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60 王都への帰還、団長への報告

 王都アルカーノ、その正門を抜けた少し先。


 俺とアリスは大通りの端っこで二人寄り添うようにして立ち並んでいた。


 昼頃という人々が活発になる時間帯もあってか、周りは喧噪(けんそう)に包まれている。


 西の部隊と一緒に王都を出発したのが五日前。そして王都へ帰るため南の密林近くにある村を出たのが二日前。


 行きは仕方ないにしても、帰りはもう少しペースを落として良かったんじゃないかと思った。まあ早急に帰還するようにって命令出てたみたいだから仕方ない。


 王都を発ってからまだ五日しか経過していないのに、ずいぶんと長いこと王都を離れていた気分だ。


 そう感じる一つには隣に立っている少女が関係しているんだろう。


 そよ風を受けてふわりと踊る黒い髪。横から見ても整っている顔立ち。触れると柔らかい瑞々しい唇。そして騎士服の下には健康的に引き締まった美しい体が隠されていることを俺だけが知っている。


 村を出る前夜、俺とアリスは――


「どうしたの?」

「なんでもない」


 俺の視線に気づいたのかアリスが不思議そうにしている。


 アリスを見ていたら無意識にそんなことを考えていたなんて言えない。


 いまは騎士たちに指示を出すため離れているナナリーさんが戻ってくるのを待っているところだというのに。


「ナナリーさんもうそろそろかな」

「そうだね。片付けや手続きの指示出しだけするって言ってたからもうすぐじゃないかな?」


 ナナリーさんが戻ってくるまでの少しの間、俺たちは雑談に花を咲かせた。


 ある程度すると正門の脇にある警備兵たちの詰め所から一人の女性が出てくるのが見えた。


「あ、ナナリー戻ってきたよ」


 アリスも俺と同じタイミングで気づいたみたいだ。


「お待たせしましたアリス様、それにシヴァ君。あとの細かい手続きは他の騎士()たちに任せて、団長のところへ報告しに行きましょう。それとも……もう少しゆっくりしてきたほうが良かったかしら?」


 肩にかかる位置で短く切り揃えられた、暗めの茶色い髪を耳に掻き上げながらナナリーさんがからかってくる。


 わかっていたことだけど、アリスが俺の部屋に泊まったことをナナリーさんは気づいていた。あの日の朝、アリスがナナリーさんのところに戻ったら色々と聞かれたということを、ついさっきアリスに教えてもらったばかりだ。


 いや、いまの俺たちを見れば知らない人でもわかるか。


 ナナリーさんの視線は俺とアリスの間、腰の位置あたりを向いている。


「もうナナリー! それはその、あれだけど……」


 慌てて離された手が少しだけ寂しい。


 まあなんだ、あれから王都に着くまでは二人になれる時間が無かったからその反動というか。


「冗談ですよ。行きましょうか」


 ナナリーさんに先導されて騎士団の詰め所へと向かった。




 賑やかな街道を道なりに歩いて、王城近くにある騎士団の詰め所に到着した。


 入り口にあるロビーの椅子に二人の少女が腰かけ、白と黒の背中が壁となって二人を隠している。


 背の高い銀髪の老執事がいち早く俺の気配に気づいて振り向いた。


「シヴァ様お戻りになられたのですね」

「サーベラスたちのほうが早かったのか」


 それに続いて白い道着と袴を着た金色のツンツン頭が振り返る。


「アニキ! それにアリスさんとナナリーさん。無事だったんですね!」


 ライナーが元気よくシヴァに声をかけると、座っていた二人も腰を上げてライナーとサーベラスに並んで顔を見せた。


 場にそぐわない黒いドレスを纏ったまだ幼さを残す顔立ちのシャルロット。


 そして動きやすさを優先した地味な服装にもかかわらず色気がにじみ出るオリヴィア。


 二人が栗色のツインテールとポニーテールをそれぞれ揺らして一歩前に進み出た。


「急に一人で飛んで行っちゃって心配したんですよ!」

「サーベラスさんから無事だとは聞いてましたけど、あのあと戻って来ませんでしたし……」

「悪い。シャルもオリヴィアも無事で良かったよ」


 サーベラスから無事だとは聞いていたけど、実際にみんなを見てほっとした。


 それでもオリヴィアが装備している金属でできた胸当てには大きな傷跡が残っているし、服の各部位にも破れているところが見られる。シャルはそこまでじゃないけど、サーベラスとライナーの服は大分破けている箇所があるな。


「何があったかは……ギルバード団長へ報告をしてからでいいか?」

「まあそれでもいいですけど……」

「はい。大丈夫です」

「それじゃあ少しだけ待っててくれ」


 そう言い残して四人に背を向け、俺たちは奥へと進んだ。




 ギルバード団長の部屋に入ると不機嫌な顔で出迎えられた。


 机の上には書類が乱雑に置かれ、ギルバード団長は机に肘を置いてそれを睨むようにして確認しているところだった。


「戻ったのか」

「はい。南の密林に向かっていた部隊の全員が無事に帰還致しました」

「そうか。先に戻ってきた西の部隊から報告を受けて理解しているつもりだが、南と西との違いが知りたい。そっちがどうなっていたかの詳細を報告してくれ」


 ギルバード団長に促されてナナリーさんが主体となって報告を行った。


 ところどころで俺とアリスが補足して説明する。


 一通りの報告を終えると、ギルバード団長が椅子に深く腰掛け、短い髪を乱雑にかいてため息をついた。


「今回はずいぶんとシルヴァリオたちに助けられたみたいだな。騎士団だけだったら全滅していたかもしれん。いや、全滅していただろうな。礼を言わせてくれ」

「その気持ちだけで十分ですよ。それに……俺たちがいても助けられなかった人もいる」


 西の部隊を(ひき)いるジャックの裏切り。


 それによって三人の騎士が命を落とした。


 既に西の部隊について報告を受けているギルバード団長は俺の言いたいことを察して表情を硬くする。


「それに関してはお前たちが気にする必要はない。騎士という立場上、戦場で命を落とす可能性があるのはみんな承知の上だ。その相手が魔物や悪魔じゃなくて――身内の裏切りというのは残念だがな」

「だけど……」

「これはいままでジャックの素性に気づけなかった騎士団、つまり騎士団長である俺の責任だ。お前のせいじゃない。遺族の人たちには俺が話を通す。お前はこれ以上気にするな」


 そうは言っても気にしてしまうんだから仕方ない。


 助けられたかもしれない命。


 もしも俺が魔王時代の力を使えていたらジャックの攻撃を止められたんじゃないか?


