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45 夜の語らい

 アリスと二人で店の前までやって来ると、昼に来たときには閉ざされていた二階への階段が解放されていた。


 喫茶店の横にある急な階段を一段ずつゆっくり上り、繋いでいた手を離してバーの扉を引いて開ける。


 店内に入った俺とアリスを視界に収めた店主は、声こそ出さなかったが驚きの表情を浮かべている。他にもアリスに気付いた客たちがひそひそと話しているのが聞こえてきた。


 それらを無視してカウンターの前まで進み、何を注文するかアリスに確認する。


「アリスは何頼む? あ、そう言えば連れて来る前に聞いてなかったけど、アリスってお酒飲める?」

「少しなら。でも何頼もうかな」

「この季節なら温かい果実酒がおすすめだよ。アルコール度数も低めだし、女性に人気の品だ。もしお酒が駄目ならアルコール無しのも用意できるよ」


 昼間見たときの渋い顔に戻った店主がアリスに声をかける。


 何を頼むか悩んでいたアリスはそれを聞いて一つ頷き、


「うん、それなら飲めるかも」

「じゃあ俺も同じの頼むよ」


 店主に二人分の温かい果実酒を注文をしてテラス席にアリスを連れて行く。


 するとアリスは席に着かず、腰の高さまでしかない手すりの前まで進んで目の前に拡がる夜景を見てため息をついた。


「きれい……」


 上を見上げれば黒に近い藍色(あいいろ)の空に輝く星々が、地上に目を向ければ篝火の温かみを感じさせるオレンジ色の光たち。


 中央広場の方向には丁度背の低い家や店しかないため祭りの様子も窺え、夜の静けさを壊さない穏やかな曲が流れてくる。


 これは団長が予約しておけと言っていたのも納得だ。


 夜景に釘付けになっているアリスの横に並んで同じように眼下を見下ろす。


「アリスが歌っていたあの曲。あれってアリスが選んだの?」

「そうだよ。シヴァも聞いてたんだよね。どうだったかな?」

「良かったよ。歌の中に登場する女の子の気持ちがすごく伝わってきた。アリス歌上手いんだな」


 照れた様に笑うアリス。


「そう言えば最後、もしかして泣いてた?」

「そこまで見えてたの? 恥ずかしいなぁ。いつもはあんな風にならないんだけど、さっきは自然と溢れてきちゃったんだよね」


 アリスは手すりを掴んで腕を伸ばし、空を仰ぎ見た。


「後半の歌詞ってあの歌を作った吟遊詩人の想像って逸話があるけど、こうなると良いなっていう期待や希望より……なんでかな、逆の気持ちのほうが強くなっちゃって……」

「そうだったんだ」

「うん。自分でもちょっと不思議なんだけどね」


 そう言ってアリスは俺に曖昧(あいまい)な笑顔を見せると手すりから離れて夜景に背を向けた。


「そろそろ飲み物も来るだろうし、座って待ってようよ」

「ああ、でもちょっと待って」


 二人掛けの席に向かうアリスに俺は待ったをかけた。


 止められたアリスは肩越しに俺を見て不思議そうにしている。


「流石にその格好のままじゃ寒いだろ」


 今のアリスは舞台で歌ったときの衣装のままで、肩や胸元、引き締まった太ももが惜しげもなく晒されている。


 本音で言えばその姿をずっと見ていたい。が、店内ならまだしも冬の夜にテラス席へと連れて来たのは俺だ。


 これが旅の最中なら魔法で炎を作って暖を取るところだが、ここでそんな事できる訳も無く。


 さっと着ているコートを脱いで、アリスに羽織らせた。


 足元はどうしようも無いけど、これで多少はマシになるだろ。


「いいの? シヴァは寒くない?」

「まぁ鍛えてるからな」


 コートの下に着ていたシャツの長袖を(まく)り上げ、鍛えられた腕をアリスに見せつける。


 正直鍛えていようが寒いものは寒い。それにアリスだって俺に負けないぐらい鍛えているだろう。


 それでもアリスは野暮な突っ込みはしないでいてくれた。


「ふふっ。ありがと」


