73 サーベラスとマリーさん合流
聖教会の一つ隣町という立地もあり、そこそこ人通りのある街道を通り抜け、町の外に出た。
カムノゴルでは魔犬状態のサーベラスも受け入れられているけど、ここではどういった反応をされるか分からない。
まあ見つかったら適当に言い訳するだけなんだけど、念のため町から距離をとって人目に付かないように林道の中へ。
手ごろな大きさの岩があったのでそこに腰かけ、朱色に染まり始めた空をボーっと眺めていると、近づいてくる馴染みの気配。
それだんだんとゆっくりになり、最後にザザァッと音を立てながら地面に停止の跡を残した。
目の前には馬よりも大きな巨体を誇る銀色の魔犬。
そしてその背中には……ぐったりと疲れた様子のシスターがうつ伏せで寝そべっていた。
「……サーベラス」
「なんでしょうか」
「お前ちゃんとマリーさんのこと考えて休憩とかした?」
「はい、最低限は」
「最低限ってお前な……」
「シヴァ君、あんまりサーベラスのこと責めないで。何にも考えずに勢いで付いてきた私が悪いからいいのよ……ただ、とりあえずなんでもいいからまともな食べものが欲しいわ…………」
サーベラスの背中の上からマリーさんの弱った声。
まあマリーさんがそう言うならいいけどさ。
サーベラスが地面に伏せて、ゆっくりとマリーさんが降りた。
そこでやっとサーベラスも人化をして見慣れた執事服姿に。
「もしかしてここに来るまで何も食べてないんですか?」
俺の質問にマリーさんは首を振って否定した。
「水は自分でどうにかしたんだけど、食べ物はサーベラスが狩った魔物を、ね」
そう言って手の平の上に小さな火を一瞬だけ出した。
つまり焼いて食べたと。
「水と火の魔法を使えるようになって良かったって、こんなところで実感するはめになるなんてね。あはは……はぁ」
自嘲気味に乾いた笑いを見せるマリーさん。
なんというか、お疲れ様です。
「興味本位なんですけど何食べたんですか?」
「名前は分からないけど蛇の魔物よ、ちょっと美味しかったのがなんだかその、くやしいわね……」
「あー、魔物の肉食べたの初めてですか?」
「そうね、初めて――」
そこでマリーさんはハッとした表情を浮かべた。
どうしたんだろうと俺が疑問を抱いていると、マリーさんは伏し目がちになりながら、唇を指でなぞり、官能的な響きをもって――
「私、初めてだったのに……思ってたよりも良かったのがく、くやしくて……」
「いやなんでわざわざ言い直した」
しかも若干エロそうに。
うん、この人思ったより元気そうだな。
「はぁ……馬鹿なことしてないで、みんなのところに行きますよ」
「あ、はい」
演技をやめて素に戻ったマリーさんとサーベラスを引き連れ、アリスたちの待つ冒険者ギルドへ向かう……前に、マリーさんには軽めの食事をとってもらった。
みんなの待っている部屋に着いたところで、セレンたちに二人を紹介して、すぐに作戦会議を始めた。
「ここに来るまでにシヴァ君から状況は聞いてるわ。さっそく聖教会アレクサハリンに突入してからどう動くか決めましょうか」
「なんでいきなりやって来たあなたが仕切ってるのかしら?」
先輩にあたるはずのマリーさんにも臆さずいつも通りのセレン。
「私じゃ不満? それならシヴァ君お願いね」
「そこで指名するのがどうしてシヴァなのよ。普通、聖教会からやって来てる聖女候補のあたしか、勇者のアリスじゃない?」
「そんなのこの中じゃ一番信頼してるのがシヴァ君だからよ。アリスちゃんはむかし会ったことあるけど、いまじゃ初対面みたいなものだしね。あなたは正真正銘の初対面だから任せていいのか正直よく分からないわ」
「それもそうなんだけど……随分と信頼されてるみたいじゃない、あなた」
「同じ町で生活してたからだろ」
「私は気にしなくていいからね。マリーさんが来る前もシヴァがまとめてた様なものだし」
自分ではそこまで率先してまとめ役をやってた訳じゃないと思うんだけどな。
ああ、でも割と口出ししてたかもしれない。
「……まあいいか。それじゃあ俺が考えてることを先に話させてもらうと――」
おそらく相手はロザリー。
”傀儡の王”の二つ名をもってるあいつのことだ、聖教会に属する騎士と神官はまとめて洗脳されてると思ったほうがいい。ギルドで話を聞いてきた感じでは、住人たちの洗脳が解けているかどうかはまだわからない。
そいつらの洗脳を解いてからロザリーと戦うか、もしくはロザリーを誰かが抑えている間に洗脳を解くか、最初から全員で親玉を倒しに行くか、問題はこの中のいずれを選択するかなんだけど。
「二手に別れて相手の親玉を抑えつつ、洗脳されてる人たちを助けるのを同時にする」
「シヴァ君、一応理由を聞いてもいいかしら?」
