第242話 あっちの世界
気が付けば薄暗い場所にいた。上を見上げても落ちてきた穴は見えず、ごつごつとした岩肌の天井が見えるだけだ。通路の途中なのか、前方と後方には進めそうではある。
「うおー、いってぇ……。なんだったんだ……」
後ろからイヴァンの声が聞こえてくる。
「びっくりした……」
フォニアも元気そうだ。
「わふぅ?」
ニルが上げた疑問形の声に振り返ると、莉緒が倒れたままピクリと動いていなかった。
「莉緒!?」
思わず駆け寄り抱き起こして鑑定をかけると、MPが二桁しかなかった。
「お姉ちゃん……、大丈夫?」
心配そうに見上げてくるフォニアの頭を撫でると笑顔を向ける。
「ああ、大丈夫みたいだ。次元魔法の使い過ぎみたいだな」
状態も『通常』だったし、心配はないと思う。MPが一気に枯渇したせいで気を失ったんだろう。
「しかしなんだったんだ」
「急に女が現れたように見えたけど」
「このまま帰ったら面白くないとか言ってたよな?」
「どっかで聞いたセリフだな」
イヴァンと話しているとちょっとずつ思い出してきた。女神が面白そうだからなんたらって、神様が言ってたような……。三人いたし、しかも次元魔法に干渉してくるとか常人では考えられない。
「もしかしてさっきの女が神様が言ってた女神……なのか?」
「ええ、マジかよ……。あっちに送るとか言ってたけど、ここがその『あっち』なのか?」
周囲を見回すイヴァンだったが、ここがどこかわかるはずもなく大きなため息をついている。
「んん……」
そうこうしているうちに莉緒から小さな声が漏れてきた。どうやら気が付いたみたいで一安心だ。
「おはよう」
「んあ、柊……、おはよう……」
うっすらと目を開けてキョロキョロと辺りを見回しているが、見覚えのない景色だからか首を傾げている。
「気分はどうだ?」
「あー、うん、ちょっとだるいけど、大丈夫」
ゆっくりと立ち上がると、多少ふらついたもののしっかりと二本の足で立つ。俺たちが全員揃ってることを確認すると、後ろを振り向いてから改めて莉緒が口を開いた。
「ここどこ?」
「わからん」
「……だよね。途中で邪魔が入った気がしたし、目的の世界に戻れてないよね」
「邪魔は入ったな。……たぶん、あれが神様が言ってた女神なんじゃないかと思う」
「神殿にいる、めがみさま?」
フォニアも一緒になって首を傾げている。
そういえば各地の神殿で女神が祀られてたな。莉緒と結婚の儀を挙げたのも神殿だけど、邪魔をしてきた女神と同一なのか……。確か神殿で祀ってる女神は三姉妹だったか? 偶然の一致なのか、それとも――
「とりあえず移動しましょう。あっちから出られるんじゃないかしら」
薄暗い洞窟のような場所ではあるが、前方の先から明かりが漏れているのだ。
「そうだな。行ってみるか」
こうして俺たちは移動を開始した。
どうやら単純に崖の裂け目に開いた穴だったようで、特に問題もなく外に出ることができた。まばらに木々が生えていて多少歩きにくいが、獣道のような下草の生えていない道が続いている。
「なんか、久々に植物見たな……」
「そういえばそうね。魔人族がいた世界じゃ見なかったもんね」
さっきまでいた世界のことを思い返していると、丘の上へと到着した。眼下には以前見たことがある街並みが広がっている。
「「えっ?」」
その光景を見た俺と莉緒は二人そろって固まってしまった。
「おお、こっちの街も――」
「向こう側まで――」
イヴァンとフォニアが何か喋ってる気がするが耳に入ってこない。
視界いっぱいに広がるのは、この世界の街並みだ。
背の高い建物が並び、その間を縦横直角に交わるように道路がどこまでも伸びている。
徒歩で道を行く人たちや、自転車や車もたくさん行き交っているのが見える。道路標識や信号機がいたるところにあり、高速道路と思わしき高架や、LEDを使った看板を掲げたビルもちらほらとあるようだ。
空を見上げれば、細長い雲を背後に残しながら飛行機が飛んでいた。
「な、なんで……」
「日本に……、帰ってきた……?」
そう、それは最初に召喚される前に住んでいた街並みそっくりだったのだ。
「莉緒。ここが日本だとして、ここがどこかわかる?」
俺の言葉に首を左右に振る莉緒。見覚えがないのは同じらしい。一緒の高校に通っていたから、わかる範囲は俺と大差ないだろう。というかここが元々俺たちがいた世界の日本と決まったわけでもないけどね……。
「あ……」
と、ここにきて重要なことを思い出した。
初めて神様に召喚された時なんて言われた? 確か俺の魂はコピーだから、元の俺も日本で元気に生きてるって……。
思わず自分の両手を見つめ、体をぺたぺたと触ってみる。
よかった。俺はちゃんと生きてる。
魂が一つになれば俺は消えてなくなると言ってたけど、そのタイミングはいつだろうか。自分と会ったとき? それとも自分に触れたとき? ……それとも神様に無理やりひとつにしてもらった場合の話だったっけ? 覚えてないが、どっちにしろ自分に会っても大丈夫な保証はない。
「私たち、帰ってこれたのかな。……お母さん。お父さん!」
見覚えのある景色に感極まったのか、莉緒が叫びながら飛び出して丘を降りていく。
「あ、おい!」
「お姉ちゃん!?」
イヴァンとフォニアが呼び止めるが聞こえていないようで、どんどんと莉緒の姿が小さくなっていく。
俺はといえば、魂がひとつになって自分が消えてしまう可能性に思い至ってから、その場を動くことができなくなっていた。