 俺の方に向き直り、コートを着て袖の端をぎゅっと握って笑いかけてくれた。


 遠慮されたらどうしようかと思ったけど良かった。


 内心安堵していると、アリスが俺の腕をじっと見ているような気がする。


「どうかした?」

「えっ、ううん、なんでもないよ」


 慌てたように両手を振って誤魔化しているけど……まぁいいか。


 先にアリスが二人掛けの左側に座ったので俺は右側に腰掛ける。


 俺たちが席に着くと、タイミング良く店主がテラスに出てきて二人分の飲み物を置いてさっとカウンター内に戻って行った。


 透明なグラスに入った橙色(だいだいいろ)の果実酒は、テーブルの上に置かれたランプに照らされ赤みを増して見える。


 俺たちは温められたグラスをそれぞれ手に持ち、キンッと音を立てるようにグラスを交わした。


 グラスを口元に持ってくるとふんわりと香る甘い匂い。ゆっくりと飲むと甘酸っぱさが口の中に広がった。喉の奥から胃に落ちて、体の中から温かくなる。


「あっ、これ美味しい」

「あんまりお酒って感じしないな」

「そうだね。成人してからたまに飲む機会があったけど、こういうの初めて」


 俺は半分ぐらい一気に飲んで横目にアリスを見た。


 アリスはグラスを両手で持ち、ちびちびと口を付けて果実酒を堪能しているみたいだ。


「アリスは普段飲まないのか?」

「うん。あんまり強くないから人前で飲まないようにしてて。シヴァは?」

「強くないなら無理して飲まなくていいからな」

「これぐらいなら大丈夫だよ」

「ならいいけど。俺はそこそこ強いほうかな。十八になって成人した日から師匠と時々飲んでるよ」

「あれ、師匠ってお酒飲むんだ。私が居た頃は飲んでなかったよね?」

「子供が生まれたときに貰った祝いの品にお酒があって、それから少しずつ飲むようになったんだよ」

「え、師匠とアクアさんの間に子供が出来たの?」


 アリスはグラスを口元から離し、目を大きく見開き驚きの声を上げてこっちに顔を向けてくる。


「ああ、男の子と女の子が一人ずつ。男の子のほうが今七歳で、女の子が四歳になったよ。しかも今アクア姉、妊娠してるから秋ぐらいにもう一人生まれる」

「二人も居てもう一人生まれそうなんだ。やっぱり師匠とアクアさんに似てる?」

「めっちゃくちゃ似てるぞ。カイトは二人を足して割った感じだけど、マリンは完全にアクア姉そっくりだな」

「カイトとマリンって言うんだ。カイトが男の子でマリンが女の子?」

「そうそう」

「へぇ、見てみたいな」

「今度カムノゴルに来てみなよ。マリンを相手にしたときの師匠の顔とかゆるゆるで面白いぞ」

「あはは、それ見てみたい」


 師匠とアクア姉の子供たちの話から始まり、俺たちは互いの過去の話を重ねた。


 俺はカムノゴルの町でどんな事をしていたのかを話した。


 シャルとオリヴィア、他にも警備兵たちや魔法を習いたい人たちを鍛えていたらいつの間にかみんなからシヴァ先生と呼ばれるようになっていたとか。


 一年ぐらい前、ライナーと純粋な剣技だけの戦いをして負けたときはちょっと悔しい気持ちになったとか。


 レインと一緒にカイトとマリンの相手をしていたらあっと言う間に日が暮れていたとか。


 アリスが王都でどんな事をしていたのかを聞いた。


 騎士団の一員として討伐依頼をこなすうちに他の団員から頼りにされるようになったり、でも一緒に訓練をしたときに本気で相手をしたら怖がられて悲しい思いをしたとか。


 王都に住み着いている天使に勇者としての戦い方や、勇者としての()り方を教わっていたとか。


 休みの日にナナリーさんやユリといった女性騎士たちと甘いものを食べに出掛けるのが最近の楽しみだとか。


 お酒が入っていつもより気分が高揚しているのか、頬を赤らめたアリスが楽しそうに話して、それに相槌を打ちながら聞く。


 二人が離れていた時間を取り戻すように、他愛もない話をいつまでも。

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