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#64

「悪いな、夜更けに呼び出して」


「いえ、それは構わないんですけど」


 夜間。つい先程まで書類仕事をしていた浩一の元に、レオが尋ねてくる。

 この時間までやっていたのか、と。一瞬レオは驚きから引きかけるが。それじゃあ行こうか、と。

 カンテラを片手に持ちながら案内を始めた浩一に置いていかれないように、慌ててあとをついていく。


「それで、どこに行くんです?」


「ちょっと、な。……まあ、レオもよく知ってるところだよ」

 

 レオの質問に対して、浩一は適当にはぐらかす。


 ちなみに、この時間についてもちゃんと給料につけるから、と。浩一はそう言ったのだが、レオからはめちゃくちゃに拒否されていた。

 いちおう、上司から来るように指示されたという扱いなので、きちんと払うべきなのだろうけど。……まあ、後でこっそりつけておこう。


 そうして、浩一は、駅舎の建設予定地。そして、そこから線路をたどりながら、現在敷設を行っている地点へと歩いていく。


「あの、ここは線路ですけど」


「ああ。ただ、まだ列車は走ってないから、今は上を歩いても大丈夫だぞ?」


「いや、そうじゃなくって。……なんでこんなところに?」


 今のところ、ここに来ている目的を話してこない浩一に対して、レオが改めてそう尋ねる。


「……まあ、もうわかるさ」


「わかるって、そんなこと言われても……って、えっ?」


 どうやら、レオの耳に届いたらしいその音に。浩一は笑う。


 ザグッ、ザグッ、ザグッ、と。

 レオ自身、とてつもなく、馴染みのある音。


「これ、ビーターの音。……でも、なんで?」


「……やってると思ったよ。特に、アイツの性格から鑑みると、特に今日は、な」


 暗がりの道をカンテラで照らしながら、浩一は線路から逸れ、木々の間へと歩いていく。

 そんな彼にレオもついていくと。次第に、ビーターの音が大きくなってきて。


「……いた」


 浩一がそう言いながら足を止める。

 レオもその隣に立ちながら、その視線の先へと目をやると。そこには、ひとりでビーターを振るっている人影。


 ルイスの姿を、見つける。


「ルイス!? なんで、こんなところに――」


 今は部屋で休んでるはずじゃ――。と、驚きを隠せないレオに対して、浩一は小さく声を漏らす。


「休みはしたんだろうな、ルイス自身の感覚としては」


 早くに部屋に戻れたから、そのまましばらく休んで。そしてそこから、()()()()()()()、こうして自主練習をするためにここまでやってきて。


「じゃあ、もしかしてルイスが酷く疲れてる原因って」


「ああ、これだろうな」


 もちろん、ルイス自身の体力が他の人と比べて少ない、というような要因もあるにはあるだろうが。しかし、それだけとするには判断が強引すぎる。

 実際には、それだけではなく。


「ルイス自身が、自分はまだまだだと思っているからこそ。そのままじゃいけない、足を引っ張ってはいけない、と。自身に対して脅迫的なまでに感じてしまっているからこそ、こうして自分を追い込んでいる」


「それが、原因……」


「俺も、これについては無理が祟る前にやめさせようとは思ってたんだが。今が労働時間外で、いちおうはなにをしていようがルイスの自由ではある、ってことと。場所としても作業場から逸れてることもあって、どうしたものかとは思っていたんだが」


