第221話 暗殺者というギルド
「へぇ、あたしにもまともなご飯を食わせてくれるとはね」
エルヴィリノスが夕飯を掻き込みながら意外といった言葉を漏らしている。今現在エルヴィリノスに出している命令は、『俺たちの不利になる行動はするな』と『宿の敷地から出るな』だけである。してもらいたいことがあれば、その都度言うようにした。
「お姉ちゃんのやさしさにかんしゃするのです」
ふんとフォニアが鼻を鳴らしている。
「はは、ありがとな」
エルヴィリノスにだけ辛辣な態度を取るフォニアだったが、エルヴィリノスを含めて生温かく見守られていることに気が付いていない。
「飯食ったら風呂入って明日に備えるか」
「……そうねぇ。あんたは外の川で洗ってきなさい」
俺の言葉を聞いた莉緒が、エルヴィリノスに対して無慈悲に告げる。フォニアが優しいと言ってくれたことを否定するかのようだ。
「いや、川っつっても結構流れが急だぞ」
エルヴィリノス自身は目を見開いて莉緒を指差してフォニアに訴えている。
「体が洗えるだけで十分やさしいのです」
しかしフォニアにはまったく効果はないようだ。奴隷時代を思えば、そもそも体を洗える機会すらなかっただろうし。しかしそれを見越した莉緒の発言だったのだろうか。
「はぁ……、まぁご主人様の言いつけなら従いますよっと」
にしても、俺たちに捕まって隷属の首輪を嵌められた割に、そこまで悲観的な態度にならず振る舞えるのは年の功なんだろうか。常時怯えて卑屈になられるよりはマシか。
エルヴィリノスは夕飯を食べ終えると、そのまま庭を通って川のある外へと出て行った。
「お姉ちゃん、今日も一緒におふろ入っていーい?」
同じく俺たちも夕飯の後はお風呂タイムだ。フォニアが上目遣いで莉緒を攻略に掛かるが、一秒も持たずに陥落する。
「じゃあ行きましょうか」
「うん!」
「いってらっしゃい」
イヴァンが欠伸まじりに手を振るとフォニアも嬉しそうにして、俺の腕を掴んで風呂場へと歩いて行く。空気を読んだのか、ニルも風呂場へとついてきた。
「あー、うん。俺も一緒なのね」
「うん! みんな一緒!」
もしかするとフォニアは、イヴァンも含めた全員と一緒にお風呂に入りたいのかもしれない。今度人のいない隙間を縫って、大浴場へ行ってみてもいいかもしれないな。
脱衣所で脱いだ服を異空間ボックスへと仕舞うと洗い場へと歩いていく。莉緒がいなくなって帰ってきたばっかりだからか、フォニアは莉緒にべったりだ。
体を洗い終えればみんなで外の露天へと出てお湯に浸かる。微妙に曇っているようで星は見えなかったが、今日も気持ちのいい露天風呂だ。フォニアもリラックスしたのかお湯の中で大きな欠伸をしている。
――と、露天風呂の庭の向こう側からこちらに向かってくる気配を四つ捕捉する。
同時に頭の奥をチリチリとした感覚に襲われる。部屋の入り口からも二人ほど押し入ってきたようで、咄嗟にイヴァンへと遠隔で結界を張る。
『敵襲!』
念話で叫ぶと勢いよく温泉から立ち上がる。
無防備な風呂中に襲ってくるとはタイミングばっちりじゃねぇの。明日、こっちから追い込みをかけるつもりでいたこの瞬間というのもなかなか考えられている。
ニルも温泉から上がるが、お湯を大量に吸い込んだ毛が重そうだ。体を震わせて水分を飛ばしている間に、外から迫っていた四人が露天風呂エリアの庭へと侵入を果たす。
同時に入り口から入ってきた二人がイヴァンをスルーして、風呂場の扉を蹴破って入ってきた。
そこに魔力を練っていた莉緒が魔法を周囲に展開する。と、風呂場に侵入してきた六人全員が地に倒れ伏した。久々に見る重力魔法が威力を発揮したようだ。
「ふぅ……」
「はわわわわ……」
フォニアがお湯に浸かりながら頭を抱えている。どうも魔物相手なら大丈夫そうだけど、人はダメなのかもしれない。
「フォニアちゃん、大丈夫?」
莉緒が重力魔法を維持しつつ、フォニアを抱きしめる。
だがしかし、頭の奥のチリチリした感覚はまだ治まっていないのだ。また近づいてくる気配を感じるが、今度はさっきよりも気配が濃い。重力魔法で拘束している相手を無力化したいところだが、その時間は与えられなさそうだ。
「まだ終わってないぞ!」
注意を飛ばすと風呂場の入り口から一人現れ、庭の外からも二人が飛び込んできた。重力フィールドに入った瞬間スピードが落ちるが、ニルが飛び出して入り口からの一人を吹き飛ばすと重力フィールドの外に飛び出していった。ニルも重力に囚われてたので外に出るのは仕方がない。
「ニル! そいつは任せた!」
声を上げると異空間ボックスから古赤竜の盾と長刀を取り出して抜刀する。全裸で刀と盾だけという絵面だがしょうがない。風呂入ってる時に襲い掛かってくる相手が悪いのだ。
外から飛び込んできた二人を視界に収めると――
「吸血鬼っ!?」
そのうちの一人は吸血鬼族の女、エルヴィリノス・ジュエルズだった。川で体を洗ってるはずじゃなかったのか!
「動くな!」
莉緒が叫ぶもエルヴィリノスの動きは止まらず、口元が笑みの形に歪められて牙が覗いている。さっきまでは確かに首輪の効果が出ていたはずで、今も実際に首輪は外れておらずしっかりとエルヴィリノスの首に嵌ったままだ。
「くっ、どうなってんだ!?」
エルヴィリノスともう一人から魔力が膨れ上がり、見えない風の刃が放たれる。その数は膨大で、避ける隙間はないほどだった。




