第156話 作戦の開始
やはりというか、先に海皇亀の傍に到着したのはリンフォードを乗せた小型船だ。
苦笑いをするリンフォードに、アデリーは口元に手を当てて上品に驚いている。Bランク冒険者の二人はこっちを指さして騒がしくしている。
「まさかアンタらが先に来ているとはね」
「驚きましたわね……。それってどうやって宙に浮いているんですの?」
目の前に海皇亀がいるんだけど、そっちは気にならないんですかね。まぁゆっくり進んでるだけで何もしてこないですけど。
「まぁまぁ、それよりも海皇亀ですよ」
「それもそうですわね……。でもあとでその魔法について詳しく教えてくださいましね」
本題へと話を戻すと、アデリーはあっさりと引き下がってくれた。お嬢様っぽい印象から我儘かとも思ったけど、そうでもなさそうだ。
「どれくらいまで近づきますか?」
改めてリンフォードへと尋ねてみる。
遠距離攻撃を加えるといっても、距離が離れるほどに威力が減衰する攻撃が多いのが常識だ。近ければ近いほど威力は上がるので、できるだけ近い方がいいんだろうが、反撃を受ける可能性を考えれば遠い方が安全ではある。
「そうだな……」
海皇亀へと視線を向けて考え込むと、しばらくしてこちらに向き直る。
「逆に、アンタらはどれくらいまでなら近づいて平気だと思う?」
「えっ?」
「あぁ、こっちの船に来るか? 攻撃前に無駄に魔力を消費することもないだろ」
聞いてるのはこっちなんだけど……。なんでこんな奴の意見なんて、とかいう声が後ろから聞こえるが、リンフォードは完全スルーしている。それは俺も気になるので答えてもらえればありがたいんですが。
とはいえ消費を抑えられるならお言葉に甘えてそっちの船に着地させてもらおう。
「なんでって顔してるけど、まっさきにこの海皇亀のこと調査したのはアンタらだと聞いてるよ。オレよりもよっぽど詳しいだろ?」
その言葉で後ろの声が静かになる。答えてくれてありがとうございます。
ただまぁ、直接調べた俺たちの意見が聞きたいということもわかる。言うだけは言ってみるか。
「そういうことであれば……」
しばらく調査中の様子を思い出していると、莉緒が先に口を開いた。
「調査中は亀が攻撃する素振りは見せなかったので、基本的には近づくだけなら亀の背中に乗っても大丈夫だと思います」
「だけど反撃される可能性を考えると、どれだけ離れていても安全とは言い切れないですね。亀の攻撃手段が不明ですし。……ただ百五十年前の記録を信じるのであれば、反撃はしてこないのでそこまで臆病になる必要もないかと」
「そうね。せめて亀の噛みつきとかが届かなさそうな距離を最低限取っていればいいんじゃないかしら」
こっちは船からの攻撃になるからな。最低限物理攻撃が届かない距離は取っておいたほうがいいと思う。
「ふむふむ。ありがとう。とても参考になった。大きすぎていまいち距離感がわからないが……、百メートルくらい離れておこうか。遠距離攻撃のことを考えたらキリがないしな」
リンフォードと海皇亀についてあれこれ話していると、後続の船もようやく到着したようでやかましい声が聞こえてきた。
「お、お前ら、何でここにいる!?」
一番大きかった声はレックスだ。他のBランク冒険者も騒がしくしているが、エルフのサスキアはあんまり興味なさそうに見える。
「なんでって、仕事だからに決まってるじゃないですか」
「そ、そんな当たり前のことを聞いてるんじゃねえ! どうやってここまで来たかって聞いてんだよ!」
その「当たり前」を妨害しようとしたのはどこの誰ですかね。
まぁでも、その方法はすぐに披露することになりそうだし、ここでネタばらししておきますか。俺たちが本気で亀に攻撃したら、発射台も無事じゃ済まなさそうだし。
「そんなの、空を飛んできたに決まってるじゃないですか」
ふわりと浮き上がりながら俺たちが本来乗るはずだった船へと移動する。ニルは一足飛びで船へと渡るが、振動を感じさせない着地を決めている。
「「「なっ!?」」」
目を丸くするBランクたちは言葉に詰まったようで、続く言葉は何も出てこない。
「へぇ……、面白い魔法使うわね」
が、空を飛んだ俺たちを見てさっきまで興味がなさそうだったサスキアが反応した。
「風属性の魔力が感じられるけど、他の属性も混じってそうね……。この感触はどの属性かしら……」
だけどこっちを凝視してひたすらブツブツと呟くだけで、話しかけようとはしてこない。
「そ、空を飛ぶ……だと……」
船へと着地すると、合わせたようにレックスが一歩後ずさる。
「これでも魔法攻撃にはそれなりに自信がありますので、よろしくお願いしますね?」
笑顔で話しかける莉緒に、レックスはさらにもう一歩後ずさると首を縦に振る。他のBランク冒険者も異論はないようで安心だ。
「よし! 全員揃ったことだし、手順の再確認を行う!」
改めて当初の予定通りに船に人員が配置されたところで、リンフォードから声が上がった。俺たち十人は、海皇亀の進路を逸らすべくここまで派遣されたのだ。目的を果たさなければならないのだ。
目の前にそびえるのは島にしか見えない海皇亀の巨体である。手足や首がどのように生えているのか、海上からはうかがい知ることができない。
海面からほぼ垂直に切り立つように見える甲羅はごつごつとしており、簡単に壊せるようには思えない。
この怪物に向かって、俺たちの攻撃が始まろうとしている。