「洗脳されてる人たちを放って置いて親玉を叩く場合は人質に取られる心配がある。逆に先に洗脳されている人たちを助ける場合は途中で気づかれて邪魔される可能性が高いし、ばれたら結局人質に取られるって懸念が残る」
「そうね」
マリーさんの相づちに合わせて話を続ける。
「だから両方同時にやる必要があるんじゃないかって思って。親玉を抑えてる間にみんなの洗脳を解除して、戦いに巻き込まれないように避難してもらう。その後に全員で親玉を倒す。まあ先に親玉を倒せるようならそれに越したことはないけど」
「一人、二人なら私かセレンちゃんが解除すればいいけど、どうやってみんなの洗脳を解くのよ? 結構な数だと思うわよ?」
「それなんだけど、マリーさんとセレンの二人が浄化系の魔法を共鳴させてどうにかできないかな?」
共鳴魔法――厳密には魔法そのものではなく、複数人で魔力を循環、融合させて高め合い、魔法として放つ技術。これを使えば足し算の結果じゃなくて、それ以上の結果を生み出せる可能性がある。魔力操作の難しさも中々のものだけど、術者同士の精神的な繋がりも必要になるから結構難易度は高い。
カムノゴルで警備兵たちに教えたときは中々上手くいかなかったからな。
あとは魔法によっては向き不向きもあるから、浄化系の魔法で使えないってこともあるだろうけど。
二人の率直な意見はどんなものか。
「普通初対面の人となんてできないわよ。でもまあ、共鳴そのものはやってやれないこともないかな」
「そうね。ただ仮に私とセレンちゃんが共鳴して威力と範囲を広げたとしても、聖教会全域をってなると厳しいと思うわ」
「そう都合よくはいかないか」
マリーさんについては知っていたけど、セレンも共鳴を使えるって時点で魔法に対する技量はかなりのものだな。
だけど、それでも町全体を対象にっていうのはできないと。
「そうなると……洗脳の解除と、悪魔との戦いは同時にはできないよね。相手が人質を取る前に倒すしかないのかな……」
「救助を先に行うべきではないでしょうか?」
「うーん、でもそれだって結局気づかれないようにって難しいと思うよ」
アリス、ベル、シンディがそれぞれ意見を言うも、これといって話が進展するようなものではなかった。
ライナーとサーベラスに視線を向けても顔を左右に振られる。
みんなが頭を悩ませている中、セレンがおもむろに口を開いた。
「ねえ、消えた結界を復活させるってのはどう?」
「結界を復活させたところで……」
セレンの意見を聞いたマリーさんが顎に手を当てた。
そのまましばらく何かを思い出す様にして黙考。
「……いえ、ありね。そうよ、あの結界の内部では洗脳とかそういった類の魔法は使えないか、効果が著しく低くなるはずよ。随分前に聞いた話だからすっかり忘れていたわ」
「それなら結界の魔法陣がどうなってるか、大聖堂の地下に行って確かめる必要があるわね」
結界の復活、もしセレンが言わなければあと少しで俺が言っていた。
ただその場合は作戦として受け入れられるか微妙だったろうな。ほとんど根拠のない勘のようなものだったし。でもマリーさんの言ったことが本当なら試す価値は十分ありそうだ。
それでも、結界を復活させたとしても洗脳が解ける保証はないし、解けなかったら結局人質にとられるかもしれない。どちらにしろ聖教会内で上級悪魔と戦うのであれば、大なり小なり被害は出るだろう。最悪の最悪を考えると聖教会の領土全てが焦土になる可能性だってある。
そうならないように、その都度それぞれが最善を尽くすしかない。
「もし地下に行って結界を元通りにできるならそれが一番、駄目なら親玉討伐に全力を注ぐ」
まわりを見ても、特に反対意見はなさそうだし、この方針で進めよう。
「よし、じゃあ大聖堂の地下に行く組と、敵の親玉と戦う組に別れよう」
そう言った瞬間、女性陣が一斉に発言した。
「上級悪魔とは私が戦うからシヴァは地下をお願い」
「天使の加護をもってるあたしが戦わないでどうするのよ」
「私たちはセレン様の護衛ですから」
「当然私たちはセレン様と同じ組だね」
「私は聖教会を侵略したっていう悪魔を倒す方に行くわよ」
しかも希望偏ってるし。
どうすんだよこれ。
「大変ッスね、アニキ。ちなみにオイラの希望も敵の親玉との戦いなんで」
「私はシヴァ様のご指示通りに」
サーベラス、お前だけだよ俺の味方は。
思わず片手で顔を覆い隠す様にしてうなだれる。もういっそのこと本当に俺とサーベラスの二人で地下に向かって結界の復活頑張ろうかな。いや、土地勘ないから無理だな、魔法陣のところまで行けない。
「……とりあえず、やるべきことと適正で振り分けるから。多少不満は出るだろうけど我慢してくれ。一応意見は聞く、希望に応えられるかは分からないけど」
それからも何だかんだと盛り上がりを見せた作戦会議が一段落し、ギルドを出た頃には完全に日が落ちていた。




