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100 二人の天使

「ティナ様、ノア君と呼ぶのは止めて下さいと何度も言ってるではありませんか」


 抗議を上げてから立ち上がり、天使二人にゆっくりと近づいて行くギルド長。


 対するティナは悪気が一切感じられない顔で軽く流した。頭の後ろでまとめている赤みを帯びた金色の長い髪が、首を傾げる動きに合わせてゆらゆらと動く。


「うーん、ごめんね。でもやっぱりハイハイしてるときから知ってるから、私の中のノア君ってどうしてもこんななんだよね」


 そう言って親指と人差し指を近づけて小さな隙間を作る。いやそれ子どもどころか赤ん坊ですらなくね? というツッコミは誰もが思った事だろう。


「ギルド長、ティナのことは放って置いていいわ。先に彼女たちに私たちの事を紹介してもらえるかしら」


 エルザと呼ばれていた天使はそう言って耳にかかった髪をかきあげた。肩の位置で切り揃えている青みがかった白金の髪は銀色にも灰色にも見える。


 二人の手前で足を止めたギルド長は天使二人に席を勧めた。ギルド長が座っていたところにエルザが座り、その隣にティナが腰かけた。


「こちらの青い鎧を身に着けているのがエルザ様。上級、いや先ほどの話にあわせるなら古参天使でフィオナ様、カイン様に次ぐ序列三位。北の帝国やその近くの魔族領の監視をされている。そしてこちらの赤い鎧を身に着けているのがティナ様。同じく古参天使で序列はエルザ様に次ぐ四位。ちなみにこの中立都市で天使隊をまとめているのがティナ様だ」


 エルザは何を考えてるのか分からない無表情、ティナはニコニコと笑顔を浮かべている。


 鎧の色と同じ二色の瞳がアリスをジッと見つめている。俺たちは眼中にないみたいだ。やっぱり天使にとっても勇者は特別なんだろうか? まあ天使からしたらただの冒険者なんか興味ないってことなんだろうけど。


 ただそれよりも気になるのはしれっと出てきたカインという新しい天使の名前。呼び順的にはエルザよりも上っぽい。見た感じエルザもティナも鍛冶をするようには見えないし、もしかしてカインって奴が勇者の剣を作ったんだろうか。


 そんな風に考えを巡らせている間にも、ギルド長による俺たちの紹介が進んでいく。ギルドではトップの立場だろうに天使が来るとその限りじゃないのか。なかなか大変だなと他人事のように思う。


「彼女たちには古参悪魔についての話を終えたところです。せっかくですので天使についてはエルザ様たちからお話して頂けますか?」

「わかりました。それではティナ」

「はいはい。でも何から話せばいいかな? うーん、じゃあとりあえず天使の勢力について話そうかな」


 そこからはティナによる天使勢力の説明が始まった。


 意外と話が長くなるタイプで要点が掴みづらかったけど、まとめるとこんな感じだ。


 古参悪魔に匹敵する力をもった上級天使、もとい古参天使は四人。第一位のフィオナ、第二位のカイン、第三位のエルザ、第四位のティナ。


 フィオナは”(ほむら)”の名を冠する火の天使。さらに第一位として他の天使たちをまとめる役も担っている。色々なところに顔を出していて悪魔たちの動きを牽制している。最近はアリスの側にいることが多かったからアルカーノ王国を中心に活動していた。


 カインは”(はがね)”の名を冠する土の天使。デルキ大陸の西側にいて、鬼人や竜といった他種族と協力関係を築いているらしい。


 エルザは水の天使で二つ名は”凜然(りんぜん)”。デルキ大陸の北側で百名ほどの天使部隊を率いて悪魔たちを抑えているそうだ。一番危険なところで、もっとも多くの戦闘を経験しているらしい。


 最後にティナはフィオナと同じ火の天使で二つ名は”烈火(れっか)”。中立都市を中心にして、周囲の国々を守っているとかで、今中立都市にいる下級天使は五十名ほど。よそに出ている天使も合わせるともう少し多くなるらしい。


 数の上では古参悪魔よりも古参天使の方が多いことになるけど、ここ数百年の間は天使があまり増えていないのに、悪魔だけがどんどん増えている。そのため天使たちは戦闘による被害を極力減らすため、あまり積極的に悪魔を討伐することができないそうだ。端的にいって天使の数が足りていないと。


