#111
工房の中には、やや張り詰めた空気が漂っていた。理由はもちろん、先程浩一が投げかけた質問。マーシャの、悩み。
(……これは、ある意味俺のせいでもあるよな)
とはいえ、いつかは避けて通れはしなかったであろう道でもあった。
マーシャは、じり、じり、と。少しずつ遠ざかっている。物理的にではない。精神的に。
要は、この悩みを共有したくないのだ。それは、彼女の優しさが、自分自身の問題に、浩一たちを巻き込まんとしているがゆえなのではあるが。
だからこそ、必要なのは。
「マーシャ」
「なに、おにーさん」
「自分の役割に、疑問を持っているな」
強く、一気に踏み込むこと。風花などから咎められることも多い、浩一の性分ではあるが。しかし、ことこの環境においては、強い力を発揮する。
なにせ、逃さないようにするためには、それ以上の勢いと速度で踏み込む必要がある。そして、浩一の、良くも悪くも他者の心域に立ち入るという性分はそれを可能にする。やや、荒っぽいやり方と言われてしまえば否定はできないのだけれども。
とはいえ、
「あは、は……。えっと、な、んのことかな。私の仕事は、蒸気機関車の設計、それから製作でしょ?」
「思えば、悩み自体は前々からあったんだろう。気づかなくて、悪かった」
この場においては、その強引さが目を見張る。
マーシャの言葉、もとい誤魔化しを振り切るようにして、浩一は言葉を続ける。
「今、自分のいる役割。それが、本当に適しているのか――それに、悩んでいるな」
「……っ」
マーシャが、小さく息を呑む。
やはり、と。浩一は目を伏せた。
マーシャの仕事が蒸気機関車の設計および製作、それ自体には間違いはない。それ以外にも色々と作ってもらっているが。
浩一が彼女の物作りに対する意欲を買い、協力をお願いした結果、ここまで来た。
間違いなく、こうして蒸気機関車というものの形が大まかにとはいえ形作られてきているのは、間違いなくマーシャのおかげがあってのものだと言える。
ただ、それはあくまで、浩一の視点からのお話であり。
マーシャの立場からしてみると、また、見え方が変わってくる。
もちろん、今の仕事はマーシャにとってみても、ある意味天職のようなものだといえる。こういうものを作ってほしい、というオーダーこそあれども、自身の好きなことをして生きていくことができている、という。まさしくマーシャにとってそうありたい姿である。
まあ、以前の彼女も同じような生活をしていたが、そのせいで浩一たちと出会ったときのように死にかけていたりもしていたことを考えると、生活が安定しているぶん、間違いなく今のほうがいい側面が多い。
加えて、マーシャにとっては見たことも聞いたこともないようなものを作る、というのはとてつもなく楽しいことでもあった。
自分が最も得意なフィールドで、最も好きなことで。活動することができる。
言葉だけを見れば、まさしく夢のようなものだろう。
だがしかし。そこには、なにもかもいいことばかり、というわけではない。
きっかけは、ほんのささいな疑問だったことだろう。
特に浩一からの依頼で物を作ることが多くなる過程で、ふと、思ったのだ。
自分は、浩一からの、アイリスからの。みんなの期待に応えられているのだろうか、という疑問。
自分の得意だからこそ、自分の好きであるからこそ。
それで力になれていないとするならば、それ以上は難しい。期待に、応えられなくなってしまう。
趣味ならば、まだいい。だが、今の彼女のこれは、仕事である。
嫌な話ではあるが、自分の好きを持ち出してしまっている以上、それを信じることができなくなったときに、マーシャには頼れるものがなくなってしまう。
特に、彼女は機械技師としてここにいる。浩一がやれない設計や開発を担当するために、ここにいる。
だが、その一方で。浩一もそういった機械についての専門知識はない一方で、地球での鉄道の知識は有している。それらを元にして、浩一はマーシャに協力をしてきた。
なんならば、そもそも。大元の絵を描いているのは浩一である。
そこで、ふと、思ってしまったのだ。
すごいのは自分ではなく、浩一なのではないだろうか。
隣の芝生は青く見えるのは世の常である。事実如何はともかくとしてそう思えてくるときは訪れるものであり。一度そう見えてくると、だんだんと、なにもかもがそう思えてくる。
要は、自身は模倣なのではないか、と。
まだ最初の頃はそれであっても、浩一の知識を形にすることができるのはマーシャだけであったために特段問題はなかった。メートル原器は魔導銃などがその例だ。
だが、その状況も、変わってしまった。
今は、各地から協力者が集まってくれている。自分である必要性が、相対的に低くなってしまっている。
事実、直近の事例でも、投炭練習場はレナード、隣接の浴場はカイとキットに主導を任せている。
こうなってくると、最初に思い浮かんだ、すごいのは浩一である、という思考が呪いのようにぶら下がってくる。
振り切るためには、どうにかして、自分が役に立つことを証明しなければならない。でも――、
「他の人が一番手につかないところを担当しようとすると、自ずと、俺からのオーダーに目を向けることになる」
「…………」
良くも悪くも、浩一からの要求が最も難易度が高く。それらに目を向ける限り、また、すごいのが浩一であるという起点に戻ってきてしまう悪循環。
これが、直近のマーシャの悩みの原因である。
「まず第一に、俺は別にすごくないということを」
「そんなこと――」
「――言っても意味がないないと、いうことは理解してるよ」
マーシャの反応を予測していたであろう浩一の言葉に、マーシャは目を丸める。
とはいえ、これが意味をなさないというのは無論だろう。今重要なのは浩一がすごいかどうかではない。結局のところ、浩一の知識や案に頼っている、ということである。
ここを否定したところでなんの慰めにもならない。
だから、必要なのは。
「なあ、マーシャ。以前のキャンプで風花が作ったカレー、美味かったか?」
「はえ? う、うん。美味しかった、よ?」
「そうか。……ところで、カレーという料理は、俺や風花が暮らしていた国では、かなりメジャーな料理でな。都合、材料なんかは同じものを用意できないから。他の食材で代用しながら、再現したらしい」
「そうなん、だね?」
突然に始まった料理の話にマーシャが首を傾げる。
「ちなみに、今の話を聞いて、どう思った?」
「え? あいや、おねーさん、すごいねって思った、けど。カレー、美味しかったし」
「そうか。まあ、カレーが美味しいのは俺たちが前暮らしていたところのときから変わらないしな」
「いやいやいや、それを別の材料で再現したおねーさんもすごいって話……で…………」
そこまで言いかけて、マーシャはだんだんと言葉をつまらせる。
どうやら、言わんとしていることが伝わったのだろう。
「たしかに、マーシャの今の仕事が、俺から頼まれたものを再現している、ということ自体は間違いようのないことだろう。だが、当然ながらに俺たちのいたところとヴィンヘルム王国とでは、元々存在している技術や機構などが大きく変わる」
日本に、魔法なんてものはなかったし。
逆に、ヴィンヘルム王国には、ないものも多い。
「もちろん、他の人たちの協力なんかもあっただろう。だが、俺の持っていた知識を、ヴィンヘルム王国の技術や機構で再現してみせたのは。それらを、最も間近で、真剣に行っていたのは。間違いなく、マーシャ。お前だ」
「――っ」
「模倣? そんなわけ無いだろう。マーシャの再現は、ただの模倣などではなく。まごうことのない、発明だよ」




