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#113

「おにーさん、アイリちゃん、できたよ!」


 投炭練習場に、マーシャの真っ直ぐな声が響く。

 やっとそれなりに様になってきた投炭を中断して、浩一はマーシャの話に耳を傾ける。


「お待たせしちゃったね。お待たせしすぎちゃったけもしれないね! まあ、まだ試作機なんだけどね」


 彼女が抱えていた悩みを解決してから数日のことである。

 むしろ早すぎる、とも感じてしまうくらいではあるが、あくまで、マーシャとしてはという話であろう。

 あるいは、彼女にしてみれば当初の依頼を受けた時点からも含めて考えているのかもしれない。そうだとするとたしかにそれなりに時間は経っている。――もちろん、そうはいってもそもそもマーシャが理屈すら知らなかったものから作り始めていることを考えると、十二分に早いとは思うのだけれども。

 ただまあ、今のマーシャの様子を見る限り、そんな野暮ったい言葉でフォローなどをする必要もないだろう。無論、彼女の功績についてはキチンと評価をする必要はあるだろうが。


「コーイチ様、マーシャちゃんにいったいなにを頼んでいたのですか?」


 コテンと首を傾げながらに、浩一に聞いてくるアイリス。たしかに、コレを作ってほしい、ということについてはまだアイリスには伝えていなかったか。

 ただ、先程のマーシャが浩一と並列にアイリスのことを呼んでいたから、てっきり彼女伝いで聞いていたのかと思っていたが。


「ああ、頼んでたのは――」


「アイリちゃん、ちゃんと、約束のものだから安心してね!」


 浩一がアイリスに説明しようとしたところで、マーシャがそう割り込んでくる。

 満面の笑みのマーシャに、しかし、なにがなにやらときょとんとしている浩一とアイリス。……浩一がその約束とやらを把握していないのはともかくとして、マーシャの口ぶり的に当事者たろうアイリスに心当たりがないのはどうなのか。


「それでね。おにーさんとアイリちゃんにはテストに付き合って欲しくって」


「ああ、もちろん構わないぞ」


「ええ、私も問題ありません」


「ありがと! うんうん、せっかくなら初めての、ってシチュエーションもいいだろうからね……」


 マーシャにしては珍しく、なにやらぶつぶつとつぶやいている様子。まあ、いたずらっぽいことをやるにしても、下手なことはしないだろうから大丈夫だろう。


「それでどうしたらいい? アレの性質的に離れる必要があるだろうから、俺とアイリがどこかに行けばいいか?」


「ううん。おにーさんはここにいてくれていいよ。私とアイリちゃんが工房の方に行くから」


「そうか。……ん? それ、大丈夫なのか?」


 おそらく、マーシャが作ってくれたのは魔道具だ。魔法が扱えない浩一であってもあらかじめ魔力が込められていれば魔道具自体は使うことができるが、逆にいうと使用にあたっての残量があるという意味にもなる。

 そういう観点で見るなら、浩一の元にいつものようにアイリスがついて、彼女に使ってもらうほうがいいように思うのだけれども。


「大丈夫大丈夫。そのために今日はおねーさんも呼んでるから」


「……まあ、話を聞いたときにはびっくりする内容だったし。ついでにお風呂にも入っていこうとは思ってたからいいけどさ」


 いつの間にやらマーシャの後方にいた風花が小さく笑いながらにやってくる。


「せっかくなら、テストをしたのが鉄道事業の主導をしてるおにーさんと、王女様であるアイリちゃん、っていうふうにするのも良さそうだと思わない?」


「ああ、なるほど。それはたしかにそうかもしれないな」


 事実、馬車鉄道がエルストとブラウの間に開通したときにも、同じような意味を持たせて浩一たちが乗っていた。もっとも、そのときはマーシャや風花、フィーリアやルイスなんかもいたが。

