第279話 ダンジョンからの帰還者
石造りの小屋の中には、下へと続く階段があるだけだった。明日香を先頭にしてみんなで階段を下っていくと、十メートル四方の地下室にたどり着いた。
中央には台座があり、その台座の真ん中に青く透明な石が嵌っているのが見える。奥には一本道が続いているが、中央にあるのが転送装置なんだろうか。
「じゃあみんなで真ん中にある青い石を触ってくれ」
言われたとおりに青い石に触れると石が一瞬だけ光ったような気がする。みんなが順番に石に触れていき、フォニアも抱き上げて触れさせるとニルも台座に飛び乗って石に足を乗せた。
「みんな触ったな? それじゃちょっと中央に集まって……、そうそう」
全員が集まったところで明日香が中央の石に触れると、空中に視線を彷徨わせて空中を指で何かの操作を始めた。
何も見えないけど、そこに何かあるんだろうか。
「じゃ、行くよ」
明日香が目の前の空間を叩くと、一瞬の浮遊感を感じた後に周囲の雰囲気が変わった。見た目はあまり変化がなかったが、ちょっと涼しくなったような気がする。
「着いたぜ」
「え? もう?」
イヴァンが周囲をキョロキョロしている間に、明日香が部屋の外へと出て行く。確かに異なる次元に移動したようだし、何より日本で記憶した座標が強く感じられるので間違いはなさそうだ。
ぞろぞろとついていくとコンクリートで作られた通路に出た。そのまま進んで行くと分厚い鉄の扉があり、堅牢な鉄格子を越えてようやく外に出られた。
「こっちだ」
元は大きな都市だっただろう面影のある場所だった。巨大なビル群が倒壊しており、周囲は見る限り廃墟が広がっている。どう見ても人が住んでいるようには見えない。
またしばらく明日香についていくと、いくつか車が停まっている駐車場に到着した。
「さあ乗って」
「あ、はい」
明日香が懐からキーを取り出して解錠したのはワンボックスカーだ。後部の扉を開けてくれたのでみんなで乗り込んでいく。
「そういえばあんたたちはどこの出身なんだい?」
車のエンジンをかけつつルームミラー越しに明日香が視線を寄越してきた。
出身地は初めて召喚される前に住んでいた日本だけど、それを説明してもすぐには通じないだろう。ふと浮かんだのは仁平さんに融通してもらったあのマンションだけど、そういえば住所知らんな……。
「白河崎県ですよ」
必死に思い出していると横から莉緒が答えてくれた。確かにそんな名前だった気がしないでもない。聞き覚えのない県とか覚えられる気がしない。
「へぇ、それならここから近いな」
そっと異空間ボックスからスマホを取り出して地図を開くと、確かに現在位置からは近かった。
ゆっくりと動き出した車に後ろから短い悲鳴が聞こえてくる。振り返ればエルが目を白黒させて頻繁にキョロキョロと左右を見回していた。エルは車に乗るの初めてだっけ。見慣れないモノの中に無警戒で乗り込んでいくのはさぞかし肝が冷えるんだろう。
しばらく車で進むと廃墟が撤去されていき、更地になってくる。そして今度は道路をふさぐように金属製の柵が現れた。徹底的にこの地域は隔離されてるような感じだな。
そこを通り抜けてしばらく進むと、ようやく壊れていない建物が見えてきた。素通りするのかと思いきや、建物に寄るようだ。バックで駐車場へと入ると車が停まった。
「すぐに家に送ってあげたいところだけど、ちょっとだけ詳しい話を聞かせてもらうぜ」
「はい、わかりました」
ちょっと面倒だとも感じたけど、一応助けてくれた相手だ。魔人族の召喚陣はぶっ壊したし、急いでやらないといけないことは終わったあとだ。
明日香に続いてぞろぞろと建物へと入っていく。何人か人も詰めているようで、複数人の気配もする。コンクリート造りの三階建ての建物のようで、役所みたいな雰囲気だ。
「おう、おかえり明日香。……って一人だけか?」
「ただいま! おう、今日はあっちで日本人を保護したんだ」
「なんだって!?」
「本当か!?」
正面カウンターに通りかかったところで声を掛けられ、明日香の受け応えによって今日の出来事が広がっていく。
カウンター奥からどんどんと人が集まってくるが、そんなに衝撃的なことだったのか。
「ちょっと待った! あとでちゃんと知らせるから静かにしててくれよ。奥の部屋借りるよ」
「あ、ああ、騒がしくしてすまんかったな。にしても、帰って来れてよかったな……」
すごく生暖かい視線をもらいながらもカウンターのエリアを通り抜け、廊下の奥の部屋へとみんなで入っていく。
成り行きでついてきたけど……、なんなんだろうなぁ。
「はは、悪いな。初めてダンジョンで人を保護できたからって、みんなテンション上がってるみたいだ」
「はぁ、そうなんですか……。にしても初めてって」
「当時、奴らに日本を蹂躙されたときに行方不明になった人たちはたくさんいるんだけどね。そのあともちらほらと行方不明事件が絶えなかったのさ」
「へぇ。結構厳重に封鎖されてる雰囲気でしたけど、一般人でもダンジョンに入れるんですか?」
「……いや、ここは入れないようになってるが、入り口はここだけじゃないからね。……アタイたちが把握していない入り口も各地にあると思うし、奴らが出入りしていないって保証もないんだけど……」
話しているうちに明日香の口調に疑問が混じりだしてきた。何かがおかしいことに気が付いてきたような気がする。
「なるほど……」
保護されてまったく喜ぶそぶりを見せない俺たちだ。行方不明になった人物ではないと薄々気づき出したんだろうか。
魔力を使わずに日本に来れるならラッキーとか思って黙ってついてきたけど、その場で説明したほうがよかったのかもしれないと後悔し始めていた。




