#116
「さて、と」
電話機を元に戻しながら、風花はそうつぶやく。
「ほんとに作っちゃったわね、マーシャ。私も通話なんてしたの久しぶりよ。おかげでちょっと緊張しちゃった」
ぐいーっ、と背筋を伸ばしつつ風花が振り返る。
「それで、どうするつもり?」
具体的な内容を伴わずに、彼女は、問いかける。無論、相手は浩一。
だが、普段ならば即座になんらかの回答か、悩むにしてもそれなりの反応を見せるはずの浩一が。しかし、固まる。
もちろん、そうなってしまっているのは、電話機が原因ではない。たしかに本当に完成させたことに風花と同じく驚いているのは事実だし。そもそも現代日本人の通話の機会が減っていることもあって、なおのこと通話が久しぶりで緊張したということもあった。
だが、返して言えばその程度。普段の浩一であれば、仮に驚きや緊張があったとしても風花からの質問に対してこれからの電話機の改良案や展望、仮称電話機の正規な名称候補なんかについてを教えてくれただろう。
しかし、そうはならなかった。その理由は、ただひとつ。
先程の通話。最初は浩一が喋っていた。後ろから風花が声をかけることはありはしたものの、受話器、に該当するの部品についてを彼が手に持ち、喋っていた。
だが、終盤。浩一に変わって応答していたのは風花だった。
そうなったタイミングは、電話機の魔力切れで通信不良が起こったタイミング。……いや、この表現はあまり正しくないけれども。
浩一は、魔法を使えない。より正確には自身の体内にある魔力を使用できない。
だから、魔道具であれば使用はできるものの、あらかじめ魔力が込められているもの、という条件が付される。
そういった都合で、おそらくはアイリスもマーシャも、先程の無音の時間は電話機の魔力切れが原因であり、風花が代理で応答したのは通話を継続するためであると考えているだろう。実際、風花もそうだと伝えた。
だが、事実は別だった。
電話機は、魔力切れを起こしていない。通話は、継続していた。
終盤、風花が通話していたのは、浩一から受話器を奪い取ったからである。
そう、なってしまった。ならざるを得なかった。
――通話は、継続していた。無論、声は届いていた。
では、なぜ無音の時間が発生したのか。風花が代理で応答することになったのか。
浩一が、今に至るまで、反応できていないのか。
「今回だけだからね。これ以上は、アイリスちゃんにも失礼だから」
「……悪かった。それから、ありがとう」
ぽつり、と。浩一がそう返す。
「感謝は受け取っておくけど、謝罪の相手は私じゃないわよ。……とは言っても、当人に言ったところで困惑されるでしょうけどね」
小さく息をつきながらに、風花がそう言う。
「もちろん、私は浩一の考えとか、抱えてる事情とかも他の人より少しだけ把握してるつもりだから、いちおうここでは浩一の味方をしてあげる」
でも、次はない。
「聞いたのだから、知ったのだから。きちんと責任を持って向き合いなさい。答えがなんにせよ、ね」
「……ああ、わかってる」
風花の言葉に、浩一はそう返答する。
彼女の言うとおり、次はない。あるとすれば、そのときは――、
「随分とまあ、様になってきたものだな」
だんだんと組み上げられてくる黒鉄の体躯。
仮称電話機――もとい、シンプルに通話機と名前がつけられた機械をマーシャが作った一件から、しばらく。
そもそも、この通話機は本筋のちょこっと寄り道として作ってもらっていたものであり。しかし、だからといってなんの意味もないもの、というわけではなく。
「ほんと、おにーさんってば、相変わらず無茶ぶりをしくれるよねぇ」
言葉の内容とは正反対に。にしし、とマーシャは楽しげに笑いながら、そう言ってくる。
現状、マーシャが作った通話機は音声を魔力波に、魔力波を音声にと変換しているが、媒介となる物質を介して魔力波が伝わる都合、通話機同士の間になんらかの接続が必要になる。
