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95 本物か否か

「それじゃ私は工房行ってくるね」

「工房って、もしかしてそこで空飛ぶ船作ってるのか?」

「ううん違うよ。工房はこの家にある部屋で、私とおじいちゃんの共同作業場って感じかな? 船はもっとおっきなところで作ってるんだよ。じゃあねー」


 そう言ってソフィアが元気良く部屋から出て行った。


「空飛ぶ船について聞いたのか?」

「聞いたといいますか、聞かされたといいますか……」

「なるほど。あれはギルドも一枚噛んでいて、まだ公表していないものだ。ソフィアを昔から知ってる者は大体船についても知っておるから、機密というほど厳密に隠してないが、あまりよそで言いふらすんじゃないぞ」


 しっかりと釘を刺されたので頷いておく。というかソフィアは子どもの頃からロマンを追いかけるおてんば娘だったのか。


「さてシルヴァリオと言ったかな……用件を聞こうか」


 ソフィアとの出会いで不意を打たれた感じはあったけど、ここからが本番だ。一度深呼吸をして気合いを入れ直す。


 まずノーブルさんが魔王ヴィセルだと仮定してどうやって聞き出すか。実は俺も魔王としてのヴィセルと戦ったことがあるってだけで詳しくは知らないんだよな。


 かつてヴィセルは人間たちを脅かす”災禍”の魔王として長い間恐れられていた。ここでストレートに「あなたはヴィセルですか?」なんて聞いて、もしも間違っていたら相手を不快にさせるだろうし、なにより言い訳が面倒だ。


 俺が魔王だったときのシヴァって名前は広まってないみたいだし、そっち方面で反応を探るとして、どうやって道筋をつくるか悩ましい。


「あまり大っぴらにできる内容ではないのですが」

「ここと作業場は音漏れが起きないように魔法で防音してある。実験が失敗して爆発……なんてこともあってな。儂が解除しない限り扉の前にソフィアが残っていたとしても盗み聞きはできんよ」

「そうですか」


 目立たないように床や壁に薄く描かれた魔方陣はそれかと納得。たぶん音だけじゃなくて爆発の衝撃も吸収するんだろう。それにしても爆発するような実験って何だよと思わなくもないが、まあそこは俺が気にしても仕方ない。きっとロマンと爆発は切っても切れない関係なんだろう。


「実は聖教会で魔石に魔法を封じ込める研究をしているのですが、すでに似たような事をノーブルさんが実現していると伺いました。何かご助言を頂ければと思うのですが」


 聖教会で研究なんてしてないだろうけど、これなら後で追求されたときには俺の持ってる知識でいくらでも言い訳できる。


「ふむ、そういう話ならギルドで扱ってる魔石を買い取って、それを研究でもすればいい。まあ多少足元を見られるのは覚悟するんだな」

「なるほど。今度交渉を持ち掛けてみようと思います」

「それだけか?」


 あまり乗り気じゃない雰囲気であっさりと断られた。こっちとしても魔石の話をしたいわけじゃないから問題なし。


「いえ、実は私が見た魔石にはテルダートという大型の魔物を拘束する魔法が入っていました。濃い紫色の魔法陣、あれはノーブルさんが入れたと聞いています。あの様な魔法は初めて見ましたし、並みの人間が扱える魔法ではないと感じました。ノーブルさんはどこであのような魔法を?」


 まだ怪しまれてなさそうだけど眉をひそめられた。ちょっと厳しいか。


「なんじゃ、やはりそういう話か。弟子はとらんと言ったはずだぞ」

「一言だけでも良いのでお聞かせ下さいませんか?」

「おぬしも自分で言ったではないか。あれは普通の人間に扱えるものではない」

「そうですか。では……普通でなければどうでしょう?」

「何が言いたい」


 さっきよりもいくらか真剣な表情で聞き返してきた。規則的に揺れていた椅子が止まる。


「自分でこう言うのもなんですが、私は上級悪魔と戦えるだけの実力があります。それに私もノーブルさんと同じで使えるんですよ――転移魔法を」


 天使や悪魔に使えて、人には扱えない魔法。それを俺も使えると言った。おそらく転移魔法は種族固有魔法に近い性質をもっているはずだ。俺が悪魔だった頃、特に努力をしたわけでもないのに自然と使えていたのが証拠だ。


 空間を繋げるあの感覚は上手く言葉にできない。だからこそ詠唱や魔法陣にすることも、他の人に教えることもできていないわけなんだが。悪魔の頃に実際に転移魔法を使った経験があるからこそ、人に転生した今でも俺は使えているんだと思ってる。


