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69 傀儡の王

 王都を出てから二度目の夜がやってきた。


 アリスたちと一緒に焚き火を囲んで暖を取っていると、馬の世話をしてきたセレンが疲れた顔をして俺たちの輪に加わる。


「旅がこんなに大変だなんて思わなかったわ……」

「どうした?」


 別に今回の旅が特別大変って感じはしないけど。


「あたしは馬に乗るのも初めてだったんですけど」

「……そこはベルがちゃんと面倒見てくれただろ」

「それはそうでしょう、あたし一人だったら落ちて大けがするに決まってるじゃない」


 そこは胸を張って言うことじゃないと思うんだけど。


 とはいえ例のごとく馬に強化魔法をかけてかなり速度出したからな。


 セレン一人だと本当に落ちてた可能性もある。


 乗馬経験のなかったセレンはベルと一緒に馬に乗った。


 万が一にも落馬しないようにと腰に命綱を結んで。


 結ばれたベルは動き辛そうにしてたな。


「太ももだって痛いし……まあそれは自分で治したからいいんだけどさ」


 セレンが愚痴をこぼしてると、遅れてやってきたベルとシンディがセレンを挟む様にして腰を下ろした。


「セレン様。今回の旅はかなり楽なほうですよ」

「荷物も少ないですしねー」

「えぇ……あれで?」

「はい。しかも本来なら水辺を無視して最短距離で聖教会に向かうなんて普通はできませんし、このメンバーなら魔物に襲われたらと不安に思うこともないですから」


 俺たちや騎士団がする旅と、商人たちがする旅は別物と言えるだろう。


 飲み水は魔法で用意するし、馬に強化魔法をかけて速度を出して疲れにくくする。怪我や疲労は治癒魔法でとればいい。


 この三種の魔法をすべて一人で扱える人はそう多くない。


 だけどそれもパーティーを組めば意外となんとかなるもんだ。


 とはいえ持てる食料にも限界があるから、可能な限り町や村に寄った方がいいだろうけど。


「今回はセレンが治癒魔法を使えるから助かってるよ。俺じゃほとんど効果ないから」

「それを言うならあなたがいなかったら飲み水が用意できないんだからお互い様よ」


 ベルとシンディの二人も魔法は使えるけど、水系統は使えないらしい。


 強化系はそれなりに得意と言っていたからそっちは二人に任せたけど。


「私も手伝えたら良かったんだけど……」

「オイラなんてそもそも魔法使えないからなー」


 アリスとライナーには聖教会に到着してから頑張ってもらう予定だから、そこはあんまり気にしなくてもいいんだけどな。


「ところであなた、治癒魔法も一応は使えるんでしょ? ”ステラの洗礼”を受けて適正があったってことよね?」

「適性はなかったぞ。だから一応レベルでしか使えない。簡単な火傷を治したり、痛みを軽減させるぐらいだよ」

「……適性もないのにそこまで出来るほうがおかしいんだけど。あなたやっぱり変ね」


 ――ステラの洗礼。


 教会でそれを受けると、治癒魔法などが使えるようになる恩恵を得るらしい。


 なんでも聖教会が信仰する神の御使い、始まりの天使ステラの力を授かるとかどうとか。


 ただしそれも適正のある者だけ。


 そもそも魔法を使える人が少ない。


 治癒魔法はその中でさらに適正のある一握りの人だけが使えるってことになる。


 実は俺もアリスも過去に洗礼を受けたことはあったんだけど……結果は二人とも適正なし。


「変って、まあいいけど。その力を与えてる始まりの天使って何者なんだ?」

「一番始めに誕生した天使がステラ様といわれているわね。なんでも生命を象徴する海を統べる力を持っていたとか。炎を統べるフィオナ様よりも強い力を持っているらしいけど、本当のところはわからないわね。フィオナ様みたいに生きていれば直接話を聞けるんだけど、伝承を読む限りだと悪魔との戦いで亡くなったらしいから」

「フィオナなら知ってそうだけどな。聞いてみたことないのか?」

「聖教会にとって天使は神の御使い。フィオナ様だって本来なら気軽に話しかけたりできない神聖な存在なのよ? 会話を許されているのは聖女様と騎士団長ぐらいね。まあたとえ会話ができたとしても興味ないし、面倒だからわざわざ聞いたりしないけど」

