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#118

 なにやらアイリスの側も準備がある、とのことで。数日間は王都での待機期間となった。

 アレキサンダーからも「どうせロクに休んでないんだろう?」と言われた浩一。いや、少し前にマーシャに言われて無理矢理休まされたような気が……いや、でもあのとき一日休んだあとは投炭練習場のことや、マーシャの悩みの解決、通話機の話、と立て続けにやることが生まれたので、たしかにしっかりとは休んでいなかったのかもしれない。

 なんだか、そろそろ風花に怒られそうだな。


 ともかく、休みではあるらしいものの、いつもとは少し違って、アイリスはやることがあって出かけている。つまり、ひとりである。

 ……まあ、これに関しては今までのほうがイレギュラーだったともいえる。なんせ、浩一がちゃんと休んでいるかの確認があったとはいえ、わざわざアイリスが浩一の部屋まで来て、一緒に休日を過ごしているのである。

 こうやって現在のアイリスが出かけているように、彼女にだってやりたいことはあるわけで。


「いや、待てよ。別にやりたいことがあるのなら、アイリスはこうして出かけていくわけで」


 もちろん、普段のアイリスが「特に休日にやることがないから」と浩一のところに来ているという可能性もなくはないが。暇を持て余して城から抜け出すようなアイリスが、休日に特にやりたいこともない、なんてことは考えにくい。

 そして、部屋を訪ねてくるアイリスに対して、浩一が投げかけた質問の回答は――、


「……少し、外を歩くか」


 アイリスがいないので、箒に乗れない浩一は歩いて回ることにはなるが、今としてはそれがちょうどいいだろう。







「あら、お久しぶりですね。コーイチさん」


 商業区画の目抜き通りを浩一が歩いていると、見知った顔に声をかけられる。


「こちらこそお久しぶりです、セリザさん」


 輸送ギルドのセリザが小さく手を振りながらに歩いてくる。

 服装を見るに、今日はお休みなのだろう。


 彼女と前回に会ったのは、浩一が各貴族に挨拶回りをしていたときに、王都を中継にしていた際に、荷物のやり取りなどで輸送ギルドを訪問したときである。

 ただ、あくまで事務的なやり取りだし、そのときはアイリスも一緒ではあった。だから、こうやって一対一での話をするのは、アイリスが体調を崩していたとき以来になる。


「そういえば、聞きましたよ。通話機……でしたっけ。すごいものを作られたそうで」


「発明したのはマーシャですけどね」


 浩一はそう伝えるが「発案と主導はあなたでしょう?」とそう返されてしまう。もはや恒例ではあるが、随分とよく知っている。

 というか、それを言うならばそもそも現状の段階で通話機の存在を知っているのもなかなかに珍しい方なのだが。


輸送ギルド(われわれ)にとって、情報は命ですから」


 以前にも似たようなこと言われた記憶がある。

 まあ実際、ヴィンヘルム王国全体で見れば、一般にはあまり認知されていないという一方で。アルバーマ領――特に中心地であるアムリスや、現在も実用試験が進められているエルストとブラウなのでは、存在が周知の事実となっている。

 とはいえ、そういう局所的に広まっていることを、王都にいるセリザが知っているということが、随分と知るのが早い、ということではあるのだが。とはいえ、ヴィンヘルム王国全土に対してネットワークが繋がっている輸送ギルドにとっては、これくらいなんてことはないのかもしれない。


「それに、この通話機というものは我々としてもなかなかにありがたいものではありますしね。多少競合しているところはありますが」


 輸送ギルドでは、手紙を始めとする通信類のインフラも業務として担っている。そういう意味では、競合する事業だと言える。

 ただ、現代日本でもそうであったように、通話機だけでは、手紙の需要を潰すことはできないし。そもそも、輸送ギルドにとって、通信インフラの維持自体はメインの事業ではない。

 通話機の登場による痛手がないといえば嘘にはなるものの、その一方で得られるものが大きい。

 彼女が先述していたように、輸送ギルドにとっては情報は命である。

 それでいて、輸送路の状況や賊の目撃情報、あるいは物品の需要など。情報は、鮮度を持つ。

 そして、それが距離を無視してやり取りできるようになることが、彼らにとってどれほどの価値があるのかは想像に難くない。

 デメリットを超えるメリットがあるのならば、十二分に相殺ができる。


「もっとも、我々としてはメリットが上回っていますので、そうは認識できますが。全員が全員、そうではない、とだけ。あとはまあ、自身の益に固執する手合はデメリットばかり見てメリットを見ないことも多いですしね。……なんて、不要な助言でしたね」


「いえ、ありがとうございます」


 無論、浩一がアレキサンダーから呼び出された時点でなんとなく察してはいたし、話の内容を聞いて、確信していたことではある。

 今回、浩一が呼びつけられた理由であり。これから、リヴァ子爵領へと向かう理由。


 なんせ、リヴァ子爵領は――、


「あら、もうこんな時間ですか」


 カラーン、カラーン、と。王都内に透き通った音が鳴り響く。

 お昼を報せる鐘だ。


「それでは、私はこのあたりで。ぜひこれからも、輸送ギルドのことをどうぞご贔屓に」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 そういえば、以前に街中で会ったときも、こんな流れで別れたな、なんて。そんなことを浩一が思っていると。


「ああ、そういえば」


 すれ違いざまに振り返りながら、セリザがそう口から漏らす。


「鉄道事業の方も順調なようですね。頑張ってください、応援していますから」


 そう、ニコリと笑いかけながらに、今度こそ立ち去っていくセリザ。

 浩一も同じく彼女に挨拶を返して、その背中を見送る。


「……たぶん、これは。ちょっと相談しておいたほうがいいかもな」


 感じ取った、それに。浩一は、そうつぶやく。


 浩一も、それなりに経験を積んできたこともあってか、今まではぼんやりとしてたそれが、だんだんと形を持ち始めている。


 おそらく、これは浩一の手に余る。まだ猶予はあるだろうけども。






「ねえ、どうかしら?」


 アイリスは、着替えた姿を自身の侍従に見せながら、そう尋ねた。

 現在の彼女は、自身の侍女を連れながらに準備――もとい買い物に来ていた。

 普段は出かけるにしても部屋で休むにしても、浩一と一緒にいることが多いから、なかなかに久しぶりのことである。


 さて、くるりと一回転しながらに全体を見せてみるアイリス。それに対して、侍女たちは。


「お、お似合、いです! ええ!」


 そう答えているものの。しかし、声音にも。そしてなによひ、その表情にも、困惑が浮かんでいる。


 似合っていない、わけではない。

 けれど、なんと言うべくか。侍女たちの心情を言葉にして見せるならば、相応の格好ではない。そう、言いたそうな様相である。


 無論、それを受け取れないアイリスではない。

 やはり、こういう意見については、対等の立場で会話してくれる風花やマーシャのほうに聞く方がいいのだろう。


 とはいえ、ふたりともこの場にはいないし。これについては、浩一についてきてもらって、意見を聞くわけにはいかない。


 だって、この準備は。


「……ふふっ。これなら、コーイチ様はどんな反応をしてくださるのでしょうか」


 楽しげな声で、アイリスはそうつぶやく。


 心労を抱く侍女たちには少しばかり悪い気もするけれども。

 浩一の反応をあれこれ考えながらに、アイリスは次の服に手を伸ばした。

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