 真意を見極めようとでもいうのか、ノーブルさんの鋭い目がさらに細められた。


「それは(まこと)か? おぬし、どうやってそれを習得した?」

「ノーブルさんと同じだと思いますよ」


 曖昧に答えることで相手に想像の余地を残す。これでどんな反応が返ってくるか次第かな。


「そうか儂と同じか。……おぬし名はなんと言ったかな」


 このタイミングで名前を聞き返されるってことは当たりか? 向こうが俺の名前を憶えていればこれで釣れると思うんだが。


「シルヴァリオ。もしくは()()()と呼んで下さい」

「シヴァ……シヴァのう。その名は両親が付けたので合っているか?」


 本当なら「どうしてそのようなことを気にするのですか?」なんて聞き返すところだろうけど、今選ぶべき答えはこうだろう。


「ええ、そうです。でも不思議なんですよね。実は前世も同じ名前だったんじゃないかと思うときがあるんです」

「前世か。儂はそういった話は信じない方なんじゃが、気まぐれで以前占い師に見てもらったことがあるんじゃよ」


 魔石の研究の話はどこへやら。もう会話の流れはめちゃくちゃだ。それなのにノーブルさんは自然とこの流れに着いてきている。いや、むしろ自らこの流れに乗ってきた。


「気まぐれですか?」

「そう、気まぐれじゃ。そうしたらその占い師も前世がどうのこうのと言い出しての。たしか儂の前世での名前は……なんだったかな」


 こめかみに指を当てて何かを思いだそうとしている。本当に思い出そうしているのか、それとも演技なのか。


「ああそうじゃ。たしか――()()()()、そう呼ばれていたそうじゃ」


 自分からヴィセルの名前を出してきた。これが本当に占ってもらった結果だったらどうする? いや十中八九作り話、向こうも俺が本物かどうかを確かめようとしてるんだろう。


「ヴィセルですか。気分を悪くされないで頂きたいのですが、七十年近く前にヴィセルという魔王がいたそうですね」

「そんな昔の魔王の名前をよく知っておるのう」

「本人に聞きましたので」

「面白い冗談じゃ、ふぁっふぁっふぁ」


 ノーブルさんが心底おかしそうに笑い声を上げる。


「ああそういえば、二十年近く前に死んだ魔王はシヴァという名前だったのう」

「”深淵”の魔王のことですか? ノーブルさんこそよくご存じですね。たしかあの魔王の名前は結局分からず仕舞いだったはずですけれど」

「本人に聞いたからのう」

「それはまた面白い冗談ですね」


 今度は俺が小さく笑ってみせた。


「そういえばおぬし、見たところ二十前後のようじゃが」

「いま十八です。ちょうど魔王が死んだ年に生まれましたから」


 ノーブルさんが深く頷き、目元を手で覆い隠した。しばらくして顔を上げ、開いた瞳の奥深くには(くら)い光が宿っていた。


「……おぬし本物か?」


 底冷えするような低い声音。俺がまったく関係の無い、ただの人であれば質問の意図も、突き刺さる殺意の意味も分からずに狼狽えるしかなかっただろう。だけどこれでようやく確定だ。


「ええ。ノーブルさんこそ……いや、ヴィセルと呼んだ方がいいか?」


 殺意を正面から受け止めて平然と返すと、目の前の男はふんと鼻を鳴らして深く椅子に座り直した。


「もうその名前は捨てた。ノーブルと呼べ。しかしまさか人に転生していたとはな」

「それはこっちのセリフだ」

「そうなると魔石うんぬんの話は儂の正体を確認するための嘘か」

「まあな」

「いったい何の用だ。儂の正体をバラそうとでも?」

「そんなことすれば俺の正体だってバレる危険があるだろ。単純に同じ境遇のやつがいるのか確認しておきたかっただけだ。あとはもしヴィセルだったら……本物だったら少しぐらいこれまで何してたのかって話を聞いてみたいとは思った」

「そうか。まあいい信じよう」


 俺の答えに納得したのか、さっきまでの殺意が嘘のように霧散して消えた。ついでにいくらか砕けた口調に変わってる。


 ノーブルはテーブルに置いていた酒瓶を取ると、コルクを無理やり手で引っこ抜いて、そのまま直接口に付けて勢いよく飲み始めた。


「おいそれ結構高かったんだぞ。もっと味わって飲め」

「ふん。儂が貰ったものをどうしようが儂の勝手だろう」

「そりゃそうだけど……」


 不意に響くノックの音、続けてソフィア父の声。


「父さん、シヴァくん、お茶持ってきましたよー」


 ノーブルが視線だけで今の話は黙っていろと口止めしてきた。分かってるから安心しろとこちらも言葉にはせず静かにうなずいて返す。外に音は漏れないって自分で言っていたのに慎重だな。


