第244話 地名と便利なお店
「しかし女神はなんで俺たちをこの世界に落としたんだろうな……」
道を歩きながらもポツリと呟くが、誰も答えがわかるわけもない。
「面白そうって言ってたけど、絶対に俺たちにとっては面白くないことになりそうだよな……」
「そうね……。でもそれで私たちの故郷……かもしれないところに来れたのは女神のおかげなのかしらね」
「ありがとうとは絶対に言いたくないけどな」
「「それは同感」」
俺の言葉に莉緒とイヴァンの言葉が重なる。ぶっ飛ばしてやると思ったけど、ちょっと保留にしておいてやろう。
というところで次の標識が見えてきた。今度は白地に青で現在の地名が書かれている。
「もうこれで確定かな」
「うん……。白河崎県ってなんなのよ……」
ぶっきらぼうに告げる莉緒だったが、違うとわかった俺はなんとなくホッとした。ひとまず自分が消えてしまう心配はしなくて済みそうだ。
ちなみに県境ということで、反対側には『崎山県』という標識があった。
「知らない地名だったのか?」
「ああ。俺の知ってる日本じゃ聞いたことのない県みたいだ」
ますます俺たちが住んでいた日本ではない可能性が高まった。ということは俺たちの両親がこの世界にいる可能性も限りなく低いだろう。
両親に会いたがっている莉緒に告げるのは心苦しかったけど、手遅れになる前に伝えておかなければ。
「なぁ莉緒――」
こうして俺は、自分の魂がコピーされたもので自分自身は未だに元の世界で生活していること、魂が一つになると今の自分が消えてしまうことを莉緒に告げた。
「……わかった」
話を聞いた莉緒は、口を真一文字にするとそのまま俺を抱きしめてくれる。
「私もお母さんとお父さんに会いたいけど、今は目の前にいる柊のほうが大事だから……」
「……ありがとう」
ごめんと口にしそうになったけどそれは飲み込む。莉緒を抱きしめ返すと、柔らかい感触と共に自分も安堵感に包まれた気がした。
「……だけどホント、日本そっくりね」
神妙な雰囲気を吹き飛ばすかのように、莉緒が話を元に戻す。
「そんなに似てるの?」
フォニアが首を傾げて見上げてくる。
「すごく似てるわよ。今のところ違うのは地名と標識くらいかしら」
「えっ、むしろそこしか違いがないのか?」
道路を車が通りすぎるたびにビビっているイヴァンが、興味深そうに尋ねてきた。
「そうだな。……と、いうことはだ」
文化的な違いが少ないってことは、もしかする可能性はあるよな。
「味噌と醤油と米があるかもしれないってことよね」
「その通り!」
莉緒の言葉に力強く返事をすると、イヴァンが呆れた表情になった。
「ボクもミソとショウユが楽しみ」
どうやらフォニアも俺たちに洗脳されてきたようである。ことあるごとに言ってれば気になってくるんだろう。
「すっごく美味しいから、楽しみにしててね」
「うん!」
俺たちのやり取りに肩をすくめるイヴァン。
整備された道路や信号機などに驚いていたが、ファンタジーの住人からすると発達した科学文明も魔法のように見えるんだろう。
そうこうしているうちに下り坂も緩やかになり、住宅街へと入ってきた。そこそこ人通りも出てきて、車以外にも自転車やバイクなどが道を走るようになってきている。
「あれも乗り物なのか……。馬もなしで動いてるし、よく倒れないな……」
イヴァンがあちこちキョロキョロしながら歩いているけど、俺たちもそれなりに注目を浴びている。俺と莉緒にも視線がくるので、やっぱりイヴァンとフォニアの耳よりも服装の方が目立ってるのだろう。さすがに武器は異空間ボックスに仕舞ったが、いかにも冒険者風の防具にローブ姿は目立っているに違いない。
それはそれでコスプレと思ってもらえば獣人の耳のカムフラージュになっていいと思うんだけど。
「そういえば街を守るような壁はなかったな……」
「ははっ、俺たちの故郷には魔物はいないからな。ここもそうなんじゃないかな?」
「へっ?」
「あ、コンビニだ」
「ホントだ。ちょっと寄っていこうか」
間抜けな声を上げるイヴァンを尻目に、見つけたコンビニへと向かう。クラウンマートとか聞いたことないけど、コンビニっぽい外観と店内だしきっとコンビニだろう。ようやく見つけたお店に期待が高まっていく。
「うおっ! 扉が勝手に開いたぞ!?」
自動で開いたドアに盛大に驚いている。店員さんをポカーンとした表情に変えたイヴァンに、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。
「あの、申し訳ありませんがペットの入店は……」
そして当たり前のように店に入ろうとしたニルが店員さんに止められてしまった。そういや普通ペットは入れないよな……。
「あ、そうですね……。すまんがニルは店の前で待機だ」
「わふぅ……」
悲しそうに項垂れるが、残念ながらコンビニにペットは入れないのだ。
「大人しく待ってるんだぞ」
わしわしと激しく首元をもふってやると、お行儀よく店の前でお座りして待つようだ。首輪とかしてないけどまぁ大丈夫だろう。
「なんなんだここは……。狭い癖にいろんなものが置いてあるんだな……」
「ほわあぁぁぁ」
中に入ると先に入っていたイヴァンとフォニアが、レジの前を通り過ぎて奥の食品を眺めて感心していた。品ぞろえとしては俺たちのよく知るコンビニと大差ないように見える。
――ということはだ。そこには、俺たち待望のものも陳列されているわけで。
「お……、おにぎりが置いてある」
「見て柊! お味噌汁もあるわよ!」
感涙にむせぶ俺と、味噌汁を見て興奮する莉緒であった。
店員さんに変な目で見られようと気にしない。どうせ服装の時点で不審者なのだ。
「あ――」
だがしかし、俺はここで重要なことに気が付いてしまう。
「どうしたの? 早く買って――」
不審に思った莉緒も急いていたんだろうか。言葉にしてから俺と同じことに気が付いたようだ。
「なんか、面白い容器に入ってるんだな。……ん? 二人ともどうしたんだ?」
商品を選んでいたイヴァンが首を傾げながら俺たちに振り向く。
「そういえば俺たち、金持ってないな……」
「は?」
ポツリと呟いた言葉に、イヴァンから間抜けな声が漏れるだけだった。




