86 シャルロットとオリヴィアの成長
ライナーとは道場を出たところで別れた。今日はお互い家で過ごして明日の昼頃にまた集まる約束をした。
俺は道場を出た足でそのまま訓練所に向かう。師匠から聞いた予定通りならシャルとオリヴィアに会えるはずなんだが……おっ、栗色のツインテールとポニーテールの二人を発見。ちょっと遠いから自信ないけど、たぶんシャルとオリヴィアだろう。二人とも袴姿ってことは昼まで道場にいてそのまま着替えてないのか。二人の顔がはっきりしてきたところで手を振って呼びかける――までもなく気づかれた。
「あれ……? お姉ちゃん、あれシヴァ先生だよ! いつ戻ってきたんですか!」
「ついさっきだよ。二人ともただいま、元気してたか?」
「お帰りなさい。私たちは変わらずですよ」
シャルが元気に、オリヴィアが優しげに微笑んで出迎えてくれた。そのあと二人にお土産の焼き菓子を渡して旅の話をするところまでは良かったんだけど、なぜか俺も一緒に訓練することになった。
「たまにはシヴァ先生も一緒に訓練しましょうよ!」
「私からもお願いします。共鳴魔法を使える人も増えましたし、一度シヴァ先生に確認して欲しいんです」
「それにあたしとお姉ちゃんの必殺技もね!」
「シャルとオリヴィアの必殺技?」
「まあ結構自信ありますよ!」
シャルが胸を張って得意気に笑った。いつもなら控えめなオリヴィアもかなりやる気になってる。せっかく戻ってきたんだし、みんなの成長具合を見せてもらおうかな。
そんな感じで始まったみんなとの訓練。まず最初に警備兵たちの共鳴魔法の習熟度を確認したが、これが意外と上手かった。まだ一人で魔法を発動させるのと大して威力に違いは無いけど、これから練習を重ねていけば自然と威力も上がってくるだろう。シャルの教え方が上手なんだろうな。俺から基本的な部分で指摘することはなかった。ただせっかくなんでもっと速く魔法を発動させる方法や、魔力の溜め方などのアドバイスなんかをして回った。
次は俺対警備兵数人での集団戦。連携もかなり様になってきている。王都で見た騎士たちの動きにはまだ及ばないけど、そこはエンシェントドラゴンの素材で作る武具で底上げすれば良い感じになるんじゃないか? こっちも集団戦後の反省会で気になったところを指摘していく。
そして最後はシャルとオリヴィアの番だ。俺との訓練を終えて休憩中の警備兵たちが、訓練所の端に固まって見学している。
「いつでもいいぞ」
少し距離をとっているシャルとオリヴィアの二人に聞こえる様に、少し大きめの声を出した。必殺技の発動に少し時間がかかるらしいので俺は剣を正面に構えて待ちの状態だ。
シャルが地面に両ひざをついて祈りの姿勢を取って、オリヴィアがシャルの前で双剣を構えた。二人が声をそろえて詠唱を開始すると、足元に同じ魔法陣が浮かび上がった。詠唱の内容は遠くて聞き取れなかったし、遠目に見えた魔法陣からもどんな魔法か判別できない。何が出てくるのか少しわくわくとした気持ちになりながら魔法の発動を待つ。十数えたところで魔方陣から光が溢れて、二人が金色に輝く薄い膜の様なものに包まれた。
「シヴァ先生いきますっ!」
「――っ!?」
油断していたつもりはない。だけどいつの間にか目の前にオリヴィアがいて剣を振り被っていた。オリヴィアも剣神流を学んでいるから流星剣を使える。だけどその速さが今までと段違いだ。師匠には届かないもののライナー並み、いやそれ以上か?
