第293話 援助は惜しみません
「い、今……、なんて……」
硬い表情のまま、ゆっくりと確かめるようにこちらを見返してくる楓さん。テーブルの上で握りしめられた両手は震えているように見える。
「十四郎さんと仁平さんです」
聞き間違えられないようにゆっくりとはっきりと告げると、楓さんも間違いないと確信したのだろう。
「どうして……、お父さんとじぃじの名前を知っているんですか?」
震える声でそう告げると、楓さんが期待と不安と困惑の入り混じったような表情を作っている。その言葉を聞いたミラベルさんは目を大きくし、隣に座る楓さんと俺たちを交互に視線をやっている。
家族が探していると伝えたはずだけど、本気と思われてなかったかもしれない。
「あなたを探す依頼を二人から受けたんです」
莉緒が優しく微笑みながら楓さんを安心させるように声を掛ける。
「えっ? どうやって……」
どうやらこの話は困惑が勝ったようである。楓さんの頭には疑問符が浮かびまくっているようだ。
「もちろん直接お二人に会ってですよ」
「会ったんですか!?」
座っていた椅子から勢いよく立ち上がると、テーブルに両手をついて身を乗り出してくる。
「お父さんも、じぃじも元気でしたか!? お母さんはどうでしたか!」
「カエデ。気持ちはわかるけど、少し落ち着きなさい」
ミラベルさんに窘められた楓さんが恥ずかしそうに顔を赤らめて椅子へと座りなおしている。俺たちとしては苦笑を返すしかないけど、それにしてもお母さんか。俺自身は聞いた記憶はないけど……。
『そういえば母親の話って出てきたことなかったよな』
『そうね。楓ちゃんが行方不明になってから何かあったのかしら?』
『だよなぁ……』
「二人とも元気そうでしたよ。お母さんには会ってないので、そっちはちょっとわかりませんが……」
裏で莉緒と話をしつつも母親については触れない方向へと持って行く。
「そういえばこんなものもありますよ。楓さんには懐かしいと思います」
話題を逸らそうと、異空間ボックスからコンビニおにぎりを二つ取り出すとテーブルへと置く。
「あっ!」
気づいた楓さんが声を上げると、恐る恐る震える腕を伸ばして一つ手に取ると、表と裏をじっくり見て大きく息をついた。
「おにぎりだ……」
じわりと涙を滲ませる楓さんに、ミラベルさんも釣られたのか涙を浮かべている。
「食べていいですよ」
「いいんですか?」
「食べ物なんですか!?」
二人の反応が対照的で面白い。コンビニによくあるビニールで包装された三角おにぎりだ。一番と番号を振られたビニールを真ん中から裏側までめくって、左右の二番と三番を引っ張ればパリッとした海苔に包まれたおにぎりが完成するアレである。
この世界で乾燥させた海苔やお米は見たことがない。きっと楓さんも行方不明になってから初めて食べるんじゃないだろうか。
「あ、これはこうやって開けるんです」
ミラベルさんの予想外の言葉に苦笑を浮かべる楓さん。涙も引っ込んだらしいけど、ミラベルさんにおにぎりを手渡して開け方を説明した後、自分のおにぎりにかぶりついた時にまた涙がこぼれていた。
「おいひぃです……」
「中の具が最高に美味いんだよなぁ」
「おにぎりおいしいよねぇ」
しみじみと呟くイヴァン。フォニアが物欲しそうにしていたのでもう一つ取り出して手渡してあげた。
三角おにぎりの頭からかぶりついたミラベルさんが首を傾げていたが、イヴァンの言葉を聞いておにぎりを齧ったあとを覗き込んでいる。
「これは……、すごく美味しいですね」
二口目に噛り付いた後、ゆっくりとおにぎりを味わったミラベルさんが感心している。
しばらく噛みしめるようにおにぎりを食べる時間が過ぎていく。
フォニアも一緒になっておにぎりを頬張っていて、高まった緊張が少し緩んだ気がする。
「それで……、あの……、私は家に帰れるんでしょうか?」
おにぎりを食べ終わった楓さんの言葉に、ミラベルさんがハッと顔を上げる。
「はい。帰れますよ」
帰れるという言葉に嬉しそうにするが、すぐさま隣のミラベルさんへと顔を向ける。
「家族のところに帰れるのであれば、帰るべきです。カエデにはいろいろ助けてもらいましたが、この孤児院のことは気にしなくていいんですよ」
「でも……」
尚も気にする楓さんだったけど、孤児院で働いている職員が減るってことを気にしているんだろうか。ミラベルさんは楓さんの事情をどこまで知っているのかはわからないが、この様子だとある程度は伝えられてそうだ。
「私の稼ぎがなくなれば、お腹を空かせる子どもたちが増えるんじゃ」
心配そうにミラベルさんを振り返っているが、楓さんはただのお手伝いだけじゃなくて稼いでもいるらしい。
「それなら心配しなくてもいいですよ」
「え?」
「どういうことでしょうか?」
二人が疑問に思うのも尤もだろう。俺たちが受けた依頼としては、楓さんを探して家族の元に連れていくだけだが、憂いを残さずにすることは可能なのだ。稼いだお金はこういうときに使うべきだろう。
「こう見えても俺たちはSランクの冒険者なので、個人的にこの孤児院に援助しましょう。子どもたちを飢えさせるなんてことは絶対にさせません」
「「ええっ!?」」
「だから安心してください。それに、帰ったらもう二度と戻ってこれないというわけでもないですよ。俺たちが送り迎えする必要はありますけどね」
「「そ、そうなんですか!?」」
まったく予想していなかったであろう二人は、揃って驚いていた。