「……そんな言い方していいのか?」

「あなたもベルみたいなこと言うのね。あたしだって表ではこんなこと言わないわよ。でもいまはあたしたちだけ。取り繕う必要なんてないでしょう?」

「いいのか、あれ?」

「良くありません」


 セレンを指さしてベルに話を振ったら間髪(かんはつ)いれずに否と返ってきた。


 だけどもうあきらめてるのか、それ以上ベルが言葉を続けることはなかった。


「セレンって天使の加護を持ってるのに信仰心が薄いように感じるけど……」

「天使の加護を持ってるから、よ」

「どういうことだ?」

「こんな力を持って生まれたあたしが周りからどう扱われてきたかわかる?」


 子どもの頃のアリスを思い出す。


 勇者の加護を持っていたからだろうけど、大人顔負けの力を持っていた。


 おそらくいまでも素の運動能力なら俺よりも高い気がする。


 似たような話が天使の加護にあってもおかしくない。


 いままでのセレンを見たかぎりだと運動能力が高まるものじゃないだろうけど。


 あとはやっぱり特別扱いされていたんだろうな。


「……神童(しんどう)とか天才とか言われてもてはやされたんじゃないか?」

「ええそうよ。あたしという人格を無視してね。この加護をありがたいと思ったのはこの前の襲撃を受けたときぐらいかしら。加護を持ってるってだけで期待されて、評価された。あたしが裏でどれだけ努力してるかなんて関係なくね。『セレン様はさすがですね。加護を持っているだけのことはあります』って感じよ。何をしても加護持ちならできて当たり前って顔される。それにあたしに取り入ろうとする人の多いこと……正直うんざりしてたのよ。だからこの加護も天使にもあまり良い印象がないのよね。あたしの信仰心が薄いのはそういった理由があるのよ。アリスならあたしの気持ち、わかるんじゃないかしら?」


 急に話を振られたアリスが一瞬だけ驚きの顔を浮かべた。


 そのあと指先を顎に当てて、少し悩んでるように見える。


「う~ん、想像はできるし、言いたいこともなんとなくわかるよ……全部とは言わないけどね。だけど私の場合はむかしから相談を聞いてくれたり、実の姉のように接してくれて守ってくれる人がいたから、人間関係であまり辛いとか思わなかったかな」

「……いいわね、そういうの」


 アリスのことを羨ましそうに見てるけど、セレンの側にも同じような存在がいるだろうに。


「セレンにはベルとシンディがいるだろ?」

「それも……そうね。ちゃんとあたしのことを見て、知ってくれている人がいたわね」

「ふふ、セレン様。私は加護なんてなくてもセレン様のことが好きですよ」

「ありがとうシンディ」

「こほん……それよりも聖教会のほうはどうなっているでしょうか」


 ベルがあからさまに話題を変えた。


 しかもちょっと恥ずかしそうにしてる。


「あたしが出発する前に団長さんから聞いた感じだと、何も問題がないらしいわ」

「どういうことだ?」

「駄目元で聖教会に向けて魔法通信を繋げたけど、いつも通りだったそうよ。悪魔に侵略された? 何それ? って感じらしいわ。だから騎士団もなおさら混乱してるみたいね。いまごろ向こうはどうなっているのかしら……」




 聖教会にある大聖堂の最上階。


 そこは多くの信奉者が一度に入れるようにと、広々とした空間になっていた。


 夜が深まり暗くなった広間を蝋燭(ろうそく)の灯りが照らしている。


 中央に鎮座するのは神へ祈りを捧げるための祭壇。


 その祭壇の上に、大聖堂の荘厳(そうごん)な雰囲気にそぐわない玉座が置かれていた。


 腰を掛けているのは妖艶な女性。


 前面が扇情的に開け放たれた服装からは、豊かな双丘と引き締まった腰が丸見えになっている。


 長く伸びた真っ赤な髪は、床に映る自身の影を隠す様に広がっていた。


 その女を守るように二人の人間が玉座の脇に控えている。


 一人は名のある剣を腰に携え、鎧の上からでも屈強な体つきがわかる偉丈夫。


 もう一人は神官服に身を包んだ見目麗しい妙齢の女性。


 聖騎士団長のレッグ、そして聖女の二つ名を持つアンジェリカ。


 物言わぬ人形へとなり下がった聖教会のトップたち。


 そんな彼らを眺めて悦に浸っている玉座の主の下に、突然の来客が訪れた。


 空間を跳躍して音もなく現れたのは四対の翼をもつ悪魔。


 天使の翼の様にも、悪魔の翼の様にも見えるそれを使ってグレイルは自らの顔と体を隠していた。


 翼の隙間から玉座を覗く瞳は蝋燭の灯りを受けて怪しく揺れている。


「お久しぶりです、ロザリー様。といってもまだ数日しかたっていませんけど、あれからいかがでしょうか?」

「……グレイルですか。わたくしはいま、一人でいたい気分なのです。また今度にしてください」

「そう邪険にしないで下さいよ。寂しくなるじゃないですか」


 翼と両腕を大きく広げてグレイルは落胆の意志を示した。


 対するロザリーはパチンと指を鳴らす。


 するとロザリーの脇に控えていた騎士が一瞬でグレイルへと間合いを詰め、その眼前に白銀の刃を突き付けた。


「あなたの相手は疲れる……用がないなら帰ってください。帰らぬというなら力尽くで追い返しますけど?」

「おおっと、ちょっと短気過ぎませんかね? まああまり長居する気はないからご安心ください。それと、かつて七人いた私たち上位悪魔も天使との戦いでいまは四人に減ってしまったんです。もう少し仲良くしませんか?」

