第266話 魔物の気配
フォニアを撮影できない問題はすぐに解決した。魔法で明かりを用意すればいいのだ。簡単なことだった。
「俺たち夜目のスキルがあるから、そんなに暗いと感じなかったんだけどな」
どうやらカメラには真っ暗と判定されたらしい。スマホにも夜目スキル付与できないもんかね。いや逆に明るいところが撮れなくなるか? うん。余計なことはしないでおくか。
「お、ここからは本格的に魔物が出そうだな」
新しく階層に降り立つごとに毎回やるようになったフロアの全スキャンに、多数の魔物が反応し始めた。四、五階層あたりからポツポツと増え始めた魔物が、それなりに検出されたのだ。
「魔物! ボクがんばってやっつけるよ!」
「おう、がんばれ」
「がんばってね、フォニアちゃん」
「わぅわぅ」
フォニアの勘の赴くままに洞窟となったフロアを進んでいく。たまに出てくるゴブリンっぽい魔物やコウモリのような魔物も、フォニアにとって敵ではない。鎧袖一触で蹴散らす様を、わざわざ明かりを灯して撮影していく。
「かっこよく撮れた?」
スライムのような不定形の魔物をぶっ飛ばした後で、まんざらでもなさそうな得意顔でフォニアが戻ってくる。自分が興味を持ったものだけに突進するのはいかにも幼児らしい。
「こらこら、ちゃんとやっつけたか確認しないとダメだぞ。もしまだ魔物が生きていて攻撃してきたらどうするんだ」
ハッとして振り返ると、不定形の魔物はまだ形を保ってその場にじっとしていた。倒せば液体のようにでろんと広がっていくはずなのだ。
ちなみにダンジョンの魔物は倒しても消えたりしない。ドロップアイテムなどもなく、純粋に魔物そのものが残るのみだ。
「ご、ごめんなさい……」
しょんぼりするフォニアの頭をポンポンと撫でる。
「次から気を付ければ大丈夫よ。フォニアちゃんはいろいろ勉強中でもあるんだから、これからいっぱい覚えていけばいいのよ」
「わかった。気を付けるよ」
素直に聞き入れると魔物にとどめを刺すべく近寄り、「もえろー」と言って火魔法でスライムもどきを焼き尽くしていく。
写真を撮りながらふと、狭い場所で火魔法を使っても大丈夫なのか頭をよぎる。あとで調べてみるかと片隅に追いやり、撮った写真を確認する。
「お、フォニアかっこよく撮れたぞ」
「ホント?」
目を輝かせて振り返ると手元のスマホを見せてやる。暗闇に炎が浮かび、フォニアとスライムもどきが照らされている場面が写っている。
「えへへ。みんな褒めてくれるかな?」
「うふふ。イヴァンもフォニアちゃんのかっこいいところを見たら驚くかもね」
「ううん、イヴァン兄だけじゃなくて、他のみんなも」
「うん?」
否定するフォニアに莉緒と揃って思わず首を傾げる。
「だって、カエデさんの写真はみんな綺麗って言ってたから」
「あぁ……」
なんとなくフォニアの言いたいことを理解したけど咄嗟に言葉が出なくなる。楓さんの情報収集依頼がさっそく冒険者ギルドから出された時だ。俺たちは冒険者ギルドで情報収集していたんだが、楓さんの写真を見た冒険者たちが驚きを言葉にしていた。
あれは絵としてのクオリティに感心していただけで、たぶん楓さん本人が褒められたわけじゃないんだよな。
「フォニアちゃんはいろんな人に褒めて欲しいの?」
「うん!」
「じゃあいっぱい写真撮ろうか」
「やったぁ!」
勘違いを教えることは簡単だけど、フォニアがいろんな人から認められたいと思ったことは重要だろう。奴隷だった過去を思えば立派な成長ではなかろうか。
うちの娘の可愛さを世に知らしめることに否やはない。
しかし今はとりあえず目の前のダンジョン攻略――じゃない、新人狩りの犯人確保だ。ちょっと目的を見失うところだった。危ない。
「よし、じゃあどんどん進もうか」
新人っぽく見えるようにちょっとくらい苦戦した方がいいのかな、と思ったが、たまにすれ違う冒険者たちにもこの階層で苦労している人は見かけないので気にしないことにした。
「ん?」
七階層に降りて、いつものスキャンを行ったときだった。
「また何かあったの?」
「ああ。すごい魔物が大量に集まってる部屋がある」
「なにそれ」
「さぁ、なんだろうな?」
気合を入れているフォニアを視界に入れつつ、七階層の地図へと目を落とす。えーと、入り口がここだから八階層の道はこっちで。……あれ?
地図から顔を上げて、魔物の集まる部屋の方向へと視線を向ける。
「地図に載ってない部屋があるぞ?」
「え?」
「魔物がいる部屋だ。載ってない」
「魔物いっぱい? ボク活躍できる?」
大量と言ってもその気配は薄いので、大して強くもないだろう。フォニア一人でも余裕なはずだ。
「ちょっと行ってみるか」
まだ初心者エリアである浅い階層にいる大量の魔物だ。冒険者ギルドへの報告もしておいたほうがよさそうだ。
「フォニアなら大丈夫だと思うけど、いきなり突っ込んでいったりしちゃダメだからな」
「うん。わかった」
こうして俺たちは七階層の途中から少し細い脇道へと逸れて、魔物部屋へと向かって歩いていく。
途中で何度か分かれ道があり、ぐねぐねと曲がった通路を進むと行き止まりにたどり着いた。
「お兄ちゃん、道がなくなったよ?」
「うーん。ギルドで買った地図もここで行き止まりになってるな」
「だけどこの先なんでしょう?」
「ああ」
空間把握でスキャンした限りではこの先は通路が続いている。壁をよく観察していると、向こう側の真っ暗な空間が覗く、罅のように見える隙間を発見した。