「ざっとこんなところかな。エルザ様、何か補足することあります?」

「……内容は十分でしょう。ただしあなたはもう少し簡潔に話せるようになってください」

「えー、ちゃんとまとまってたよね?」


 同意を求められても困る。こっちは愛想笑いを浮かべるのが精いっぱいだ。下手に違うと言ったらどうなることか。


「ほらみんな何も言わないってことは問題なかったってことですよ」


 何も言わないなら問題ないって考え方に、まず問題があると思うんだが……


 エルザもこめかみを指で抑えてる。


「ところでエルザ様は普段は北の方にいらっしゃるのですよね? 本日こちらにいらしたのは、何かご用があったからでしょうか?」


 セレンが微妙な空気を払拭するように、話の矛先をエルザに変えた。だというのに拾ったのはティナだ。


「私が昨日ノア君に話を聞いて、それをエルザ様に教えたのよ。今日はギルドへの定期報告の日でこっちに来る予定があったから丁度良かったしね。まあちょっと遅れちゃったけど」

「遅れたことには関しては申し訳ありません。魔族領の方で動きがありましたのでそれの対応に時間がかかっていました。”歪獣”の配下が急に攻勢を仕掛けてきて、それを抑えていたのです。もしかしたら近々大きな動きがあるかもしれません」


 どうにも不穏な話だな。ギルド長たちも難しい顔をしてどうするべきか悩んでる様に見える。


「ティナ様。私からも質問いいでしょうか?」

「いいよ。ただしその前に一つだけ言わせてね。アリスちゃんは私たちの事呼び捨てにしていいんだよ。フィオナ様も呼び捨てにしてるんでしょ? それなのに私たちだけ様付けて呼ばせるわけにはいかないからね」

「そう……ですか? えーっと、それではティナは千年前に封じられた魔王について何かご存じですか?」

「まだかたい感じするけど、まあいいか。私は五百年前に生まれた天使だから当時の事は知らないんだ。エルザ様はたしかフィオナ様たちと一緒に魔王と戦ったんですよね?」

「そうですね。しかしアリスはフィオナ様と長い事一緒にいたのでしょう? それでもフィオナ様が話していないと言うのであれば、私から話すことはできません」


 天使の後ろで話を聞いているギルド長と副長の二人が揃って目を細めた。


 これはギルドも天使から話を聞けてない感じかな。秘密主義というかなんというか。


「ですが何も教えないと言うのもなんですので少しだけ。千年前の戦いで我々は一度魔王に敗北しています。しかしその後、勇者の活躍によりどうにか魔王を封じることに成功したのです。あなたにも宿っている力を使って」


 そう言われたアリスは自分の胸元に手を当てていた。


「私の、勇者の加護の力というのは……」

「千年前に封じた魔王が蘇った時に、再び封印するための力です。そういう意味では”深淵”の魔王を討伐できたのは運がよかったといえるでしょう。下手をすると千年前の魔王に匹敵する存在になりえたのですから。いかに勇者といえども二人の魔王を相手することはできませんからね」

「まあでもその魔王が死んだというのに、なかなか悪魔の殲滅が進まなくて困っているんだよねー。むしろ被害としては”深淵”の魔王がいた時の方が少なかったというのは冗談みたいな本当の話だし」


 エルザもティナも魔王としての俺は死んだこととして話をしている。ギルド長と副長も今の話を訂正する様子はない。ということは意図的に隠してないなら、俺が封印されたことはギルドも知らないってことになるな。天使とギルドの間には意外と距離がありそうだ。


 それにエルザはフィオナが話してないなら私から話せないとも言っていた。そうなると教えてくれるかは別として、やっぱりフィオナに会って直接聞かないことには何も分からないということか。


「フィオナ様の居場所について聞いてみたらどうかな」


 後ろから小さい声でアリスに指示を出すと、天使二人が俺のことをチラッと見た。俺はただの護衛だから気にしないでほしい。まあただの護衛は指示なんて出さないだろうけど。


「そうだね。エルザとティナは精霊の里がどこにあるか知っていますか? 私たちはフィオナに会うために精霊の里に向かおうとしているのですが、実はどこにあるのか見当もついていない状態で、もし知っていたら教えてくれると助かります」