「馬鹿が一人、天使じゃなくて”歪獣(わいじゅう)”に取り込まれましたけどね」

「あーそんなこともありましたね。すっかり忘れていましたよ」


 おどけて見せるグレイル。


 ロザリーは深くため息を吐き、騎士を自身の側に呼び戻した。


「それで、用件はなんでしょう?」

「ここを手中に収めてからそれなりに日が経ちました。そろそろ魔力も溜まってきたんじゃないかなと思いまして。どうです? そろそろ”歪獣”に勝てるだけの力が溜まったんじゃないですか?」

「”歪獣”どころか”煉獄(れんごく)”にすらまだ届きません」

「またまたご謙遜を」

「謙遜かどうかはあなたの想像に任せますけど、あれらを倒して悪魔たちの頂点に君臨したあの方は……真に化け物だと再認識しました」


 古城に封じられた魔王の姿が二人の脳裏に浮かぶ。


 ロザリーはつまらなそうに、グレイルは楽しそうにしながら。


「ですがもういない……空位の”魔王”にふさわしいのはロザリー様でございますよ」

「まったく心の籠っていない応援どうもありがとう。それとわたくしは別に”魔王”を目指している訳じゃありませんよ」

「おや、そうなのですか? せっかく私がこんなにもロザリー様を応援して協力しているというのに」

「あなたがわたくしに協力しているのは、目障りなあの二人をわたくしに蹴落として欲しいからでしょう。四天王最弱のあなたではあの二人に勝てないから」

「これは手厳しい。ですけど、そんな私がいたからこの前はあの”(ほむら)”を抑え込めたんですよ? そこは評価して頂きたいものです」

「あなたに抑え込まれるとはあの天使も衰えたものですね」

「いやいやいや、そこは私を褒めるべきだと思いますよ。ロザリー様はご覧になっていないかもしれませんけど、これでも私、頑張ったんですよ?」

「あなたが頑張ったのはあなた自身の目的のためでしょう? 協力の対価としてここの宝物庫から選んだあの宝玉に、いったいどんな価値があるのですか?」

「これですか?」


 そう言ってグレイルは虚空から大きな青色の玉を取り出した。


 両手で持ち、愛おしそうに撫でながら。


「むかし失くしたものを取り返そうとしてるだけですよ。実はこれに似たものがあと二つあるんですけど、なかなか手に入らなくて……」

「ただの綺麗な玉にしか見えませんが、まあいいでしょう。わたくしには不要なものです。持って行きなさい」

「ありがとうございます」


 恭しく礼をするグレイルを、ロザリーは冷めた瞳で見下ろしている。


「話はもう終わりですか?」

「そうですねぇ……では最後に一つだけ。そろそろ私はここを離れようと思います。私が連れてきた人間を一人地下に置いておくので、何かありましたら好きに使ってやってください」

「そうですか、それはありがたく使い潰させて頂きますね」

「できれば優しくしてあげて欲しいんですけど……まああの子なら大丈夫でしょう。ではまた会える日を楽しみにしていますよ」

「わたくしはできれば二度と会いたくないのですけれどね」

「そう言わずに、ええ、本当に……また会いたいものです」


 グレイルが転移魔法を使って姿を消すと、広間に静寂が戻った。


 入れ替わるようにしてロザリーの部下である悪魔が現れた。


 祭壇の階下で頭を垂れ、玉座に腰かけている主から声がかかるのを待っている。


「どうしたのです?」

「お食事の時間です」

「あら、もうそんな時間ですか?」


 ロザリーは玉座から離れ、膝を付いている配下の横を通り過ぎ、悪魔に連れてこられた聖騎士の目の前で立ち止まった。


 自身よりも長身な騎士の顔を確認するため、男の胸元に体を預ける様にして寄りかかる。


「あら、いい男ね。いつもなら最後に楽しい夢を見せてあげるのだけど……今日はもうそんな気分じゃないのよ、ごめんなさいね」


 ロザリーは男の頬を優しく撫でた。


 それだけで精悍な顔立ちをしていた騎士が見る見るうちにやせ細っていった。


「ごちそうさま。それと……さようなら」


 騎士の足元に夜よりもさらに暗い闇が現れた。


 それは異界への入り口。


 生気を吸収された騎士は一瞬にして闇に飲み込まれる様にして落ちて消えた。


 闇が消滅する間際、その中から荒い息遣いと何かを咀嚼する音が広間にわずかに漏れて響いた。

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