 ただ、今回については原則ふたりという制限がある都合、この中から代表を選出するならば浩一とアイリスになるだろう。

 中々に大仰なやり方ではあるが。とはいえ、マーシャが作り上げたそれは、たしかにそうするだけの価値はある。


 そして、なんとなくの使用法を理解している浩一には風花が魔力を供給し、使い方を全く把握していないアイリスには、マーシャがサポートでつく。


「それじゃあ、片方はここに置いておくから。おにーさんとおねーさんは、ちょっと待っててね」


「気をつけてな」


「うん。楽しみに待っててね! あと、ちゃんと聞き逃さないように。お願いね!」


「……ああ、わかった?」


 妙に強調するマーシャに、浩一が首を傾げる。

 まあ、彼女が作ってくれたものの特性上、たしかに聞き逃さないようにしたほうがいいのは事実なのだろうけれども。






 マーシャと、ひとりだけ、まだなにがなにやら把握できていないアイリスがちょっぴり困惑しながらに飛んで行く姿を見送って。投炭練習場には浩一と風花だけが残された。


「さて。もう片方は工房にあるらしいから、まだもう少し時間があるわね」


 せっかくだし、少しだけ話す? と。風花がそう提案してくる。

 なんだかんだと最近はふたりともいろいろとしていたので――まあ、風花が風呂に入りに来ることはあったが――こうしてふたりきりなのはキャンプ以来だろうか。


「それで? 最近どうなのよ」


「ああ、投炭ならそれなりにはできるようになってきたぞ。アイリスのおかげもあって、かなりコツを掴むまでは早かった気がする」


 まあ、彼女の表現は中々に独特というか抽象的というか。そういうところかありはしたが。

 ともかく、そろそろ他の人に教えていってもいい頃合いかもしれない。まだまだ練習はしていくつもりではあるけれども。


「うん。まあ、それはよかったけどそうじゃないというか。……浩一らしいといえは浩一らしいけどさ」


 苦い顔をしながらに、風花がそう言ってくる。


「そうじゃないって言うと、なんの話なんだ?」


「最近、アイリスちゃんとどうだったの? ってことよ。もっぱら一緒に行動してたでしょ?」


 なるほど、そういう話か、と。浩一は合点する。

 しばらく前にはなるけれど、アイリスの調子が悪くなったこともあったし。つい直近はほぼセットで動いていたから風花も気にしていたのか。


「違うわよ」


「えっ? いや、俺まだなに言ってな――」


「なんとなくだけど。今浩一が考えてることは、違うわよ」


 強く、風花に断言されてしまう。……どうやら違うらしい。


「それに、アイリスちゃんだけじゃなくてこの間のマーシャのこともあったしね。……そういえば、改まっては言ってなかったわね。マーシャのこと、ありがと」


「いや、これに関しては俺たち全員の話だからな」


 実際、浩一が動かなくても誰かが動いていただろうし。浩一自身、風花から頼まれなくとも、そのうち動くつもりではあった。

 ただ、浩一が適任であり、ちょうどいいタイミングで風花が浩一に頼んだだけである。


「ちなみに、そのあとマーシャとなにかあった?」


 今日はなにやら色々と聞いてくるな、と思いながらも、少し思い起こす。

 別に、いつもどおりだった気はするが。


「強いて言うなら、そういうことはアイリちゃん以外にやらないほうがいいからね? って言われたくらいかな。別に変なことはしてないと思うんだが」


「……ふーん」


「なんだよその目。なにもしてねえって」


 たぶん。おそらく。……自分の認識の範囲では。


「まあ、たぶん浩一の言うとおりなんでしょうけどね。あのマーシャちゃんの様子を見てる限りだと」


 しっかりと、いつもの様子を取り戻していたマーシャ。これでこそ、我らがマーシャである。


「しかし、だからといって。まさかマーシャがこんなものまで作り上げるなんてね」


 驚きと感心とが綯い交ぜになった声音で、風花がそう言う。

 無論、浩一と同様、風花も目の前のそれななんなのかわかっている。わかっているからこそ、出来上がったことに驚愕をしている。


「まあ、いつかの魔法銃よろしく、再現できない箇所についてはいろいろと工夫しながらに代用しているらしいが」


 落ち込んでいた際のマーシャは、それを浩一の言うことの真似だと自嘲していたが。それも一種の才能であり、彼女自身がよく見てよく考え、よく試すからこそできることであり。


「……というか、それがここまで来ると、もはや再現どころか、イチから発明したようなものよね」


「だな。それこそ、今回については肝要な箇所の物資や仕組み、原理が現状のヴィンヘルム王国では破綻してるから、そういう意味では俺はアイデアを供与しただけみたいなものだしな」


 とはいえ、本人にそれを言っても、こればっかりは認めてくれない。謙遜とかそういうものではなく、マーシャとしての矜持のようなものなのだろう。


 と、そんなことを話していた、そのとき。


『ほら、繋がったはずだよアイリちゃん!』


『ふ、ふあえあっ!? ま、まだ、心の準備が……!』


 ここにいるはずのない、マーシャとアイリスの声かが聞こえてきた。

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