#109
「こんな感じでどうでしょうか!」
ぱああっ、と。太陽のように明るい笑顔とともに、アイリスは浩一に評価を乞う。
結論から言うと、アイリスはめちゃくちゃに投炭がうまかった。投炭練習機には厚さが一様に石炭が投げ込まれている。
……まあ、なんとなく、察していたことではあるが。
ビーター搗きのときでも最初は力任せにやっていた彼女だが、すぐさま加減やコツを掴んでうまくなって行っていた。
なんならば今回はその時の経験があったからか、最初から力加減は考えつつやれていたし、そのぶんコツが掴めるまでもはやかった。
「ああ、完璧だ。……ちなみに、手前を薄く、奥を厚く、というようにもできるか?」
厚さを均一に、というのはあくまで投炭をする上で狙ったところに投げ込めるかという練習。実際には燃え方や空気の通り道などを考慮する必要がある。
……とはいえ、さすがというかなんというか。そこはアイリス。そもそも均一に投げ込むこともできていた彼女。言われた通りの投げ込み方もすぐに実行できる。
ここまで来ると男としてのプライトとか、曲がりなりにも相手は王女なはずなんだけどとかいう、そういうものがどうでもよく感じてくる。……いやまあ、そんなものはビーター搗きのときにもわかりきっていたことではあるんだけれども、改めて認識させられる。
「あー、アイリ。どうやったらいい感じになるかの感覚とか、わかる範囲でいいからちょっと教えてもらってもいいか?」
なれば、いっそ割り切って彼女に教えてもらえるのならばそのほうが早いだろう。
もちろん、感覚を言語化する、というのもなかなかに難しいものなので、彼女ができたように浩一がすぐにできるというわけにはいかないのだけれども、実際にできている例を見ながら、大雑把にでも感覚を聞きつつやれるだけでも大きな違いではある。
……まあ、アイリスの説明がかなりアバウトだったので、どちらかというと彼女の動きを見本にしたり、あるいは腕や身体などをリードしてもらいながらの練習が一番役に立ったのだけれども。
朝から始めた投炭練習は、休憩を挟みつつ、昼間で続いた。
さすがにここまでやっていると、身体がまだ慣れていないということもあってかなり疲れてくる。
「どうでしょう、お役に立てていますか?」
「うん。間違いなく」
アイリスの指導があったことで、浩一自身の投炭もそれなりに様にはなってきている。とはいっても、アイリスとは違って、技術面体力面ともにまだまだ練習は必要そうだが。
一方のアイリスはというと、今から運転台に立って投炭を担当しても全く問題ないであろうというくらいには仕上がってきていた。なんなら、彼女に担当をしてもらったほうが早いまである。
いやまあ、さすがに王女様に投炭作業とかさせられないけど。……させられないよね?
浩一がこれまで、現在。そしてこれからのことを考えながらに苦い顔をする。うん、アイリスならば間違いなく投炭をやりたいと言い出すだろう。
かほそい糸でなんとか繋がっている首だけれども、そろそろ本気でまずい頃合いかもしれない。アレキサンダーその他皆様に対して土下座をする準備を――って、ヴィンヘルム王国には土下座の文化がないんだった。
それに。たしかに試作した蒸気機関車を試しに動かすから、というのであれば現状の適任はアイリスになるのだろう。だが、それはあくまで一台しかないからであって、実際にヴィンヘルム王国全体に鉄道事業を展開していくことを考えればもっとたくさんの蒸気機関車が同時に走ることになる。
そうなれば、アイリス以外にも投炭ができる人間が必要になるし、そのための教育はしていく必要がある。
あと、人員が増えてこればアイリスがわざわざしなくてもいいだろうし。……蒸気機関車が完成するまでに人員を確保して、そのときに、なんとか頑張って説得しよう。
ただの後回しになっているだけな気もするけど。
「さて。そろそろ昼食にしたいところ……なんたが」
浩一の言葉に一瞬顔を明るく上げたアイリスだが。しかし、その言葉尻に首を傾げる。
「その前に、格好の方をなんとかしないといけないな」
