第249話 オフィスへ移動
「何か飲むかね」
柳原さんがグラスを人数分取り出すと、ホルダーへとセットしていく。冷蔵庫から取り出したのは二本の瓶だ。
「リンゴとミカンの好きな方を選んでくれ」
よく見れば果汁100%のストレートジュースと瓶に書かれている。きっとお高いやつに違いない。といっても向こうの世界でジュースで果汁100%となればストレートしか存在しなかったけど。
「じゃあミカンで」
俺が告げると他からも声が上がる。向こうの世界にもリンゴやミカンはあったので馴染み深くはある。異世界言語というスキルのせいで「リンゴ」「ミカン」と聞こえるだけなのかもしれないけど。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
次々と入れられるグラスを一番後ろに座るイヴァンまで回していく。さっそく口を付けたフォニアが「あまーい」と頬を緩めていた。同じストレートでも品種改良されまくったこっちのジュースの方が美味いな。
「さて……、ひとつだけ聞いてもいいだろうか」
車内を物珍しそうに見ていると、テレビの真下に座っていた柳原さんから声がかかった。
「なんでしょう?」
「その……、キミたちの服装なんだが、コスプレか何かなんだろうか?」
なんとなく濁した口調だったが、決意を込めた問いかけにも聞こえる。
「えーっと、まぁ、そう見えますよね」
こっちとしても何と答えていいものか。異世界からやってきましたと答えてもすぐに信用してくれるものなのか。スマホをどこで手に入れたかの話をするには避けて通れないが、このタイミングとは思ってなかったし。
とはいえこの世界でも魔法は使えるし、イヴァンとフォニアという獣人もいることだし証拠……と言えなくもないものはたくさんある。
「いや、イヴァンくんとフォニアくんの頭の上についている耳が、あまりにもリアルなものでね……」
「ほえ?」
呼ばれたと思ったのか、フォニアが振り返りながら耳をぴくぴくとさせている。フード付きのローブを羽織ってはいるが、今は二人ともフードを被っていないので丸見えなのだ。はっきりと「隠して」とも言ってないので、他の人にも見られているだろう。
「この耳は自前ですけど……」
『なぁ、何かまずかったりするのか?』
困惑気味に答えるイヴァンが裏で念話で伝えてくる。
『ここが俺たちの故郷の日本と似てる世界だとしたら、獣人は存在しないから珍しいんじゃないかな』
『へぇ。いないのか』
車は高速道路に乗ったのか一気にスピードを上げたようで、窓から見える景色が流れるのが早くなっている。
「自前?」
「そうですよ。ほら」
と言って頭の側面から生える髪を撫でつけると平らにする。そこにはもちろん、俺たちにはあるはずの位置に耳は存在しない。
「え?」
「ほらフォニアも」
グラスをホルダーに置くと、イヴァンがフォニアの顔を両手で挟み込む。「ふえ?」と言いながらもフォニアの頭の上の耳がピンと立った。
「……」
「信じてもらえるかどうかはわかりませんが、俺たちはいわゆる異世界というやつからやってきました」
絶句したまま言葉が続かない柳原さんへ、ゆっくりと事実を告げる。
「……そう、なのか」
それきり手に持ったグラスへと視線を落とし、柳原さんは言葉を発することがなくなった。
窓から見える景色がどんどんと都会に変わっていく。大きなビルが増えて、窓から見える空も狭くなってきた。
柳原さんにとって、俺たちがただのコスプレだったらどれほどよかったことか。そうであれば、楓さんのスマホはもともとこの世界にあった証明にもなるだろうから。
――でもそうじゃなかった。
笑い飛ばされると思ってたけど、信じてくれたってことなんだろうか。柳原さんの様子に、問いただすことも躊躇われる。あの世界は命の値段が安かった。そこまで伝える気はないが、何の力も持たないただの日本人が生き残るのは難しいと思う。
「柊くんと、莉緒くんは頭の上に耳はないようだが……」
ふと顔を上げると俺と莉緒の頭の上に視線を向けてくる。
「それに名前も日本人風だね。苗字は水本……だったか」
「俺とフォニアに家名はないですけどね」
コクリと頷いたあとにイヴァンが告げれば、柳原さんの視線は莉緒へと向く。
「柊と私は日本人ですよ」
「うん? ……どういうことだ? 異世界からきたのではなかったか?」
柳原さんからさらなる疑問が出たところで、運転席から「旦那様」と声がかかる。
「どうした?」
「もうすぐ到着いたしますので、ご準備をお願いします」
「そうか。わかった。詳しいことは部屋についてからにしよう」
気が付けば高速道路を降りていたようで、俺たちを乗せた高級車は巨大なビルの地下へと入っていく。
柳原さんはスマホでどこかに電話をかけているようだ。
「ああ、儂だ。今戻ってきた。……ああ、ああ、問題ない。……お連れするので最上階の応接室を準備しておいてくれ」
電話が終わるころには車が停車していた。しばらく待っていると車の扉が外から開けられ。
「お疲れさまでございました。到着いたしましたのでどうぞ。お足元にお気を付けください」
運転手さんから下車を促される。
「では行くとしようか」
そして柳原さんの言葉と共に、扉に近い位置に座っていたイヴァンから順に降りて行った。フォニアは気が付けば寝ていたようで、イヴァンに抱きかかえられていたけど。




