第278話 日本へ帰ろう
「おっと、ちょっと退こうか」
後から現れた人たちの構える銃を見た瞬間、メンバーへと告げる。疑問を挟むことなくみんなで横へとずれると、一斉に銃撃の音が響き渡った。もともと射線は通ってなかったが念のためだ。
「ぐぅぅっ!?」
今にも俺たちに魔法を浴びせようとしていた魔人族が膝をつく。一人はそのまま前のめりに倒れて動かなくなっていた。
「新手がいるぞ!」
「待て! よく見れば二本腕だぞ!?」
「なんだと!?」
「まさか……、行方不明になった同胞か!?」
再び構えかけた銃を元に戻して、十人の集団がこちらへと近づいてくる。見た目は黒髪黒目をした日本人みたいだ。ダンジョンで魔人族の世界と繋がったとは聞いてたけど、ここまで入り込んできたってことなのか。
こちらに来る途中で、魔人族にとどめを刺すのも忘れていないようだ。
「あっちの言葉もわからないな……」
エルが憮然とした表情で呟いている。
「エルは黙ってたほうがいいかもね。どうも魔人族と日本人って意思疎通できてなさそうだから」
「ああ、わかった。勘違いされると面倒そうね」
腕が二本の時点で間違われることはないと思うが、念には念を入れてだ。言葉が通じない、イコール魔人族の仲間だと短絡的に判断される可能性がないこともない。
「あんたら大丈夫だったか!」
多少の警戒はしつつ相手を伺っていると、一番先頭にいる男が話しかけてきた。
見た目は三十代くらいだろうか。短く切りそろえた髪に暑苦しい顔をしている。はちきれんばかりの筋肉が、顔の暑苦しさを倍増させているような気もする。
「ええ、大丈夫ですよ。特に怪我もないですし」
「そうかそうか、そりゃよかった。にしてもまさかこんなところで他の日本人に会うとは思わなかったがな」
がっはっはと豪快に笑っていたが、ふとその笑い顔を引っ込ませる。
やっぱりこの人も日本人みたいだな。
「俺はこの第七小隊を率いている日下部浩太郎だ。もう大丈夫だから安心してくれ。にしても子どもやペットまで一緒とは……、ちなみにこれで全員か?」
日下部と名乗った人物が、俺たちをぐるりと見回して確認してくる。
今のニルは相変わらずの小型犬サイズになっているので、尻尾の数さえバレなければただのペットにしか見えないだろう。
しかし第七小隊って、何の部隊だろうな?
「どうも。水本柊です。他の人は見かけてないですね」
「そうか……」
俺の答えに顎に手を当ててブツブツと呟きながら考え込んでいる。
「……にしても行方不明ね」
最初の方に聞こえてきた言葉を反芻していると、日下部さんが顔を上げてこちらに向き直った。
「ああ、すまない。……今も行方不明になる日本人が絶えなくてね」
行方不明って、ダンジョンに入って帰って来ないってこと?
それって単にダンジョン内で死んだだけでは。
すぐに消えることはないが、死体も放置しているとダンジョンに吸収されると聞いている。
と考えたところで勘違いに気が付いた。ダンジョンの入り口が複数あれば、この魔人族の世界もダンジョンの外と言えるはずで、死体が消えることもないってことだ。それにダンジョンで死体が消えるって現象を、この日下部って人が知ってるかどうかもわからない。
「……そうなんですね」
いちいち説明は面倒なので、余計なことは言わないでおく。
にしてもこれ、「じゃあそろそろ俺たちは帰りますんで」みたいな雰囲気じゃなくなってるんだがどうしたもんか。
「詳しいことはそこにいる明日香に聞いてくれ。……じゃあ後は頼んだ」
そう言って後ろにいる一人の人物を指すと、他の隊員を引き連れて城のある方向へと進んで行くようだった。
「よし、じゃあ帰ろうか。あんたたちはアタイがちゃんと連れ帰ってあげるから、安心しなよ」
ただ一人残った明日香と呼ばれた女性が振り返り、ニカッと笑みを作る。髪の一部がレインボーに染まっており、耳にもカラフルなピアスがたくさんぶら下がっている、なんとも派手な女性だ。
帰れるってどこにだろうか。やっぱり日本ってことだよな。
やること終わったし、一旦フェアリィバレイに帰ってゆっくりしようと思ってたけど、食材の補充に日本にも行こうとは思っていたところだ。
「えーと、おひとりで大丈夫なので?」
莉緒も気になったのか、俺も気になってたことを聞いてくれている。
「帰りは一気に帰れるから平気さ。巨人たちも基本はアタイたちを見れば逃げていくからね」
そこまで言うと明日香は回れ右して先頭に立って歩き出した。
「ついてったら帰れるって、どこにだろうな?」
イヴァンがコソコソと聞いてくるけど、予測はできても正解は俺にもわからない。
「まぁついて行けばわかるんじゃね?」
「変なとこに出たとしても帰れるし」
「……ん? 何やってんだ、置いてくぞー」
ついてこないことに気付いたのか、明日香が振り返って声を掛けてきた。
「はーい」
お互いに顔を見合わせて意見を一致させた俺たちは、結局彼女について行くことにした。
魔人族の街の裏道を通り抜けていく。ある道に入った時から、徐々に魔人族の死体がそこらに転がっていることが増えてきた。
「あれだ」
明日香が指し示すのは、石造りの小屋といった建物だった。その周囲が一番魔人族の死体が散乱しており、いかにもこの小屋を守っていましたという雰囲気だ。ダンジョンの入り口だと思うんだけど、堅牢に守られてるという雰囲気は感じられない。スタンピードとか起こらないんだろうか。
小屋の入り口前で立ち止まった明日香がこちらを振り返って、俺たちを順に確認していく。……と、眉間にだんだんとしわが寄せられていき、視線がイヴァンとフォニアに集中していた。
「……ん? 耳? 頭の上に耳? え?」
最終的にはイヴァン達獣人グループと俺たちの間で視線を何度も行ったり来たりさせていた。
「なんだ、耳がどうかしたのか?」
「動いた!?」
ピクピクと耳を動かしながらイヴァンが尋ねると、驚いた明日香が一歩後ずさる。
今になってようやく獣人の存在に気が付いたらしい。
「耳くらい頭についてて当たり前でしょう。ほら、早く行きましょう」
「え? いやしかしだな……。あー、まぁ確かに、帰ってからにしたほうがいいか……」
何やら葛藤があるみたいだったけどなんとか自分を納得させたようで、ようやく話が進んだ。
「とりあえず、ここの奥に転送装置があって、それで日本にあるダンジョンの入り口まで一気に帰れるようになっているんだ。だからもうすぐ帰れるんだよ」
取り繕うような口調になってしまっているが、どうやらそういうことらしい。あっちのダンジョンは一階層降りるのにいちいち階段を歩いたのに、こっちは楽でいいな。




