第240話 脱出
地上へと出ると、そこは敷地内の隅といった場所に出た。向こう側に高さ三十メートルほどの石造りの壁があり、後ろを振り返るとこれまたでかい石造りの建物がちらほらと見える。地面は土がむき出しで、草一本生えている様子は見られない。
空は曇っているのか、灰色の絵の具で塗りつぶされたようにどこまでも均一だ。気温は高めのようだが、湿度は低いのかカラッとしている。
「とりあえずあの壁を超えるか」
「わふっ!」
俺の言葉にニルが反応すると、最近お気に入りの子犬サイズから三メートルほどのサイズに変化する。フォニアを抱えてイヴァンがその背に跨ると、空を踏みしめて登っていく。俺たちも空へと浮き上がると、ニルと一緒に壁の上へと着地した。壁の厚さは三メートルほどあるようで、大きくなったニルも着地するのに不自由はない。
「ほー、広いなぁ」
「向こう側が見えないね」
地平線の向こう側にまで巨大建物群が続いている。ところどころにこの壁と同じくらいの高さの建物があるが、超えるモノは存在しないようだ。どれもこれも石造りとなっており、住民がいなければ遺跡かと思うほどだ。
「後ろもデカいな」
イヴァンが振り返りながら壁の内側にある建物を見上げている。山の斜面に建てられた城が聳え立っていた。城の天辺よりもはるか上方にある山頂には特に何もないようだ。向こう側はどうなってるんだろうな?
「さて、どっちに行く?」
「どっちって、街のほうじゃねぇの?」
正面に向き直り、水平線まで続く街並みを指差す。
壁際は堀になっているが、水は溜まっていない。二十メートルくらいの幅の堀の向こう側は路地になっているようで、ちらほらと人通りも見えるが――
「見える範囲にいるのは全部魔人族みたいだな。街中の人間は全部敵って可能性もあるからな」
「あぁ……、なるほどね」
「大々的に異世界人を召喚するなんて国民に発表はしてないと思うから、最初から敵対してくる人はいないと思うけど……」
「そういうもんか?」
莉緒の予想に首を傾げるイヴァンだが、概ね莉緒と同感だ。
「余所者の力を借りるなんて発表しづらいだろ?」
「はぁ……、そういうもんなのかね……」
「最悪を想定しておいて悪いことはないさ」
「そうだな」
「もうひとつの見方をすれば、俺たちが指名手配される前に異世界の文化に触れるには今しかないとも言える」
「ぶんか?」
今度はフォニアが首を傾げる番だった。
「そうね。食べ物は正直もういいけど、ここの人たちがどういう暮らしをしてるとか、どんな服を着てるとかかな」
「服!」
「装備なんかもそうだよな」
はしゃぐフォニアにイヴァンが一言添える。
「じゃあ街の方へ行ってみるか。山はいつでも行けるだろうし」
「だな」
「うん!」
「わふう!」
「空飛んでる人はいなさそうだし、降りても目立たなさそうな場所を探しましょうか」
「そうだな。いったんここの座標を覚えておいて……と」
逃げるなら空を行くか、テレポートでここに戻ってくればいい。
そう決めた俺たちは、壁からさらに空高く舞い上がって降りる場所を探し始めた。
あ、ちなみに倉庫にあった木箱は慰謝料として全部もらってきてますよ。
人通りの少ない路地へとそっと降り立つと、大通りへと向けて歩き出す。
このあたりは道も舗装されておらず、土がむき出しになっている。上空から降りる場所を探してる時も思ったが、雑草らしい雑草も生えているところを見ない。
「けっこう散らかってるな」
「きちゃない」
糞尿がばら撒かれたりはしていないが、ゴミが路地には転がっている。人通りが少ないからかとも思ったが、どうやらそうでもないような。
「人通りのある通路もあんまり変わらないわね?」
「そうみたいだな。にしても、魔人族以外の種族はいねーのかな」
多少人通りのある通路を覗き込んでいるが、四本腕の巨人しか見かけない。しかも全員頭まで覆うフードを被っていて、素肌を晒している奴らもいない。
「ずっと見ててもしょうがないし、行ってみるか」
意を決して人通りのある路地へと踏み出す。ニルのサイズはそのままに、フォニアを背に乗せて三人と一匹が歩いていく。
通りから出てきた俺たちを目撃した第一街人が、ギョッとしたように目を見開いて立ち止まる。
「すごい驚かれてるわね……」
かと思えば向こうから歩いてきた魔人族は、俺たちを二度見した後で手に持っていた荷物をどさりと地面に落とした。
「一体何なんだ……」
イヴァンも気味悪そうにしているが、俺も同感である。
「ぎぃやああぁぁぁぁぁーーー!!」
今度は悲鳴を上げて逃げられてしまった。
自分の二倍も身長のある魔人族が一目散に逃げていく。
いやちょっと……、というかかなり想定外なんですけど。
「あっちに出たぞ! 逃げろ!」
「こ、殺される……!」
「助けて!」
一人が悲鳴を上げて逃げ出したところで一気に周囲の注目を浴びてしまったようだ。そこからはもう一気に俺たちが注目され、そして阿鼻叫喚が訪れた。
「……ボクたち、何も悪いことしてないよ?」
一目散に逃げる魔人族を見て、フォニアが泣きそうになっている。
「あー、うん。何もしてないよ。大丈夫、フォニアは何も悪くないから安心して」
気が付けば辺りの人通りはさっぱりと消え、遠くから喧騒が聞こえてくるだけとなっていた。