回避しようと思えばできる。だけどここはあえてオリヴィアの短剣を正面から受け止めることにした。速さが上がってるってことはおそらく力も上がってるはず。予想は当たっていて、剣を合わせた状態で押し込まれた。続くオリヴィアの連撃を受け止めるたびに徐々に後退させられる。
能力の上昇量はかなりのものだな。だけどこれだけならただの身体強化だ。シャルとオリヴィアの二人が得意そうな顔をするほどじゃない。さっきからシャルが動いていないのはオリヴィアを強化し続けるためか? そう疑問に思った瞬間、オリヴィアの短剣が白い光を発しながら魔力を帯び始めた。
この感じ、ホーリーアローの魔法剣か!? オリヴィアはホーリーアローを使えない。それに魔法剣もだ。シャルが新しく魔法を使った様子はない。そうなると俺が知らないうちにオリヴィアがホーリーアローと魔法剣を使えるようになった? いや違う、これはどちらかというとシャルとオリヴィアの二人が――そこまで考えて魔法の正体に気が付いた。
「精神の共有、いや魂の共鳴と言った方が良さそうだな。精霊同士の共鳴を参考にしたのか?」
「流石ですねシヴァ先生、正解です」
精霊の中には魔物みたいに実体化している存在もいる。昔、そんな精霊たちと戦ったときに、精霊同士が互いの能力を共有したり、それぞれが一時的に強力な身体能力を得る不思議な魔法を使われたことがあった。
あのときは俺も何が何だかよく分かっていなかったけど、今ならある程度わかる。あれはおそらく共鳴魔法の一種、もしくは共鳴魔法の上位にあたる魔法なんだろう。そしてそれに似た現象を目の前の二人が起こしている。
「シャルが動けていないってことは不完全か。精霊同士の共鳴ならどっちも動けるはずだ」
攻撃をさばきながら指摘すると、オリヴィアが悩まし気な声を上げた。
「私たちだとこれが限界みたいなんです。それでもこれだけ強化できれば十分使えるんじゃないかなと思ったのですが」
「確かにシャルとオリヴィアの二人を同時に相手するより今のほうがきつい感じはする。ただ、この魔法を使うときはシャルの護衛が必要だろ? そうなると状況によっては発動させることすら難しいだろうな」
片方しか動けないってデメリットはあるけど、それ以上に十分過ぎるほどオリヴィアが強化されてる。今のオリヴィアならAランクの下級悪魔程度なら倒せるだろうな。ただそこから先ってなるとこのままじゃ通用しない。もう一声決め手が欲しい。
「ところでさ、どこでこんな魔法を習得したんだ?」
「伸び悩んでいたシャルが、師匠からこんな戦い方をする精霊がいると教えてもらったんです。そこから共鳴魔法を参考にして自分で組み上げたんですよ」
師匠は一体どこでそんな精霊がいるって知ったんだ? あの人のことだから直接戦ったことがあっても不思議じゃないけど。
魔法を発動させてから一切動いていないシャルに一瞬だけ視線を向ける。こんな魔法を自分で組み上げるとかあいつなかなかやるな。俺もいくつか魔法を組み上げたことはあるけど、そのどれもが自分一人で発動させるタイプのものだ。誰かと協力して強くなる魔法を開発しようだなんて考えたことなかった。
「ま、こんだけ強くなってるなら俺ももうちょっと本気出していいよな?」
アルカーノ騎士団の長剣の感覚に慣れるにも丁度いい。剣神流ならどんな剣でも扱えるっていっても、使い慣れた剣とじゃやっぱり違う。長剣を両手でしっかりと握って正面に構え直した。
「オリヴィア、それにシャル、いくぞ?」
「はい、よろしくお願いします」
それから千回ほど剣を合わせたところで二人の魔力が切れ、オリヴィアが膝をついた。
「今のままだと長期戦は無理だな」
「はぁ、はぁ……、発動までの時間と合わせて、今後の課題ですね」
正直この辺りの魔物相手なら過剰戦力だ。だけど俺たちに付いてこようとするならまだまだ足りない。だからここは軽く応援する程度にしておこう。
「無理をしない程度に頑張ってくれ。それよりこの魔法って二人しか使えないのか?」
地面に腰を下ろして休んでいるオリヴィアが疲れた表情で頷いた。
「親子、兄弟といった近しい間柄でなら発動させるところまではできるんですけど、そこから持続するとなるとまだシャルしかできません」
「親族以外で発動した人は?」
「一組だけいました。長年冒険者として一緒に活動していた人たちなので、お互いの信頼があったからだと思います」
「なるほど。そこは共鳴魔法と同じ……いや、それ以上か」
シャルが肩を落としてトボトボと歩いてくる。
「シヴァ先生、やっぱり私たちを連れては……」
「悪いな」
「いえ、はぁー……これならシヴァ先生に認めてもらえると思ったのにな―」
シャルたちの事は認めてるんだけどな。そう口に出すと、だったら連れて行って下さいって返ってきそうだから言わないけど。
シャルたちとの訓練を終えた俺は家に帰った。夕飯時に色々とこれまでのことをアクア姉たちに話した。俺から見た王都の祭りの感想や、聖教会での出来事など。カイトなんかは目を輝かせて聞いていたけど、アクア姉やレインなんかは途中から顔を曇らせていた。
「お兄ちゃんが強いのは知ってるけど、あんまり危ないことはして欲しくないなぁ。それに隣の大陸まで行っちゃうなんて……今度はいつ戻ってこれるの?」
「ちょっと強い悪魔倒してくるだけだって、それが終わったらちゃんと帰ってくるから心配するな」
久しぶりに自分の部屋で休む。ベットの上に倒れて、無意識のうちに隣へと手を伸ばし――誰もいない。ここには自分一人だけ、当たり前だ。だけど最近はアリスと一緒に居ることが多かったからな。少し寂しさを覚えた。
「兄ちゃーん」
ノックの音と同時に扉が開かれた。寝間着姿に着替えたカイトとマリンがいる。
「カイト、それノックの意味ないぞ」
「まあまあ」
「それでどうした?」
「マリンが今日は兄ちゃんと一緒がいいって」
「シルにいダメ?」
くっ、そんな上目遣いで瞳をウルウルさせるなんて……ダメとは言えないだろ。
「こっちだと狭いから二人の部屋行くぞ」
「はいはーい。そうだ、兄ちゃんさっきの話の続き聞かせてよ」
「わたしはご本よんでほしー」
さっきまでの寂しさはどこへやら、賑やかな夜を過ごすことになりそうだ。




