一緒になって喜んでいるが、仁平さんたちと話をしているときの遊び相手がいることに安心しているだけかもしれない。
「よし、決まりだな」
こうして翌日の予定を決めた俺たちは、仁平さんに明日伺う旨を連絡するとゆっくりと風呂に入って今日の疲れを癒した。
そして翌日。顔合わせは昼からなので、午前中に魔の森の様子をちらりと見に行って結果をギルドマスターへと伝える。多少魔物が街に近づいていたけど想定の範囲内だ。すぐに何かあるわけでもなさそうなので、そのまま予定通り日本へと向かうことにした。
ちなみに開けた次元の穴は朝起きても繋がっていたので、実験結果としては最上の結果になったと思う。続きは帰ってからにしよう。
「よく来てくれた」
「お久しぶりです」
ニルを呼び出してからいつもの会議室に顔を出すと、十四郎さんがパソコンを広げて何か作業をしていた。最近はずっと仁平さんとやりとりしていたから顔を合わせるのも久しぶりに感じる。
「最近はどうだね」
キーボードを叩く手を止めて十四郎さんが話を振ってくる。会議テーブルを挟んだ向かいに座るとこちらの近況について話をするが、エルはひたすらじっとパソコンに視線を集中させている。
「そっちは厳しい世界だね……」
山岳地域のフェアデヘルデ王国に入ってからの話をしたけど、十四郎さんの眉間に皺が寄っている。
「楓さんはどうしてますか?」
異世界に召喚されて五年間行方不明だった楓さんの様子を聞けば、今は家庭教師を付けられて勉強三昧の毎日らしい。
「親として義務教育はちゃんと受けさせてやらないといけないからね」
それでも楽しそうにしていると聞いて、連れて帰ることができてよかったと思った。
「ところで、ひとつ相談したことがあるんですけど」
話がひと段落付いたところで、俺は異世界でWiFi環境を作りたいことを切り出した。




