第201話 狙われるフォニア
「ではありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
思ったよりも長居してしまったようなので、ルイゲンツさんの工房をお暇することにした。
念話が通じてからは早かったので、いろいろと捗ったことは確かだ。あとはしばらく宿で刀造りに精を出してもいいかもしれない。
『また来るといい』
「はい、何かあったら伺います」
「またねー」
元気よく手と尻尾を振るフォニアの頭をポンポンと撫でると、工房から外へと出る。すでに日は沈んでおり、当たりは薄暗くなっている時間帯だ。
そういえばミスリル銀とか魔鋼とかの話を聞き忘れたけど、また行けばいいか。
「思ったより収穫があったわね」
「そうだな。こうあっさりとアダマンタイト製の刀を見せてくれるとは――」
ここまで喋った瞬間、頭の奥がチリチリする感覚に襲われる。
この感覚は危険が近づいているときのあれだったような。
瞬間的に全ての察知系スキルを全開にする。周囲の人、動物、虫、地形、空間などあらゆるものの情報がインプットされるが、すべて並列思考で処理していく。
何かが飛来してくる気配を捉えたので、着弾位置であるフォニアの元へと素早く移動すると手を伸ばす。
「柊?」
莉緒の言葉とほぼ同時に、俺の手の中には一本の矢が収まっていた。
「うひゃっ!」
ちょうどフォニアの首元だったようで、驚いたフォニアが矢をまじまじと見つめている。
矢の発射元に視線を向けると、誰かが身をひるがえして去っていくところだった。気配は捉えているので空間魔法で犯人をマーキングしておく。
「な、なに……!」
「え? ちょっ、どうなってんだ!?」
莉緒もイヴァンもよくわかっていないようだが、俺もよくわかっていない。なんでフォニアが狙われたんだろうか。
「よくわからんけど……、後で犯人に聞きに行けばいいんじゃないかな」
「犯人?」
「そうそう」
あとは念のために矢羽根の匂いをニルに覚えさせて追跡させよう。
「ニル。匂いの追跡頼んだ」
呼びかけると鼻の前に矢を持っていく。クンクンと匂いを嗅いだ後「わふぅ」とひと鳴きして空を踏みしめて駆けて行った。
「ニルが行ったのなら間違いないわね」
「だろ? 俺も矢を撃ったっぽい人物はマーキングしたし、アジトが特定できたら乗り込みに行くか」
まったく、どこのどいつだか知らないが、フォニアを狙うとはいい度胸してんじゃねぇか。あんな矢でフォニアがどうにかなるとも思わないけど、きっちりとこの矢は返却しに行くから首を洗って待っとけよ。
「大丈夫か? フォニア」
頭をポンポンと撫でると、呆けていた表情が正気に戻る。
「ボクは大丈夫だけど……、なんでボクが……」
首を傾げる様子を見ている限りでは特に怖がったりはしてなさそうだ。
イヴァンはおろおろしながら周囲に気を配っているけど、もう近くに怪しい奴はいないと思う。矢を撃った奴はさっさと逃亡したし、それを警戒するような他の人間もいない。
逃亡中の犯人は川を越えて俺たちの泊まる宿を超え、さらに川上へと向かって行っている。……と、しばらくすると動きが止まった。
「俺たちも行くか」
「ええ。とりあえず宿に帰りましょうか」
「あ、ああ、わかった」
こくりと頷くフォニアを連れて、四人で宿への道を歩く。鍛冶職人街を抜けて川を渡り、宿の前まできたところでニルが帰ってきた。
「わふぅ!」
「おかえり」
わしわしとしゃがみこんで首元を撫でまくる。やっぱり小型犬サイズが一番かわいいな。一通りニルを撫でると気合を入れて立ち上がる。
「向こうにある建物の中に入っていったってニルが言ってるよ」
「そうなのか……。じゃあ行くか」
「ボクも行く!」
誰と行こうか迷っていたところに、ニルの通訳をしてくれたフォニアの声が響く。
「フォニアは……」
宿で待っていろと言いかけて口を噤む。
「なんで、ボクが狙われたのか知りたい」
まっすぐ見つめてくるフォニアに返す言葉が見つからない。
魔物と違って人間に狙われるのはまた怖さが異なるが、フォニアなら大丈夫なのかもしれないな。
「わかった。みんなで行こうか」
「えっ?」
「そうね。フォニアちゃんが行くって言うのなら、みんなで行きましょう」
イヴァンだけが意外そうな反応だったが、自分が最弱だったことを思い出したようで、大きくため息をついて頷いた。
「わふぅ!」
ニルが先導する道を俺たち四人が付いていく。宿を通り抜けて川上方面へと向かうが、俺がマーキングした相手もその場から動く気配はない。
やがて住宅街へと入るとニルが一軒の建物の前で立ち止まった。何やら看板が出ているが、イラストを見るとバーみたいな感じか?
建物の幅は狭く、奥行きがある感じだろうか。見た目は二階建てだが、犯人の気配は地下から感じられる。一階に十人、二階に五人、地下に五人といったところか。
「どっちでもいいか。とりあえず乗り込んで犯人を捕まえる」
「うん。私は外で見張ってるわね」
「わかった。とりあえず犯人につけたマーカーを目立つようにしておく」
犯人へと魔力を飛ばし、マーキングした魔力が点滅するように強弱を変化させる。極小の魔力量の変化だけど、莉緒なら感知できるだろう。
「じゃあ俺は裏に回っておく」
いくらか怒気の滲む声音でイヴァンが低い声で告げる。さっきまで慌ててたけど、フォニアが狙われた実感が出てきたんだろう。誰も逃がさないという気持ちが伝わってきた。
「ああ。気を付けてな」
「わかってる」
莉緒からバフ系の魔法をもらうと、駆け足で裏へと回っていく。
「じゃあ俺たちも行くか」
気を引き締めたところで、俺は建物の入り口をゆっくりと開いた。




