第300話 山唐辛子
「改めて、助けていただきありがとうございました」
リーダーらしき冒険者の男が代表して一歩前に進み出てくる。
「いやはや、申し訳ない……」
一人逃げ出したフェイが縮こまっているがそれも仕方がない。
話を聞いたところ、ブラックエイプに襲われてフェイを護衛しながらもなんとか凌いでいたそうだ。だが護衛をされ慣れていないフェイがパニックを起こして逃走し、現在に至るということらしい。
「話には聞いていたんですが、ブラックエイプなんて初めて見たもので……」
EランクのエリアにDランクの魔物が出てきたとなればそんなもんなのかな。
「なんにしろ間に合ってよかったですよ」
改めて自己紹介をしたところ、フェイという行商人を護衛するDランクパーティの四人組という組み合わせだ。パーティ名は国士無双。前衛の男剣士二人がチャンクとパオで、後衛魔法使いの女性陣二人がファンとシェイランというらしい。
「ホント、一時はどうなることかと思ったわよ」
ダークグレーにいくつか赤い房の混じった髪をしたファンが、腰に手を当てて呆れている。
「フェイが逃げてったとき、もう死んだかと思ったアルね」
紫髪のもう一人の男であるパオは、フェイを見て安堵の表情を見せる。シェイランがそれを見て激しく首を振って頷いている。
「あはは……」
諦められたと思ったフェイは苦笑いをするしかないようだ。
「それにしてもどうやって倒したんだ。さっぱり何をやったのかわからなかったんだが……」
最前線にいたであろうチャンクがこちらに顔を向けるが、特に難しいことはやっていない。
「ただの風属性の魔法ですよ」
「そ、そうか」
肩をすくめて答えるとそれ以上追及する気はなさそうだ。
「本当にありがとうございました。このお礼は改めてさせていただきます」
「そうだな。ちゃんと話は通しておくから、戻ってきたらギルドには顔を出してくれよ」
「はは、わかりました」
特にいらないけど相手が納得するならそれでいい。こっちも今日はそこまで時間があるわけでもないし、早くワサビを採集して帰らないと日が暮れてしまう。それは向こうも同じだろう。
「気を付けてくださいね」
莉緒も笑顔で見送るとそのまま五人は街へと帰っていく。フォニアを見て何か言いたそうにしていたけど、特に何も言われることはなかった。どう見ても幼女だしな。なんとなく言いたいことはわかる。
「んじゃ俺たちも行くか」
ちょっとわき道に逸れたけど、ワサビの採集を再開だ。
その後のワサビ採集は順調にいき、日が暮れる前に街まで戻ってきた。ギルドで依頼を受けた分のワサビを納入し、ブラックエイプが出たということを報告したらそのまま現物も買取カウンターに出しておく。
主に報告したのはイヴァンで、俺は荷物持ちに徹していた。日帰りで依頼を終えたこともそうだけど、カウンターでブラックエイプを出すとびっくりされる。異空間ボックスの使い手って他にいないもんなのか。師匠以外に見たことがない。
そういえば昼間に助けた国士無双のメンバーは見かけなかったな。
「まぁいっか」
あの時間だし日帰りで帰ってこれると思われてなかった可能性が高い。ギルドでの用事は終わったので、さっさと帰ることにする。
「ただいまー」
「おや、おかえり」
宿に帰ってくると女将さんに笑顔で迎え入れられる。
「これお土産のワサビです」
「ワサビ?」
「あ、違った、山唐辛子です」
「あらまあ」
普通にワサビって言っても現地の人に通じるわけもない。
「もし可能であれば、山唐辛子料理が食べたいなって思って」
「うふふ、そうかい。時間がないから夕飯には大したもんは用意できないけど、いくつか出してあげるよ」
せっかくの名物なら現地の料理も食べてみないともったいない。もちろん自分たちでもこのワサビを使った料理を作ってみるけども。
「じゃあお願いします」
快く女将さんに了承されると、俺たちもそのまま宿の食堂へと入っていく。
フェアデヘルデ王国に入ってから初めての夕飯だ。ちょっとだけ楽しみだな。
席に着くと採集したワサビを取り出して観察する。匂いはそれほどしないけど、鼻を近づければワサビ独特の香りがする。
「とりあえずおろしてみる?」
「おろし金なんて持ってたかしら?」
莉緒に言われてから気が付いたけど確かに。
「そういえば持ってないかも。まぁ作ればいいか」
異空間ボックスから金属を取り出すと、魔力を加えて適当に変形させていく。確かワサビ用のおろし金って刃が細かかったっけ。
「できた」
小さめのおろし金ができたのでさっそくおろしていく。
隣で莉緒が魚の切り身を出してエルに渡すと、刺身用なのか短冊切りされてお皿に盛りつけられていく。醤油も小皿に垂らせば準備完了だ。
「普通に出てきた飯を食うだけじゃねぇのかよ」
イヴァンにツッコまれたけどフォニアが刺身を楽しみにしてたからなぁ。
「はい、フォニアちゃん」
「ありがとう!」
「ワサビならここに置いとくぞー」
「辛いのいらない!」
莉緒が醤油の入った小皿を渡すと笑顔で受け取るが、ワサビをおろした小皿をフォニアの近くに持っていくと押し返されてしまった。
ほほえましく見守りながら、刺身を自分の醤油皿に取ってワサビを少し載せるとさっそく食べてみた。
「うまっ! なにこれ、知ってるワサビと全然違うんだけど!」
辛みの中に旨味と甘みが広がり、鼻に抜けていく香りも抜群だ。
もちろんあとから出てきたワサビを使った宿の料理も美味い。なかでも焼きワサビが美味かった。火を通せば辛みが抑えられるのかもしれない。日本で食べたワサビが食べられなくなりそうだった。




