第241話 開けた次元の穴へ
閑散としてしまった裏路地を風が通り抜けていく。気配察知を広げると建物の中には人のいる気配がするが、その場に留まっているだけで一切の動きを見せない。
「最悪、いきなり襲い掛かられるとかも考えてたんだがなぁ」
「お、おう」
ポツリと呟いた言葉にイヴァンから言葉が返ってきた。
「……ん?」
とそこに、どこからかすすり泣くような声が耳に入る。
「子ども?」
声だけ聞くと幼い感じがするが、それがだんだんと近づいてくる。
――と、路地から四本腕の小さい魔人族が出てきた。
「ママぁ……、どこいったのぉぉ」
どうも迷子らしい。慌てふためいて逃げる民衆に巻き込まれたのか、親が子どもを置いて逃げたのかわからないが。怪我でもしたのか、右足を庇うような変な歩き方をしている。
「しかしあれで子どもか」
思わず両腕を組んで、静かに泣く魔人族を観察する。身長は俺と変わらないが、四頭身くらいの頭と体の比率は幼児を思わせる。
例にもれずフード付きのローブを羽織ってはいるが、フードがはだけて顔が露になっている。上側の両手で目元をぬぐっては、母親を探して辺りをキョロキョロと――したところで俺たちと目が合って動きが止まった。
「……だれ?」
子どもの口から漏れた言葉にちょっとだけ安堵する。いや安心していいのかわからないが、少なくとも悲鳴を上げて逃げられるよりはマシな気がしただけだ。
「ママ……?」
とはいえなんと答えたものか。
考えているうちに魔人族の子どもがゆっくりと、涙をあふれさせた目をこすりながら近づいてくる。
「お母さんとはぐれちゃったの?」
しかし莉緒の言葉にピタリと歩みを止める魔人族。目をしばたたかせると、その表情がだんだんと恐怖に彩られていく。
「ママじゃない……! ち、地底人だ……! 逃げないと、ママーーー!」
そして叫び声をあげて泣きながら路地を走り去っていった。
「……」
ポカンとして見送る俺たちだったが、誰も何も言葉を発することなくしばらく時間だけが経過する。
「地底人って聞こえなかった?」
ハッとした表情で莉緒が振り返る。
「確かに、地底人って聞こえたな」
「それって、ダンジョンから攻めてきた奴らじゃなかったっけ?」
「ああ。……俺たちと姿がそっくりなのかな?」
イヴァンを含めて三人で首を傾げるが、そもそも地底人を見たことがない俺たちに結論が出せるはずもなく。
「似てるってことだけ記憶の片隅に置いておこうか」
「考えてもしょうがねぇな」
「そうね……。じゃあさっさと逃げましょうか」
これから次元魔法で元の世界に帰ろうとしている俺たちには関係のない話だ。
魔人族の衛兵だか軍が集まってくる前にこの場を去ることにした。
「じゃあいくわよ?」
「まかせた」
「おう」
「やっと帰れるね!」
「わふぅ!」
莉緒の掛け声にみんなが頷きを返している。
城を越えた山側へ避難してから一週間が経っていた。山頂と思われた場所は山頂ではなく、さらに向こう側には緩やかに山がまだ続いていた。そこまで逃げる必要はないので、城と街を見下ろせる位置に野営用ハウスを出して、今日まで次元魔法を訓練していたのだ。
「ここまで長かったな」
「といっても一週間しかたってないけどな」
集中する莉緒の邪魔にならないように、小声でこの一週間をイヴァンと振り返る。
なかなか試行錯誤しながらの訓練だったけど、スキルも鑑定できるとわかってからは早かった。やはり魔法というものは総じてイメージが大事らしい。次元を渡りたい先の世界を強く思い浮かべ、次元属性の魔力で世界同士を繋げる必要があった。
こうなればどこ○もドアを思い浮かべるしかなかったけど、これがうまくいったのだ。テレポートを事前に習得していたことと、前の世界を空間魔法で座標を記憶していたのが役に立った。次元魔法で前の世界を捕捉する助けになった。また次元魔法を訓練しまくったおかげか、俺たちのMPと魔力も結構成長した。
「でも穴から見覚えのある景色が見えたときはさすがに安心したな」
イヴァンの言う穴とは、訓練中に開けた小さな次元の穴だ。神様が言っていた、次元を渡るスキルに間違いがないと証明された瞬間だった。
俺も穴を開けることはできたが、消費魔力が足りなくて片目でしか覗けないくらいのサイズだった。ここまでくればあとは穴を大きくするだけだ。俺たちが通れるサイズで、俺たち全員が通り抜けられる時間だけ維持できれば問題ない。まぁギリギリだと怖いので、余裕を持ったサイズと時間維持できるように練習はしたけど。
「……開いたわよ!」
集中していた莉緒の前方に、人が一人通れるくらいの次元の穴ができていた。
「……じゃあ先に行くぜ」
イヴァンがゴクリと唾を飲み込みながら先鋒を買って出る。
「ボクも行くよ!」
「わふ!」
次はフォニアを背に乗せたニルだ。
「先に行って」
「わかった」
莉緒は最後まで次元の穴を維持するようで、ニルに続いて穴へと入っていく。周囲は明るいのか暗いのかよくわからず、地面も空も同じ風景できちんと立って歩いているのかあやふやになってくる。後ろから莉緒が付いてくるのがわかったが、どれだけ進んでも穴の向こうに見えた景色が近づいてくる気がしない。
三十分ほど歩き続けただろうか。いや、五分くらいしか経っていないかもしれない。などと時間間隔がわからなくなり始めた頃、向こう側の景色から女が顔を出した。
「あらぁ、もう戻っちゃうの? それじゃあつまんないわねぇ」
「うふふ。そうですわねぇ。あちらに行けば面白そうですのに……」
「きゃはっ! じゃああっちに送っちゃえばいいじゃない!」
「「それがいいですわね」」
――が、誰だと声を掛ける前に足元に昏い穴が空き、俺たち四人と一匹は吸い込まれて落ちていった。