 しかし、ルイスの体調の方にも無理が現れ始めている、ということがレオからの話で判明した。……ともなれば、これがちょうどいい機会であろう。


「ルイス――ッ!」


 我慢できなくなったレオが、飛び出すようにして駆けていく。

 無論、ルイスの名前を叫びながらに走り出したために、驚いた様子の彼が、慌ててこちらへと振り返る。


「うわあっ!? えっと、レオさん。なんで、こんなところに? それに、コーイチさんまで」


「そんなことはどうでもいいんだよ!」


「……いや、どうでも良くはないだろ」


 いろいろと雑になってしまっているレオの後ろから、ついてきた浩一がそうツッコミを入れる。


「まあ、とりあえず。悪いが、その練習は一旦やめてもらってもいいだろうか?」


「あ、えと。その。……ごめんなさい」


 浩一のその指摘に対して、ルイスはバツが悪そうな顔をしながら、ビーターを降ろす。


「もしかして、バレてました?」


「……まあ、ちょっと前にな。たまたまやってるのを見かけて。だから、たぶん今日もやってるだろうなって」


 疲れている、と指摘されたのならば休め、というのが通常の道理ではあるし、おそらくはルイスも最初はそうしていたのだろう。

 だが、自室でしばらく休んでいたルイスは、そのうちにいつものように練習しておらず、なにもせずにいるという自分自身に対して不安を覚えてきて。

 ただでさえ、まだまだなのに。休んでいるわけには行かない、と。そんな焦りから、思わず飛び出してきてしまったのだろう。


「……やっぱりダメでした? こうして勝手にやってるのって」


「ものすごく厳格な話をし始めると、その道具(ビーター)は備品にあたるからよくはないが。ただ、場所としても作業場ではないし、なにより、時間帯についても勤務時間外――ルイスが自由にすることを決めていい時間ではあるから、明確にダメ、というほどの話ではない」


 だが、今回問題になっているところはそこではない。


「端的に。そして、残酷な話をする」


「……はい」


「厳しい言葉にはなるが。ルイス、お前にこの仕事は向いてない」


 浩一の放った言葉に、ルイスは渋い顔をしながら俯く。

 当時、隣にいたレオも。彼と同じくらいに悔しそうにして。


 しかし。こればっかりは、甘い言葉をかけても仕方がないことであった。

 下手に希望が残るような言い方をしてしまっては、ルイスにとっての苦しみがより長く続くことになってしまいかねない。


 だから、彼にとってどれほど残酷な事実であったとしても。きっぱりと突きつける。


「正直なところ。このまま続けていったとしても、今以上、というところに行ける見込みは少ない」


 ルイスが今携わっている仕事とその契約としては、線路敷設という特殊な需要に対してのもので。契約としては短期的なものにはなっている。

 だが、ここでつけてもらった経験自体を無為にするのは懸命な判断ではない。

 そのため、他の線を敷設する際や、あるいは線路の保守点検という方面のために。希望者のうち、浩一たちから見ても問題がないと判断した人物については、再度契約をするつもり、ではある。


 だが、ルイスについては作業員として雇用することは十分にあり得るものの。そこからの展望。――例えば、現場での指揮役であるとか、指導役であるとか。そういう任を与えられるような立場になることはないだろう、と。


「それ、は……」


 ギリッ、と。歯を噛み締めながらに俯き、ルイスは言葉を漏らす。


「見込みがないから、仕事を辞めろ、と。そういうことですか……?」


 雇用している以上、正当な事由がなければ浩一の側からルイスのことを解雇することはできない。

 だから、ルイスが自発的に辞めるように、そう促しているのか、と。ルイスはそう尋ねる。


 その言葉に、ハッとしたレオが浩一の方を見る。そんなまさか、と。そういう表情だった。


 レオか浩一のことを少し疑いかけた、そのとき。浩一はそんなふたりに向けて首を横に振る。


「そんなことを言うつもりはない。そう聞こえたのなら、悪かった。……レオも、不安にさせて悪かったな」


「でも、それなら――」


「俺から提案するのは、異動だ」


 ルイスが口にしたその質問に、食い入るようにして浩一がそう答える。


「えっ……?」


「異動。……つまりは、所属の変更だな。なんなら、ある意味では扱いとしては昇進にあたる」


「えっと、それは、どういう――」


「まあ、間に合ってよかったよ。いろいろと、な」


 そう言いながら、浩一は懐から一枚の紙を取り出して、カンテラの光に照らしながらルイスへと見せる。


 その紙には、たくさんの文言とともに、最高責任者の――つまり、アレキサンダーのサインと印が捺されていて。


「これは?」


「雇用契約書……みたいなものかな。厳密には、少し違うけれど」


 ルイスの場合は作業員として既に従事しているので、そのあたりの扱いがややこしいが。


「これは、この鉄道事業について。今回の線路敷設のような特需的な雇用形態、というわけではなく。正規での、雇用としての契約書」


 つまるところが、浩一や風花。マーシャなどが結んでいるような、契約。


「ルイス。管理者(マネージャー)にならないか?」

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― 新着の感想 ―
人には向き不向きありますからねぇ
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