#97
翌朝。浩一は目を覚ました浩一が外に出てみると。彼を出迎えたのは。既に起きていた風花。そして、
「あー……まあ、こればっかりは仕方ないな」
サアサアと、小雨ではあるものの、間違いなく降っている雨。
どうやら、夜中の間に雨雲が近づいていたようだった。
幸いというべくか、降り始めてからあまり経っていないようで、雨の勢いもまだそれほどに強まってはおらず。昨晩の火は燻ってくれていたために、タープの下に避難させることにより、ひとまず火は確保ができそうではあった。
とはいえ、川の増水などの危険もあるし。キャンプの位置なんかも、少し移動させたほうがいいかもしれない。
いろいろと考えるべきこと自体はありはするものの。
だが、それ以上に浩一にとって気掛かりだったのは――、
「ごめん、なさい。天気を調べて、なかった……」
ひどく、青い顔をした風花であった。
「いや、ヴィンヘルム王国に天気予報なんてものがないんだから、仕方ねえよ」
わざわざそのためだけに先んじて現地入りして調べておくわけにも行かないし。それをしたところでせいぜい翌日くらいの天気の予測が最低限立てられるレベル。
調べる、という方が土台無理な話ではある、のだけれども。
「……それは、そう、ね」
浩一のそのフォローに、納得をしたような素振りこそ見せるものの。しかし、血色は変わらない。
これは、随分と気にしているようだ。
どうしたものか、と。浩一が考えていると。
「ふわぁ……おはよう、おにーさん、おねーさん。ふたりとも早いね」
間の伸びそうなあくびとともに、マーシャがテントから出てくる。
浩一はすぐに挨拶を返す一方で、風花からのそれが一瞬遅れていたことに、マーシャは首を傾げる。
「そういえばおねーさん、朝ごはんってどうしたらいい?」
「……えっ? ああ、ごめんなさい。もう一度言ってもらってもいい?」
「うん、朝ごはんはどうすればいいのかなって」
風花はそれを聞くと「朝ごはんね、今から準備するから待ってて」と言うと、やや慌て気味に動き出した。
途中、急ぎすぎて一度つんのめっていた。
「……ねえ、おにーさん。おねーさん、なにかあった?」
「あー……まあ、そうだな」
他の誰もが気にしていなくても、風花の性格上、気にしてしまうのだろう。
特に、今回のことについては自身が計画したことであるから、という責任感も悪さをしているきらいがある。
「なあ、マーシャ。頼みたいことがあるんだが」
「なあに? 私にできることなら協力するよ?」
……随分と、空回りをしている気がする。
風花は、朝からの自分を振り返りながらに、そんなことを考えていた。
石に爪先を引っ掛けて転びかけるし、パンはちょっと焦がしちゃうし、スープに入れる塩と砂糖を間違えるし。
幸い、どれも大惨事、というほどにはなっていない。最後のスープも、不味くこそはならなかったし。
けれども、どうにも物事に対しての集中が途切れているような気がしてしまう。
結果、心配をされてしまい。浩一たちから休んでいろと、そう言われて。
テントの移動をしてくれている浩一たちを、遠巻きから眺めていることしかできていない。
……まあ、今朝からのことを考えると、そうあてがわれるのも仕方がないだろうが。
「予定外のことが起こって、焦ってるのか」
事実、そのきらいはありはするだろう。
だが、浩一の言うとおり。現代日本とは違い、天気予報などもないヴィンヘルム王国では雨の予測ができなかったことについては致し方のないことでもある。
で、あるならば。
「昨日のことを引きずってしまっているのか」
切り替えたつもりではいたのだけれども。
予定がうまく行っていない、という事実を突きつけられて。改めて、自身の行為の意義を問われたかのような気がしてしまっているのだろう。
切り替えろ、変な感情を楽しい場に持ち込むな、と。そう、自分に言い聞かせるものの。
しかし、そう簡単に割り切れない。
ギリ、と。歯を噛み締めて。
「フーカ様」
背後から、呼ばれていることに気がついて。ハッとして振り返る。
そこには、アイリスとフィーリアが立っていて。
「少し、お話をしませんか?」
アイリスとフィーリアに連れられて、少し、森の中を散歩する。
雨は未だに降り続けてはいるが、森の中だらかということもあって、あまり濡れはしない。
「……その、ごめんさい。ふたりともに、気を遣わせてしまって」
大方は浩一の差し金なのだろうとは思うが。とはいえ、わざわざ手間をかけさせてしまっているのも事実ではある。
しかし、風花のその言葉に。アイリスは不思議そうな様子で首を傾げて。
「なにを、謝る必要がありますの?」
「……えっ?」
「気を遣うもなにも、私はただ、フーカ様を雨の中の森のお散歩にお誘いしただけですよ?」
さも当然とばかりに、あっけらかんと言い放つアイリスに。風花は思わず唖然としてしまう。
ついでに、アイリスの隣にいたフィーリアも、少しばかり目を見開く。
事実、アイリスのこれは風花に気を遣ったものではある。
朔日に浩一から言われていたこともあるし。加えて、今朝方に、彼から風花のことを少し頼むと言われていた。
だからこそ、フィーリアはアイリスとともに彼女のもとに来ているのだが。
しかし、アイリスの立ち回りは。そんなことなど、微塵も感じさせない。
まあ、実際の事情で語るならば。
「だって、普段できないことですから。とっても楽しくありませんか?」
浩一からの頼みであるとか、そういうことは微塵も関係なく。アイリス自身が心の底から楽しんでいるから、ではあるのだけれども。
しかし、他の誰が接したとしても浩一からの頼みごとであるということが先行するであろうこの状況下で、それ以上の訴求力を生み出せるのは、まさしくアイリスという人物が持つ信頼という力のなせるものであろう。
「フーカさん。少し、いいでしょうか」
雨の中とは思えないほどに軽やかな足取りでアイリスが先行していく中で、風花の隣についたフィーリアがそう声をかけてくる。
「私も、どちらかというと。フーカさんと同じように考えるタチの人間ですので。その気持ちについては、痛いほどに理解いたします」
フィーリア自身、アルバーマの金属産業が伸び悩んでいた時期に。貴族の娘として、未熟ながらに悩み、空回りしていたという過去を持つ。
その当時は、これといった結果を出せていないことにひどく焦りを覚えていた。
「でも、その実。周りの人たちからすれば私の行いに対して感謝することはあれども、責めることなどはありませんでした。結果を、出せていないのにです」
もちろんその背景には、フィーリアの真面目な姿勢がキチンと伝わっていたから、などの事情もありはするが。
「当人としては、どうしたものかとめちゃくちゃに焦り、悩んでいたというのに。ひどい話ですよね、全く」
そう言ってはみせるものの、彼女の表情には、そういった感情は微塵も乗っておらず。むしろ、どこか嬉しそうにさえ見えて。
「つまるところが、思い悩んでいるときに限って、実際のところはそれほど問題でなかったり、なんてことも多いんですよ。もちろん、時と場合に依るものではありますが」
フィーリアはそういうと。ニッと、風花に対して微笑みを向けながらに、言葉を続ける。
「それとも、フーカさんがこれまで作ってきた信頼は、この程度で揺らぐものなのですか?」
聞いておきながらに、フィーリアは回答は聞かない。
答えなど聞かなくてもわかっている、と。そう言うかのような表情を浮かべながらに、フィーリアは「さて、それではせっかくですし。雨の中の散歩を楽しみましょうか」と、風花の手を取って、アイリスのあとを追って歩き始めた。




