第243話 違和感
「シュウ! おい! 聞いてるのか!?」
気が付けばイヴァンに肩を揺さぶられていたらしい。
「お姉ちゃん行っちゃったよ……?」
丘の下へと目を向ければ、莉緒の姿はすでに見えなくなっている。
「あ、あぁ……」
次元を渡るスキルと聞かされた時、もしかしたらという思いはあった。ただ、魂のコピーと、元の世界ではもう一人の自分が普通に生活してるという話を神様から聞いたせいか、地球の日本に帰るという選択肢は自分の中に最初からなかったんだと思う。
そもそも帰る手段なんて最初からないんだからと、莉緒にはこの話はしていなかったんだけど……。
「追いかけなくていいのかよ」
イヴァンの言葉にハッとする。
そういえばそうだ。なんで魂がコピーされたのが俺だけだって決めつけてたんだ? 俺だけ召喚が遅れたからか? そんなの、なんの根拠にもなってないじゃないか!
莉緒だって魂のコピーがされて、元の世界で普通に自分が生活している可能性があるのだ。そんな状態でもし自分とかち合ったら――
「莉緒!」
いてもたってもいられなくなった俺は、イヴァンに返事もせずに全力で駆けだしていた。後ろからイヴァンの呼び止める声がするが、それもあっという間に聞こえなくなる。獣道は通らずに、ところどころに生える木々の間を直線で飛ぶように進んでいく。
次第にアスファルトで舗装された道路に出るが、蛇行した道なりには進まずにまっすぐショートカットだ。
しばらくして、信号機のある交差点の手前に立ち尽くす莉緒を発見した。
すぐそばに着地して声を掛けようとするが、斜め上を見上げて動かない莉緒が気になって視線を辿る。
そこにあったのは、交差点によくある経路案内の看板だ。青い背景に白い文字で行き先が日本語で書いてあるんだが……。
――すごく違和感がある。
「ねぇ、柊……」
ちょっとしたもやもやを感じていると、ふと莉緒からか細い声が聞こえた。
「どうした?」
看板から目を離すことなく、莉緒が言葉を続ける。
「ここって本当に……、私たちのいた日本なのかしら……?」
「えっ?」
莉緒が思う疑問は、俺が感じている違和感と同じなのかもしれない。
「だってほら、普通国道は三角で、県道は六角形じゃない?」
指さす青い看板を見ると、ひし形のマークの中に数字が書かれていた。地名についてはローカルすぎるのか、記憶にあるものはない。
「あぁ……、そういうことか。なんか違和感あると思ったけど……」
「ふふ、気づいてなかったのね」
寂しそうに笑った莉緒がようやくこちらへと振り向く。ゆっくりと近づいてくると手を伸ばし、俺の服の裾をぎゅっと掴んで顔を伏せた。
「この世界に、お母さんとお父さんはいないのかな……」
涙声になる莉緒をそっと抱き寄せつつも、俺は何も言葉を発せないでいた。ここにはいなくても、次元魔法で元の世界に行ける可能性はゼロではない。だけど俺や莉緒の魂が消えてしまう可能性がゼロと言い切れないうちは、慰めの言葉すら出てこなかった。
どれだけそうしていただろうか。
道路を車も数台通過していったような気がする。
「おーい!」
イヴァンとフォニアがニルに乗って、空からやってきた。
道路のど真ん中に着地すると、路肩にいた俺たちのところへとやってくる。とはいえサイズのデカいニルは、体が車道にはみ出しまくりだ。
「二人ともいきなり走り出すとかどうしたんだよ」
「置いて行っちゃや!」
「わふぅ……」
困惑顔のイヴァンに頬を膨らませるフォニアと、寂しそうにするニルである。
「あはは、ごめんね」
「すまん……。ちょっとこの世界が、もともと俺たちがいたところと似てたから」
「え、マジで?」
俺の告白に驚くイヴァンだったが、とりあえず通行の邪魔になるのでニルには小さくなってもらう。幸いにも空を飛んでるところやデカい姿は一般人には目撃されてない……と思う。
それを言ってしまえばイヴァンとフォニアの頭の上に付いてる耳もそうなんだけど……、まぁ細かいことはいいか。
「ここが……、シュウとリオの故郷……?」
キョロキョロと辺りを見回すイヴァン。パッと見た限りでは周囲に住宅はなく、二車線の十字路だ。上から見た景色を思い出せばもうちょっと山を下りれば住宅街になり、その奥が確かオフィス街になっていたと思う。
「っておい! なんかこっちくるぞ!」
どう説明したものかと考えていると、急にイヴァンが焦りだした。視線を向けると車がこっちに向かってきているところだった。
「ぷっ、あはは!」
「な、なんだよ! おい、攻撃されたらどうすんだ!?」
イヴァンの焦りように思わず莉緒が噴き出した。イヴァンと一緒になって慌てていたフォニアも、莉緒の様子を見て大丈夫と思ったのかちょっと落ち着いたようだ。
「あれは車だよ。この世界にあるありふれた乗り物だな。ちょっと危ないからこの線の外に避けて」
みんなを白線の外側に追いやると、車は何事もなかったように通り過ぎていく。
「それに、まだここが俺たちの故郷かどうか決まったわけじゃない」
「……そうね。微妙に違うところもあるし、ちゃんと確認しないとね」
俺の言葉に莉緒もしっかりと顔を上げて決意を新たにする。
「だな。戻るのはここが故郷なのかどうか、調べてからでも遅くない」
こうして住宅街へと続く道路に沿って、俺たちは足を進めることにした。




