#114
「ああ、繋がってる。聞こえてるぞ」
聞こえてきた声に。しかし、久しくはあるものの、慣れている浩一は、冷静な声音で答える。
『ほわあああっ! マーシャちゃん、コーイチ様のお声が、コーイチ様のお声が!』
『わかってるわかってる。というか、さっき説明したばっかりでしょ?』
「ちなみに私もいるわよ?」
『フーカ様のお声が!』
制作者であるマーシャ、そして類似のもの――というか、元になった機械を知っている浩一と風花は落ち着いているが。一方で、初めて遭遇した現象、まさしく今までの常識を覆す事態に、アイリスは狼狽している様子が聞こえてくる。
「しかし、まさか本当に電話機を作り上げるとは」
『へっへーん! すごいでしょー!』
「ああ、本当にすごい」
浩一がマーシャに頼んでいたものは、電話機の設計、制作。
これに関してはヴィンヘルム王国にある素材や技術からやれるかどうかがわからなかったという側面も多かった。なにせ、現状のヴィンヘルム王国にはなによりも電気を生み出す手段がない。
それ以外にも様々な障害は複数あった。だからこそ、浩一としても再現できそうならして欲しい、というレベルのオーダーをしていた。
だが、マーシャは再現してみせた。発信側で音を電気信号に変換して伝達して、受信側ではそれを逆に音に復元する、という電話機の仕組みに対して。
音を魔力波に変換する機構と、それを復元する仕組みを作り出し――マーシャが言うには、仕組み自体は逆順処理をするだけだから、ひとつ作るだけで両方できたらしいが――そして、それを伝達する仕組みを作り上げて、組み合わせた。
目の前にある機械が音声の聞き取りと発声を行う機械。その中には魔力波と音声を変換する機会が入っていて。側面から伸びている線から、それらを伝達している、という機構だ。
言葉にしてみればあっさりしているようではあるが、いずれにおいても、とてつもない思考があっただろう。そもそも、電気信号を魔力波で代替するという発想が始点になければ始まりすらしない。
曰く、浩一のアドバイス。機構に対する理解の姿勢と根性、代替を使用してでも作成する機転と気概が、マーシャの強みだ。という助言があったから気づくことができたと言っていたが、正直、ほんの些細なものだろう。
少し迷走していたマーシャに、少し背を押した程度である。ほとんど全て、今までのマーシャが積み上げてきた知識と技術、経験だ。
「まあ、電気信号や電波を使っていないのにこれを電話機と呼んでいいのかは怪しいところだが」
魔力波で通話しているのだから、魔話機とかになるのだろうか。……いや、語呂が悪そうだな。
シンプルに通話機とか通信機、連絡機とかのほうがいいのかもしれない。
『まあ、そのあたりのネーミングについてはあとから考えるとして』
ひとまず今は、この仮称電話機の試験中である。
まあ、通話自体は成功しているので、あとはどれくらい通話が持つのか、などの試験になるのだろうが。
『それでね。ぜひともおにーさんに聞いてもらいたいことがあってね?』
「ああ、いいぞ」
なにかはわからないが、特段問題があるようなことでもないだろうし。
そんなことを思いながら浩一が電話機の前で待っていると。しかし、なにやら電話口からゴニョゴニョとした声が聞こえてくる。
小さな音の伝達試験かとも思ったが、耳を済ませてみた感じだと、どちらかというとちょっぴり言い争っている、という方が近しい。
いったいなにがどうなっているんだ? と、そう思いながら首を傾げていると、後ろからポン、と。両肩に手を置かれる。
振り返ってみると、風花だ。彼女は柔らかに笑みを浮かべると、電話口には届かないくらいの小さな声で伝えてくる。
「しっかり、受け止めてあげなさいよ」
「うん? あ、ああ。ちゃんと聞くつもりだが」
「……まあ、浩一ならそういう反応をするわよね」
風花はそういうと、肩から手を離してさっきまでと同じように立つ。
風花までどうしたのだろうかと思っていたら、向こう側での話がまとまったのか「コホン」というアイリスの咳払いが聞こえてくる。
『コーイチ様。その、ええっと。……よろしい、でしょうか』
「ああ、いつでも大丈夫だぞ」
なにやら神妙な空気感をともなう声音が聞こえてきて。少しだけ、浩一も緊張してくる。