「構わん入れ」

「父さん、お客さんの前で飲むのは止めた方がいいって何度も言ってるのに聞かないんだから」

「俺は気にしないので大丈夫ですよ」

「そうですか? すみませんね」


 手早くお茶を置いて部屋を出て行ったソフィア父。去り際の後ろ姿を見てふと思う。


「……もしかしてかなり強い?」


 最初会ったときは頭の色に注意がいってて気づかなかったけど、なんというかギルドで見かけた冒険者たちよりよっぽど強いんじゃないか?


「昔は魔王を倒そうと冒険者やってたからのう。一時期勇者パーティーにも入っていたし、覚醒こそしなかったがなかなか強かったぞ。ただまあ、それでもおぬしを倒せるほどじゃなかったがな」

「……マジか」

「マジじゃよ。儂はお前さんの実力を知ってるからバカなことは止めろと言ったんだが聞かんでな」

「え、俺お前の息子たちを相手にしてたのかよ……」

「いや、結局息子は途中でパーティーを抜けて帰ってきおったから戦ってはおらんぞ。そういえばおぬしが勇者パーティーと戦って相打ちしたと聞いたときは信じられなかったが、本当にやられたのか?」

「いいや違うよ」


 そこで言葉を切り、短くない話をする前に一度お茶で喉を潤した。


「そこら辺はあんまり楽しい話じゃないんだけど――」


 そう前置きしてから封印されたときの状況と、最近のことをかいつまんで話した。一通り話し終わったところでノーブルが首をかしげた。


「なるほど……悪魔と天使が協力してか。狙いがさっぱりわからんな」

「やっぱそうだよな」

「しかし、いややはりと言うべきか、人間に倒されたわけではなかったか」

「封印される前に勇者を名乗るやつと戦ったけど、あれぐらいの実力じゃ当時の俺を倒すにはまだまだだな。他の奴らも話にならなかったし」


 そういえばあの勇者って何者だったんだろうなと思ったところで、ふとさっき聞いた話が脳裏によぎる。ソフィア父は勇者パーティーにいた。それなら親であるノーブルが勇者について何か聞いていてもおかしくないよな。


「なあ、息子が勇者パーティーにいたんならある程度話ぐらい聞いてるよな。その勇者を名乗ってた奴って何者か知ってるか?」

「ふむ……たしか北の帝国の王子だったはずじゃよ」

「北の帝国の王子が勇者?」

「さっき話に出てきたアリスとやらは勇者の加護を持っているのだろう。だがその王子は勇者の加護をもっていなかったんじゃが、武勇を示すことで国民から勇者と呼ばれるようになったそうじゃよ」

「ふーん」


 割と長年謎だったんだよな、あの勇者。まさかこんなところで素性が判明するとは思わなかった。


「でもさ、その王子殺されてるけど大丈夫なのか?」

「勇者として戦ったのは第二王子。今はその兄、つまり第一王子が王位を継承している。詳しくは知らんが北の帝国としては特に問題なかったんだろうよ。それに勇者と呼ばれていた第二王子よりも、実は第一王子のほうが強いという噂もあってな。実際北の帝国が”歪獣”の侵攻を長い間食い止めているのもその第一王子の力によるところが大きいらしいぞ」


 ”歪獣”か……あいつ俺に似て強い奴と戦うの好きだったからな。もしかしてその第一王子との戦いが楽しいから意図的に侵攻止めてるんじゃないかと疑ってしまう。


「あいつが本気出したら大抵の奴は一瞬で殺されるはずだけど、食い止められてるってことはその第一王子……今は王様になってるのか。そいつは少なくとも覚醒してるんだろうな」

「上級悪魔と戦えてる時点でそうじゃろ。しかし……本当におぬしたちで”傀儡の王”を倒したのか?」

「そうだけど何か気になることでもあるのか?」

「いやなに、覚醒できないおぬしが上級悪魔を倒すのは骨が折れただろうにと思っただけじゃよ」


 あれは俺一人だけで倒したわけじゃないとか、そんな細かいことを訂正している場合じゃない。今ノーブルは聞き捨てならないことを言った。


「ちょっと待て。俺が覚醒できないってどういうことだ?」

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