閑話3 エルヴィリノス
「……」
姿を消したご主人様たちとカエデを、孤児院長のミラベルが口を開けたままポカンと見送っている。丁寧に頭を下げて見送っていた割には、驚いてしばし固まっているようだ。
「さて、それじゃあさっそくお仕事しますか」
正気に戻すためにもそう声を上げると、ミラベルがこっちを向いた。
「あ、えっと、しばらくは大丈夫ですから」
「まぁそう遠慮せずに。ご主人さまに命令されたら逆らえないんでね」
首輪を見せると驚かれたが、あくまで命令はミラベルの手伝いだ。何もなければあたしも何もしなくていいんだけどね。
しかし、あっちの世界に連れて行ってもらえなかったのはとても残念だ。向こうの言葉はわからないけど、魔力を使わずに動く道具や乗り物が気になって仕方がない。
となれば答えはひとつだ。
連れて行ってもらえるように精一杯有能さをアピールするしかないでしょ。なんだかんだ言ってうちのご主人さまはお人好しだからね。割とお願いは聞いてくれる方だとは思う。
「それじゃあお言葉に甘えて……、お掃除をお願いしてもいいかしら」
「ああ、わかった」
となればさっそく特訓の成果が発揮できるときがきたか。ご主人さまほどじゃないけどそれなりに使えるようになったのだ。
廊下に出ると早速風の魔法で埃を巻き上げつつ廊下を進む。壁際の埃まで攫っていくことはあたしにはまだできないけど、これでもかなり上達したのだ。
「ん?」
気配を感じて振り向けば、孤児院の子どもたちが興味深そうに後ろからぞろぞろとついてくる。
「すげー、風がぐるぐるなってるぞ」
「まほーだ!」
「お姉ちゃんなにやってるの?」
子どもからの素直な賞賛も悪くない。裏がいっぱいありそうな大人からと違ってうれしいと感じられる。しかも多少は苦労した威力最弱の魔法だ。
「廊下を掃除してるんだ。こうやって風で埃を集めるんだ」
廊下や壁際で渦を巻いていた風を目の前にもってきてやると、子どもたちが大はしゃぎをする。普通は日常生活で魔法なんて使わないし、子どもたちも見たことないんだろう。ご主人さまたちが異常すぎるだけなのだ。
「すごいすごい!」
「集めたごみはどうするの?」
「そりゃ捨てるんだろ?」
口々に話しかけられるものの、わざわざ捨てに行ったところでどうせ焼却処分されるだけだ。
「じゃあ捨てに行くぞ」
宣言すると元気のいい返事とともに子どもたちがついてくる。そのまま玄関を抜けて庭に出たところで子どもたちから「ごみはあっちだよ」と指をさして教えてくれるが、わざわざそこまで行く必要もない。
「ごみはこのまま燃やしたほうが早い」
風の魔法の中に火の魔力を込めていき、軽く火をつけて風を上方に舞い上がらせる。
「うわっ!?」
「ひゃっ!」
「燃えた!」
ぶわっと一瞬だけ大きく炎が広がったかと思うえば、そこにはもうごみの姿はなくきれいさっぱりなくなっている。
「「「すげー!」」」
子どもたちからの称賛の嵐に気をよくして胸をそらす。魔法が得意だと思っていた自分だったけど、ご主人さまたちの規格外さに無くしていた自信が戻ってきたように思える。
「ふふふ、たくさん練習したからな」
「わ、わたしも練習すればできるようになるかな?」
驚きの声に交じってきたのはそんな言葉だ。
赤毛でそばかすの残る、子どもたちの中でも年長の少女だ。
「ああ、もちろんだ」
「えっ? じゃあぼくも?」
次々に賛同の言葉が上がる孤児院の子どもたち。
「そうだな。練習せずに使えるようになる人間なんていないからね」
「じゃあわたしも練習する!」
「ぼくも!」
次々に上がる声にやる気をみなぎらせる子どもたち。
「じゃあ掃除が終わったらあたしがちょっとだけ教えてやろう」
「ほんとに?」
「ああ。そのかわりにこの街のことをいろいろ教えてくれないか? いつものこととか、普段と違ったこととか、気づいたことならなんでもいい」
これも情報ギルドとして生まれ変わったからには収集しておかなければならないところだ。人や物の流れがわかるだけでもいろいろと予測はできるものだ。各街ごとに情報の網を張り巡らせ、すまほの魔道具で世界中の情勢を一か所で集中して管理する。
うん、孤児院の子どもたちを使うのも悪くはなさそうだ。普段の何気ない情報も、遠方の街であれば把握に時間がかかるものだ。孤児院を有効活用できないかメサリアに掛け合ってみるのもいいかもしれない。
「うん、いいよ!」
「よし、じゃあまたあとでな」
「わかった!」
こうして子どもたちをある程度散らしたあたしは、孤児院の掃除へと戻る。
「さて、ご主人さまにもらったあっちの世界の掃除道具を試してみますか」
ポケットから『激落ちちゃん』と書かれたらしいパッケージを取り出すと袋を開ける。この透明な袋も素材が気になるけど、今回のメインはその中身だ。真っ白くて多少柔らかいけど何でできてるんだろうか。水だけでごしごしこすると汚れが落ちるらしいけど。
せめてここに書いてあるニホンゴが読めればという思いでいっぱいだ。今度教えてもらえるようにご主人さまに頼んでみるか。