 そんなありもしない事を考える。


「それはそうとアリス。お前覚醒(かくせい)したのか?」

「覚醒ですか?」


 重くなりかけた空気を変えるため、ギルバード団長がアリスに軽い調子で尋ねると、アリスはなんのことか分からずに聞き返した。


 俺もピンときていない。その様子を見てギルバード団長は仕方なさそうに口を開く。


「まず確認したいんだがナナリーが見た勇者の紋章。そしてシルヴァリオでも倒せなかったっていう上級悪魔を倒したときの力。これは別物か?」

「はい」

「勇者の紋章についてはよく分からないが上級悪魔を倒したときはどんな感じだったんだ?」

「どんなって……うまく言えないですけど、体の内側に力が満ちていままでよりも多くの力を使えるようになったというか……」

「感覚としては普段使っていなかった、眠っていた力が使えるようになった感じか?」

「あ、そんな感じです」


 ここにきて俺にもギルバード団長が言っている覚醒が何か理解できた。


 覚醒――眠っている魂の力の目覚め。


 悪魔の契約をしたとき俺がアリスに対して行ったこと。


 悪魔たちのあいだでは進化って呼んでたから覚醒って言われても気づかなかった。


 下級悪魔は見た目ほとんど変わらないけど、進化を果たした上級悪魔はそれぞれ見た目が違うからな、個性が出るっていうか。覚醒よりは進化のほうがあってる。


 でも人間の場合は見た目変わらないから進化より覚醒のほうがあってるのかもな。


「限界まで鍛え上げた肉体と精神、そして魂が極限状態に置かれることで初めて覚醒する。アリスは勇者としてフィオナに鍛えられていたからな。そして今回の相手、色々な上級悪魔が混ざったような奴との戦闘がきっかけで目覚めたんだろう」

「ナナリーは覚醒について知ってたの?」

「はい。私は団長からそのようなことがあると昔聞いたことがありますので」

「団長は覚醒しているんですか?」

「俺はしてるぞ。ついでに言えば王都で覚醒してるのは俺だけだ。ま、だから騎士団長として誘われたんだがな」


 一応部外者の俺がいるのにそこまで言っていいのか?


「それと気になったんだがシルヴァリオ。お前は覚醒してるのか?」


 これにはなんて答えるべきだろう。


 魔王時代なら間違いなく覚醒していた。


 でもいまはどうなんだ?


 魔人化状態なら短い間ではあるけど魂の力をすべて使える。


 でもただの人でいるときには使えている気がしない。


 悪魔から人間に転生したことで魂の器、つまり肉体との齟齬(そご)があって魔人化しないとだめなんだと思い込んでいたけど、もしかして人間として覚醒すれば魔人化する必要ない?


 悪魔が人間に転生するなんて話、俺以外じゃ聞いたこと無いし正直わかんないな。


 それに悪魔は見た目で分かるけど、人間ってどうやって覚醒してるか判断するんだ?


 ああいや、悪魔も人間も魔力反応の大きさでわかるな。意図的に隠して無ければだけど。


「ギルバード団長なら聞かなくてもわかるんじゃないですか?」

「最初に出会ったときは覚醒してるかどうかわからないぐらい魔力反応が大きかった。でもいまは……うちの下級騎士よりも反応が小さいな。隠してるのか?」

「隠してるわけじゃないですよ。アリスが覚醒して倒した相手との戦闘で魔力を失ったんです」


 アリスが驚いたように俺を見た。


 魔力をほとんど失ったこと言ってなかったからな。


「戦闘から一日以上経過してるのに回復しないのか? そんな話は聞いたことないぞ。なにか呪いでも食らったんじゃないか」

「呪いではないと思いますけど、自分でもよくわからないんでもう少し様子を見ようと思ってます」

「そうか」


 そういえばサーベラスと契約して力を分け与えたときってどうだったかな?


 少しぐらい減っても気にならないほどの魔力があった?


 それとも覚醒まではさせていなかったから影響が無かった?


 ……だめだ思い出せない。


 まあ一日経つごとに少しづつ回復してるみたいだし、時間が解決してくれるだろう。


 どれぐらいかかるか、一か月ぐらい?


 悩んでも仕方ない。


 それよりも――


「一つ気になることがあるんですけど、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「王都の周りに戦闘の形跡が残ってた。何かあったんですか?」

「それ私もあとで聞こうと思ってた。ナナリーも気にしてたよね?」


 ナナリーさんが頷く。


 あと少しで王都に到着するというところで見つけた戦闘の形跡。


 魔物の死体などは片づけられていたけど、地面のくぼみや亀裂(きれつ)、それに血痕などが残っていた。


 それらは広範囲に広がっていた。まるで王都を囲むように。


 しかしギルバード団長は大した話じゃないとばかりにさらりと流すように答える。


「ああそれか。西と南の部隊が戦っている丁度同じぐらいのときに、王都へ魔物の群れが襲い掛かってきたってだけだ」

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