厳密には空気中でも不可能ではないらしいが、魔力波が拡散してしまう都合、距離の三乗比例で魔力波が弱体化するため、遠くまで伝えるのが困難なのが現状。
「魔力波に指向性を与える機構とかがあればなんとかなるかもしれないけどね」
というのはマーシャの談。どうやら、まだまだ改良をしようとしてくれているらしい。
それはさておき、ともかく必要になるのは通話機同士を繋ぐ媒介、というのが現状。いわゆるところの、電話線にあたるものだ。
とはいえ、そのためだけにわざわざ電柱のようなものを立てて架線をかけるのもあまり効率的ではない。電線は現状だと通す予定はないし、そもそも都市間で距離が長い都合、人口の密度に対して相当な本数が必要になる。
だからこそ、なんらか別のもので代替できないか、ということで、浩一がひとつ提案をしたのが。
「とはいえ、まさか線路をそのまま通話用の線に転用できないか、とはねぇ」
都市と都市を繋ぐもの、という意味ならば。既に線路を敷設する予定があった。ならば、それをそのまま電話線代わりに利用できないかという目論見。
「大気拡散よりかは指向性があったからまだマシだったけど、結構苦労したね。でも、なんとか実用できそうだよ」
「そうか。それはありがたい。元々の目的としては、そっちのほうがありがたいからな」
「元々の目的?」
忘れがちにはなっているが、そもそもこの電話機、もとい通話機自体、鉄道事業の上で活用できるアイテムを作ってほしいというところから来ている。
もちろん、都市と都市、駅と駅の連絡用としてもリアルタイムの情報共有が可能という点を鑑みると非常に優秀なのだけれども。しかし、もっと好ましい形態とするならば。
「駅と列車。ないし、管制側と列車での通信手段。これの有無は大きいからな」
特に、なんらかのトラブルが発生したとき。こういった連絡手段の有無は、初速対応において明確な差を生む。
速度と質量を持ち、人命や物品を預かるという鉄道の性格上、なおのことこの差は顕著に現れる。
「なるほど。だから、線路を媒介すれば、列車からでも連絡ができるようになる、と」
「そのとおり」
ちなみに、この発想自体はNゲージの給電が線路を動線にし、車輪を介して行われているところから発想している。まさか、浩一がアレキサンダーたちに拾われて、ここまで鉄道事業を興すことになったそのきっかけのものが、またこうして役に立つとは思わなかったが。
「っと、おにーさん。そろそろ時間じゃない?」
「ああ、そうだな。それじゃあ、こっちは任せた」
「うん。任せておいて。次におにーさんが来る頃には完成させられてるように頑張るから!」
無理はしないようにな、と浩一が伝えて、彼女は元気よくそれに返事をした。まあ、マーシャのことだ。この点については半分くらいしか信用してない。いい意味でも、悪い意味でも。
いちおう、あとでルイスにもしっかりと見ておくようにお願いしておこうとそう考えながら、工房の入口の方に目を見遣ると。そのタイミングで、ちょうどというべくか相変わらずの勢いの良さで扉が開かれる。
「コーイチ様! そろそろ、王都に参りましょう!」
「わかった、アイリ。今出る」
本来ならば、投炭ができる人材の育成を進めていこうかと思っていたのだが、このタイミングでアレキサンダーからの呼び出しがかかった。
まあ、内容については浩一もだいたいの察しはついている。なんせ、こんなものが出来上がってしまったのだ。間違いなく、良くも悪くも世情が動いている。
「それじゃ、言ってくる。風花にもよろしくと伝えておいてくれ」
「うん! それじゃ、おにーさんもアイリちゃんも行ってらっしゃい!」
マーシャに見送られながら、工房から出る。
「それでは、コーイチ様。行きましょうか」
「ああ」
つとめて、平静に。まるで、何事もなかったかのように。
しかし、互いの心の裡は、間違いなく、力を溜めながら。
あとひとつの弾みで周り出す、エンジンのように。まだ、今は静かに。