「格好、ですの? ナッパ服のままでは食事をとっていけないなどのルールがあるのでしょうか」
「いや、別にそういうルールがあるわけではないんだが。……まあ、互いの状態を見てみればわかりやすいだろう」
そういうと、浩一はアイリスに向けて身体を見やすいように動かしてみせる。
「ええっと、かっこいいです、よ?」
「お世辞だろうが、まあ、ありがとう」
浩一のその言葉に、アイリスは「……お世辞ではないのですけれど」と小さく返す。
「だが、今はそこは置いておいて。汚れてるだろ? 汗と炭塵で」
「それは、たしかにそうですわね」
むしろそれがちょっとかっこいいように見えるのですが、と。浩一に聞こえないくらいの声でアイリスはポツリとつぶやく。
「……あら? ということは私も?」
「まあ、汗の方は俺ほどじゃないが、炭塵はそれなりについてるな」
特にアイリスの場合、肌も白く髪の毛も綺麗な金色をしているので、炭塵の黒がかなり目立つ。
曲がりなりにも王女であるアイリスにこんな格好をさせ続けるのもどうかという話だろうし、それを抜きにしてもこれから食事だというのに、あまり衛生的な状態ではない。
「というわけで、アイリは身体を洗ってこい」
「わかりましたわ! ……って、あら? 私だけ、ですの?」
炭塵の塗れ具合でいえば、アイリスよりも浩一のほうが酷い。中心となって練習していたのが浩一だということもあるが、それ以上に投炭の上手さも関わっているのだろう。
どちらかといえば入るべきは浩一なのだろうが、入らない。というか、入れない。
「まあ、俺ひとりだと風呂はどうにもできないしな」
ヴィンヘルム王国では、風呂というと基本的にはシャワーを指す。
なんせ、魔法でお湯を準備してシャワーのように浴びることができるので、だいたいの人がそうやって洗身しているからだ。
風花からはたまに「お湯を張って浸かりたい」との申し出を受けるが、その規模のお湯を準備しようとすると、魔法でやるには少々負担が大きい。
とはいえ、魔法によるシャワーで洗身が事足りている以上、わざわざ湯船に湯を沸かす機構など開発されているわけもなく。基本的には、日本人が想像する風呂はない。
可能性があるとすれば、日本でもあったように温泉が湧いている場所なんかを整備するか、そもそもの風呂を開発するかのどちらかであろう。
ちなみに、浩一の普段の風呂は魔道具を使って入っている。カンテラなどと同じように、あらかじめ魔力が込められている専用の魔道具であれば浩一でも使える。
ただ、この炭塵の汚れ様である。宿屋に入ること自体もやや憚られるし、なんとか戻っても浴室内がかなり汚れることになる。
釜屋は風呂屋に嫌われるとは聞いていたが、なるほど、これで風呂に入ろうものならばお湯がダメになることだろう。とはいえ、タオルなどで拭いたところでタオルがだめになるだけだし、風呂でも無ければ落とせないのだが。
「まあ、帰ってから誰かに手伝ってもらうさ」
なんだかんだで、浩一はブラウでもそれなりに面は通っているし、事情を説明したらシャワー程度なら手伝ってくれる人がいるだろう。先の理由もあり、屋外で浴びることにはなるが、ひとまずは目隠しをすればいいだろう。
都合、洗身したあとのアイリスのことを汚すわけには行かないので、箒に同乗するわけには行かないが。ここからブラウの中心までもそう遠くはないし問題はない。
……そういう意味では、洗身用の設備も付設しておいたほうがいいのかもしれない。いや、いっそのことシャワーでも落とすことが大変そうならば、どうにか風呂を設置できたらなおいいか。
ついでに風花も喜びそうだし。と、そんなことを考えていると。
「だだだ、大丈夫ですわ! 私が、コーイチ様の、その、えっと、お風呂をお手伝いいたしますから!」
「……いや、どう見ても大丈夫ではないし。アイリが大丈夫云々以前に立場とかモラルとかが大丈夫じゃないから」
「大丈夫ですから!」
食い気味に、そう押しかけてくるアイリス。いや、大丈夫じゃないんだって。
……これは、本格的にちゃんと風呂の整備を考えたほうがいいのかもしれない。




