第229話 デルフィリウス侯爵
いったいどこから嗅ぎつけてきやがったんだコイツは。大浴場の入り口にも「午前中は貸し切り」と張り紙がしてあったはずだぞ。いや服着たままここまで来たってことは、わかってて文句を言いにここまで来たのか。
「ちゃんと許可は取ってありますよ。許可を出した宿が非常識と言うことですかね?」
莉緒とフォニアを仕切り壁の向こう側へと追いやって、エロ爺に反論を試みる。
「そうは言っておらん。屁理屈をこねてないで即刻解除したまえ」
じゃあなんなんだよ。意味わからんエロ爺だな。
確かなんとか侯爵家の家令って言ってたよな。これは抗議してもらうようにメサリアさんに言っておくか。なんならオーナーからって言ってもらってもいい。Sランク冒険者の肩書はこういうときに使わないとな。
「まったく……、たまたま宿の前を通ったらこんなことになっとるとは……」
決意を固めている間にエロ爺はブツブツいいながらも帰っていく。宿の前って……、そういえば大浴場は日帰り入浴もできたっけ。すぐわかるように宿の玄関にも掲示してたのかな。
「なんか、大浴場と私たちって相性が悪いのかしら……」
エロ爺の姿が見えなくなったときに、ポツリと莉緒が呟いた。
「俺に面会したい人がいる?」
数日たったある日、朝食を食べ終えて一服していたところにメサリアさんにそう告げられる。心当たりがあるとすれば親方だろうか。そろそろ一本目の刀は完成してもいい頃ではあるが、俺がお願いした分は後でいいと伝えてはいる。
「はい、デルフィリウス侯爵家の御当主様がいらしてます。本日のお昼以降で都合のいい日を知らせてくれれば伺うとのこと」
「あれ? 親方じゃなかったか。にしても侯爵家が俺たちに何の用なんだ……」
「今すぐ来いとかじゃないんだ? 珍しいわね」
「デルフィリウス侯爵? どっかで聞いたことあるような」
「……へんたいさんのご主人様なの?」
「「「それだ」」」
フォニアは記憶力がいいな。エロ爺の記憶は丸めてゴミ箱に突っ込んでおきたい部類になってたからな。
そういえばメサリアさんに抗議文送っといてって言った気がする。
「しかしなんだろうな? 文句言いに来たのかな」
「それなら私たちを呼びつけるんじゃない? 仮にも侯爵家でしょ?」
「なら悪い話でもないのかも?」
三人で首をひねっているとフォニアも一緒になって首をひねる。
「いかがいたしますか?」
幼女を微笑ましく見ているとメサリアさんに現実へと引き戻される。
「特に用事もないので、今日のお昼で大丈夫ですよ」
「畏まりました。では先方にもそう伝えておきます。時間になりましたら宿の歓待室へご案内いたします」
あ、部屋に連れてくるんじゃないのか。部屋に応接室はあるけど小さいしな。侯爵家の当主を迎える部屋ではないのかもしれない。
「わかりました」
「こちらでお客様がお待ちです」
昼食後、メサリアさんに宿の歓待室へと案内された。廊下にまで絨毯が敷かれていて、なんとも高級感の漂うエリアだ。
「宿にこんな場所あったんだ……」
この場に来ているのは俺と莉緒の二人だ。イヴァンとフォニアは部屋でお留守番である。面会として指定されたのは俺一人だけど、莉緒も行くと言うので一緒だ。ダメならダメって言ってくるだろ。
「失礼します」
扉を開けて部屋に入ると、大柄で白髪白髭の男がソファに腰かけていた。濃いブルーのピッチリした軍服のような服装だ。勲章のようなものが多数肩や襟元についており、将軍様といった雰囲気だ。
「ほぅ、君たちが……」
そういえばどっかの皇帝には長時間待たされたけど、この人は先に部屋にいたな。侯爵となるとかなり上の地位だと思うけど、第一印象は悪くない。
「初めまして。柊です」
「莉緒です。初めまして」
「これはこれは、お初にお目にかかる。シーマン・デルフィリウスだ。フェアデヘルデ王国で侯爵位を賜っている」
立ち上がって両手を広げると俺と莉緒へと順に視線を向ける。一瞬人面魚が脳裏に浮かぶが慌てて取り消す。
侯爵の後ろにはどこかで見たエロ爺と護衛なのか騎士姿の男が控えていたが、どうやら自己紹介はしないらしい。
フェアデヘルデ王国といえばこの山岳地帯を北に抜けたところにある国だったか。他国からも来るくらいにここの温泉は有名なのか。
ソファへと座ると、デルフィリウス侯爵も「では私も失礼して」と一声かけて席に着いた。なんか後ろのエロ爺が眉間に皺を寄せてピクピクさせてるがどうしたんだろうな。
「冒険者と聞いていたが……、若いな」
侯爵が口を開いたころ、ライラさんが部屋に現れてお茶を淹れていく。侯爵側にもすでに出されていたが、そちらも取り換えると部屋を辞していく。
「ええ、まぁ、冒険者は子どもでもなれますからね」
何が目的で来たのかわからないが、なんとも返事をしづらい。しかし俺がしゃべるごとにエロ爺の眉間のしわが深くなるのはなんなんだ。
「これは失礼した。純粋に高ランクと聞いていたものでね。その歳でなれるのかと思ったのだよ」
「あ、いえ、俺たちの国では自分たちはまだ成人前なんですよ。なのでお気になさらず」
「ほぅ」
目を細める侯爵閣下。俺たちが何者か探ってるのかどうかわからないけど、二十歳で成人になる国ってこの世界にあるかな。いや、種族による違いはあっても、国による違いはない気がしてきた。
「それで、俺たちに会いたかったとお聞きしましたが、どのようなご用件でしょうか」
「そうであるな。まずは要件を先に済ませよう」
そう前置きをすると、侯爵は座ったままではあるが両ひざに両手を付き、がばりと頭を下げたのだ。
「我が家令がとんだ失礼をしたようで大変申し訳なかった」
「「「へ?」」」
エロ爺にも知らされてなかったのか、俺たちも含めて三人の声が重なった。




