第210話 調査の報告
「ギルドマスター!? どうされた……ん……です、ひぃやああぁぁぁっ!?」
婆さんの悲鳴に慌てたのか、お茶を持ってきたテトラさんが勢いよく部屋へ入ってくる。が、モールボールの姿を目にしたとたんに婆さんと同じ運命を辿った。
宙を舞うお茶セットは、魔法で丁寧に受け止めるとテーブルの上へとそっと乗せる。
「ぶふぉっ」
「おお、ポットが飛んだ……!」
婆さんの後を追ったテトラさんに吹き出すイヴァンだったが、フォニアは別のところに感動したみたいだ。
よし、このままお茶を淹れてしまおう。
「ふおおおぉぉぉ!」
魔法でポットを持ち上げてカップへと傾けると、フォニアが目を輝かせる。イヴァンの服の裾を引っ張ると。
「みてみて、イヴァン兄! ポットが紅茶をいれてるよ!」
「ははっ、そうだな。きっと魔法のポットかもしれないな」
「えっ? ポットはお兄ちゃんかお姉ちゃんが動かしてるんじゃないの?」
「えっ? いや、まぁ、そうだろうけど……」
「だよね!」
わかっていてはしゃいでいたと理解したイヴァンが、解せぬといった表情になっている。
「あああ……、あれ? ……臭くない?」
いち早く復帰したテトラさんが鼻をつまんでいた手を放して立ち上がる。それに気が付いた婆さんもようやく正気に戻ったようで、不機嫌そうな表情のまま俺たちの対面のソファへとどっかりと腰かけた。
「ふん。まったくやってくれるじゃないのさ」
「討伐を疑ったのはそちらでしょうに」
肩をすくめているとモールボールを取り出した莉緒がまたソファへと戻ってくる。婆さんは忌々しそうにモールボールへと視線を向けると。
「とりあえず討伐したのはわかったから、早くそれを仕舞ってくれるかい。臭いはしないんだろうけど、見てるだけで臭ってきそうだよ」
「わかりました」
せっかくソファへと戻ってきたけどホントは移動する必要なんてない。莉緒は座ったまま異空間ボックスを広げてまたモールボールを収納した。その様子に目を見開くテトラさんだったけど、ギルドマスターである婆さんは動じない。
「で、大量にワイバーンとキマイラが飛び立ったのはモールボールを討伐したせいじゃないって話だったかね」
淹れられた紅茶を一口含むと一息ついたのか、さきほどの続きが始まった。
「そうですかね。まぁモールボールは見ての通りサクッと討伐できたんですけどね」
「そのようだね……。真っ二つになった傷以外、損傷らしい損傷もなかったさね」
「そのあと、持ち込んだ獲物を解体しようと取り出したら魔物が騒ぎ立てまして」
「……は? Aランクの魔物どもが、死体に騒ぎ立てる?」
カップに伸ばした手を止めて、婆さんがこっちに視線を飛ばしてくる。
「そうですね。それで山頂付近にいた魔物の半分以上は逃げていったみたいなんですよね」
「逃げた? いったい何を解体しようとしたんだよ……。いやそれよりも、逃げなかった連中はまだ山頂にいるのかい?」
「どうでしょう。ほとんどいないんじゃないですかね。だいたいが向かってきたんで、全部返り討ちにしましたけど」
終わったあとに調べなおしたわけじゃないから確かなことは言えないが、ほとんどの魔物が逃げるか向かってきて返り討ちになったはずだ。隠れていたやつがいたとしてもごく少数だけだろう。
「……なん、だって?」
「だから今の山頂は比較的安全になってると思いますよ」
「テトラ!」
「は、はい!?」
「話は聞いてたね! 今すぐ山頂への調査依頼を出しな!」
俺たちの話を聞いた婆さんが、呆然と執務室の隅に立っていた職員へとすぐに指示を飛ばす。
「わかりました!」
慌ただしくテトラさんが出て行くと、執務室の空気が若干だが弛緩する。
「ふぅ……。だいたい話はわかったさね」
大きく息をつくと、婆さんはソファの背もたれへと体重を預ける。
「まったく……、Sランクってのはとんでもないね」
「じゃあ話は終わりですかね。腹減ったんでそろそろ帰りますね」
「待ちな」
ひと段落ついたと思った俺たちはソファから立ち上がりかけたところで止まる。まだ何かあるのか。
「まったく、若いもんはせっかちだって言うけどね、さすがに報酬の話もせずに帰ろうとするヤツは初めて見たよ」
呆れるように口にするとまたしても大きく息をつく。
そういえばそうでしたね。でも山頂付近の鉱物資源は割と根こそぎ頂いたんで、別にいいんですよ。
婆さんがソファから立ち上がり、執務机の中から革袋を取り出すとテーブルに置く。
「まさか討伐するとは思ってなかったからね。こっちは討伐報酬の一千万フロンさね。あとはカウンターに行って調査依頼の報酬も受け取っておいで」
「はぁ、わかりました」
「できれば綺麗に取り出した魔石と、他のワイバーンとキマイラの素材もギルドに売ってくれると助かるよ」
「考えておきます」
「あと、山頂で解体したっていう魔物もね」
「はは、そうですね。では失礼します」
こうして俺たちはギルドマスターの三度にわたるため息を背にして執務室を後にする。カウンターで調査報酬を受け取ると、こっちも一千万フロンだった。
「帰ったらごはーん」
今日の仕事が終わったと察したフォニアから上機嫌な声がする。
「そうだな。腹減ったな」
ニルを胸に抱えたフォニアを撫でるとギルドを出る。
三日ぶりの宿の飯を堪能するとしますか。