慣れ親しんだ、アイリスの声音だというのに。電話越しだからだろうか、あるいは、別の要因か。普段とは、なにかが大きく違うような気がして。
『わかりました。それでは――』
少しだけ、前。
「はえ? これで、コーイチ様とここからお話が、できる?」
マーシャから伝えられたその言葉に、アイリスは思わず首を傾げる。
工房から投炭練習場まで四、五千エルム……大雑把に見積もっても1kmはくだらない距離がある。
大声を出したところで届くような距離ではない。が、
「大丈夫大丈夫。そのためのこの機械だからね」
そう言いながら、マーシャは自慢げに、ポンと機械へ手を当てる。
その機械には、先程までいた投炭練習場まで彼女が持ってきていた線が繋がっていて。
「ふふふ、まさかマーシャちゃん。この線を伝って声がコーイチ様たちに届くなんてそんなこと――」
「うん、そのとおりだよ!」
「はへ?」
冗談気味に言ったつもりだったのに、想定外に肯定をされ、目を丸めてしまう。
「そういうわけで、アイリちゃんにはテストに付き合ってほしいんだけど――その前に、約束、覚えてるよね?」
「約束、約束……」
パッと思いつかない一方で、なにか、とても、ものすごく、嫌な予感のするアイリス。
思い出したくないような、思い出さないといけないような。
「それじゃ、準備はいい?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。今、思い出して――」
そんなアイリスの叫びも虚しく、マーシャは機械に手をかける。
そうして、にっこりとした表情を浮かべたままに、マーシャはアイリスに向けて振り返ってくる。
「ほら、繋がったはずだよアイリちゃん!」
「ふ、ふあえあっ!? ま、まだ、心の準備が……!」
情けない声だ、と。アイリス自身もそう思う。だが、今のところは機械はなんともない、ではこれはいったいどんな機械なのかと。そう、思っていたら。
『ああ、繋がってる。聞こえてるぞ』
浩一の声が、聞こえてくる。
突如として起こったその現象に、アイリスは驚愕と混乱とが入り乱れて、正直、なにがなんだかわからなくなっていた。相当にみっともない言動をしていたような気がする。
しばらく、浩一とマーシャが会話を交わして。そして、なにやらひとしきり喋りきったところで、ふたたびマーシャがアイリスへと振り返ってくる。
「さて。それじゃ、アイリちゃんの出番だよ?」
言われても、しばらくその言葉の意味が理解できなかった。
当然ではある。おそらくは先程言われてきた約束に関連することなのだろう、ということは理解しているのだけれども。その約束がなにかを思い出していない。
「忘れたとは言わせないからね? ううん、忘れてても、やってもらうから、のほうが正しいかな?」
「あの、マーシャちゃん? なにやら、こう、嫌な予感が」
「先に条件を出してきたのはアイリちゃんの方だからね? 私は、その準備をしただけだから」
曰く、面と向かわずに会話をする手段。
それも、扉越しにしゃべるとか、大声で叫ぶとかではなく。しかし、物理的な距離がありながらに言葉が伝えれる環境。
なるほど、たしかにマーシャの言う環境がここに整っている。でも、それがどうしたと。
そこまで考えかけて。しかし、そこでふと、心当たりを思い起こす。
そういえば、たしかに、そのような話をしたような覚えが。たしか、そのときの話って――、
「ままま、待ってくださいまし。たしか、あのときの約束って!」
「うん。私は、成し遂げたからね。言質は、とってるからね?」
まるでいたずらが成功した子供のように笑ってみせるマーシャ。
たしかに、たしかに。言いましたが。言いましたが!
「ほら、アイリちゃん。……覚悟を決めて。いつまでも、逃げてるわけには、行かないんだよ」
マーシャちゃんが、そう言ってくる。それは、たしかにそうだろう。
すでに出遅れている現状、本当ならば、少しも逃げ回るわけにもいかない。
彼女が整えてくれたように。絶好のタイミング。
ヴィンヘルム王国における、初めての通話テスト、という追加の環境までできてしまっている。
「わかり、ました」
キュ、と。手を握りしめながらに。アイリスはそう言う。そして、電話口に向かい直して。
勇気を、持って。
「コーイチ様。その、ええっと。……よろしい、でしょうか」
『ああ、いつでも大丈夫だぞ』
浩一の優しい声が、そう、返ってきた。




