第320話 警戒レベル1
「それはともかく、スタンピード警戒レベル1を発動するネ」
地図に魔物の分布である赤い印を書き込みながら、ギルドマスターがそう宣言する。魔の森の浅瀬や中層に入ってすぐのところはそうでもないが、中層の奥地にもなれば赤く塗りつぶされている箇所が点在している。
「レベル1ですか」
「そうネ。スタンピードが近々発生する可能性あり、というレベルネ」
話を聞いたところ、レベル1が発動されたことは過去にあまり例はないらしい。というのも、そんなに奥地まで調査できる人材などそうおらず、気づいた時には手遅れになっていることのほうが多いからだとか。
そんなんでよくこの街が維持できてるなと思わなくもないが、この街が魔物に突破されれば国として大きな被害を受けるのは確実だ。小さな集落はいくつかあるが、この街から街道を行けば次にある大きな街は王都となる。
……そんな近くに王都なんぞ作るなよと思ったけど口には出さないでおく。
「可能性ありってことは、発生しない可能性もあるわけだ」
「それはそうネ。普段観測できてるのは魔の森の中層までだから、そこの魔物分布が多少増えてるだけだと判断が難しかったネ。だけどさらにその奥にこんな塊があれば別ネ。……だけどこれらの分布も普段通りだという可能性もあるネ」
だからと言って何も対策をしないというのはありえない。備えというのは万が一のためにするものだ。
点在している赤いマーカーには主な魔物の名前が記載されていて、ギルドマスターが特に注意すべき魔物へと指を滑らしていく。
「特に危険なのはロックドラゴンと、メタルスパイダーにレッドアントの三種類ネ」
ロックドラゴンは調査開始早々に出くわしたトカゲだ。あとは俺たちが愛用しているシャツの原料となる糸を吐くメタルスパイダーだな。この糸の丈夫さは普段から実感しているが、一般人からすれば驚異の強靭さなのは間違いない。レッドアントはランクとしてはCなんだが、あの大量の群れは侮れないものがある。
「他にも無視できない魔物はいるけど、特にこの三種類の群れは監視を続けて欲しいネ」
「その前に。魔の森の調査依頼はこれで完了でいいですか」
普段の分布が知られている範囲は全部調査し終わったはずなので、いったん完了でいいだろう。それ以上の範囲を調べてあるし、やりすぎた気がしないでもないが、このままずるずるといくわけにもいかない。
「……そうネ。ワタシもこんなに早く調査が終わると思ってなかったネ。魔物の監視は追加依頼という形で受けて欲しいネ」
「わかりました」
一度調査したエリアなら再調査はそこまで時間はかからない。地形把握が不要なので、並列思考に魔物の検索を多めに割り当てられる。それに強い個体に空間魔法でマーカーをつけておけば、多少離れていても把握はできる。というわけで遺跡の探索に時間が取れるな。
ギルドマスターと追加依頼の条件を詰めればこの場は解散だ。
執務室を出れば、特別警戒を出すというギルドマスターと別れる。どうやら王都にも早馬で連絡が出るようだ。この街で食い止められなかったら王都の番なので当然だ。もしかすれば王都からも応援が来るんだろうか。
いつものようにギルドを出て自宅へ帰りつくと、家の門近くに体格のいい男が二人転がっていた。微妙にエルの魔力を感じるので追い返された奴らだろうか。ってか大通りなのに治安悪すぎないかね。まったく。
「ただいまー」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おかえりー!」
リビングに入ればフォニアが元気よく迎えてくれる。
「おう、おかえり。なんかよくわからん男が訪ねてきて押し入ってきたからぶっ飛ばしておいたぞ」
「あれ? そうなんだ」
俺たちに気づいたイヴァンがそう教えてくれる。家に帰ってきたすぐあとに男たちがやってきたらしいが、脅し文句を口にした瞬間にエルの魔法が炸裂したらしい。通行人に影響が出ない程度に抑えたからか、男たちもそこまでダメージを受けておらず脅威に感じなかったらしくてイヴァンが物理的に排除したそうな。
「まぁいいや。魔の森の調査が終わったからさ、明日からちょっと森で見つけた遺跡の調査に行かないか?」
「遺跡?」
「ああ。森を調査してたら見つけたんだよな。ギルドも把握してなかったから、もしかしたら未探索の可能性もある」
「へぇ。そんなのがあの森にねぇ」
「ああ。魔の森はかなり広いからな。もしかしたら他にも遺跡とかあるかもしれん」
そういえば天狼の森にも謎の塔とかあったな。大地の裂け目なんてところもあるし、この世界には思ったより解明されていない謎や施設なんかが他にもあるかもしれない。この調子だと浮遊大陸なんてものもあったりしないだろうか。ロマンが広がるね! 今度メサリアさんにでも聞いてみよう。世界各地の逸話とか知ってそうだ。
「いせきって、ダンジョンなの?」
フォニアの言葉に思わずみんなで顔を見合わせる。
「いやー、地下二階まで行ったけどダンジョンじゃなかったな」
「うん、その先はどうなってるかわからないけど、どうだろう?」
「行ってみればわかるんじゃね?」
「うん! ボクがいせきの謎を解くよ!」
「はは、そうだな。その時はフォニアにお願いするかな」
「任せて!」
そうして自信満々に胸を張るフォニアを微笑ましく見守るのであった。