「あー……あそこは人だとなかなか行けないからなぁ。それなら私が連れて行ってあげるよ。ここにいる五人でいいのかな?」

「ええ、よろしくお願いします」

「はいはーい。どうせなら今すぐ行っちゃう? それとももう少し後のほうがいい?」


 ティナの確認を受けてアリスが俺たちの方を向いた。


「今すぐでも問題ないよね?」

「ええ」


 セレンが答え、俺たちも頷く。これでようやく一歩前進だな。


「それでは後はティナに任せて私は戻ります。定期報告はいつもの形式で提出していますので、そちらを確認して下さい」

「ありがとうございます」


 ギルド長が礼を言うと、エルザはすぐに転移魔法を使って帰って行った。


「さて、聖教会への支援については君たちが精霊の里から戻って来てから聞くことにしよう」

「はい。……そういえば私たち、まだ三つ目の用事というものを聞いていません。たしかギルド長は私たちに来てもらった理由は三つあると仰っていませんでしたか?」


 ギルド長の言葉を覚えていたセレンが尋ねた。そういえば最初にそんな事言ってたな。


「ん? ああ、最後の話はギルドの目標である古参悪魔の討伐計画に、君たちも参加して欲しいという依頼だよ」

「元々中立都市と精霊の里、それに聖教会で協力しようと計画していた件ですね」

「そうだ。他の国にも打診をしている最中だから、今すぐに返事をしてくれとせかすつもりはない。ゆっくりと考えて欲しい」

「わかりました」


 話の区切りがついたところでアリスとセレンが立ち上がった。


「ティナ、精霊の里までよろしくお願いします」

「それじゃあみんな扉の前に集まって」


 言われた通り扉の前に移動してティナを中心に円陣を組んだ。ギルド長と副長は少し距離をとって俺たちを見守っている。


「準備はいい? いっくよー」


 ティナの掛け声とともに転移魔法が発動した。




 深い森の中を太陽の光が明るく照らしている。転移先に指定するには丁度いい開けた場所。だけど周りを見渡しても普通の森とさして変わらないように見える。こんなところが本当に精霊の里と呼ばれているのかと、少し首を傾げたくなった。


「あはは、ちょっとイメージと違ったかな。でもここはまだ玄関前って感じのところだから。もう少し先に行ったらきっと驚くよ」


 そう言ってティナが俺たちを先導する形で前に進もうと足を踏み出した。その瞬間、足下に空間の揺らぎが現れた。


「みんな魔法の外に――」


 全てを言い終える間もなく、一瞬にして視界が切り替わる。森の中というのは同じだけど、周りの景色が変化してる。それにアリスたちの姿が見当たらない。


「俺一人だけ? みんなはどこに……」


 誰の返事も期待していない独り言。それに答える声があった。


「他のやつらは邪魔だったんでバラけてもらった。悪いがお前には俺たちの相手をしてもらうぞ」


 獣のうなり声のように低く、腹に響く声が上空から聞こえてきた。


 警戒を強めて上を向く。そこには昼間ギルドで姿絵を見たばかりの悪魔がいた。


 姿を見た瞬間に抜剣して距離を取る。こいつ相手に油断はできない。


 獣人の様な顔に竜の体と翼、甲冑を穿いた下半身。今もっともギルドが危険視している古参悪魔。そいつが地上に勢いよく降り立つ。それだけで煙が舞い上がり、足元はひび割れ、地面が陥没する。人と同じ体格なのにまるで巨獣が落ちてきたかのような衝撃が走った。


「どうしてお前がここに」

「ふっ……やはり俺を知ってるか。ちなみに俺だけじゃ無いぞ」


 グリードの隣の空間が歪み、もう一体厄介な敵が現れる。


 灰色の長髪と、天使と悪魔の翼が混ざったかの様な四対八枚の翼が特徴的な”道化師”と呼ばれている古参悪魔。


「グレイル……」


 苦々しく名前を呼ぶと、グレイルはとても嬉しそうに口元を大きく歪めた。

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