#106
アイリスとのお出かけの翌日、昼。
昨日のアイリスとのお出かけは非常に有意義だった。こういう見方をすると呆れられるかもしれないが、ブラウの街について改めて知ることができたし、初めて挨拶する人たちも多かったので、そういう意味でもよかった。まあ、後者についてはアイリスのおかげな側面もありはするが。
……と、せっかくのお出かけを仕事と直結させているとまた怒られそうなものではあるが。そういう側面があった、というだけであり。単純にアイリスとのお出かけは、本当に楽しくはあった。
なにせ、アイリス本人がとても楽しそうにしているのでそれに引っ張られて浩一も楽しくなるし。あちらこちらに引っ張ってくれるので、多少大変ではあるが、それ以上に飽きない。
浩一にはあまりないタイプの興味の持ち方とそれへのアクセスをしてくれるので、そういう意味では非常に相性がいいといえるだろう。
そして翌日の今日も、休日として(マーシャに)設定されたために、いちおう大人しくブラウの宿の中に滞在していた浩一は。
「流通の改善と輸送ギルドのメリット、ねぇ」
相も変わらず、考えごとをしていた。
考えていたのは、フィーリアとの会話。その際に生まれた疑問点。
「他に、なにか思惑があると思うんだよな……」
浩一の現在の立場が、なかば渉外のようになりつつある都合もあり、各所とのやり取りを深めていく過程で、政治――とまではいかないまでも、様々な立場の思惑や意図を、多少理解するようになってきていた。
とはいえ、まだまだ付け焼きの浅知恵。わからないことも多い。
「まあ、こういうことは、たぶんアレクのほうが詳しいよな」
またそのうちに王都に戻ることになるだろうし、そのときに相談でもしておこうか、と。
そんなことを考えていると。
「あら、お兄さまがどうかいたしましたの!?」
ひょこっ、と。扉を開けながらにアイリスが顔を出してくる。突然のことに浩一が思わずギョッとした様相を見せながらに「……ノックは?」と
聞くと彼女は慌てて謝しながらに、いつものごとく入室からやり直す。別にそこはやり直さなくていいんだけども。
「お兄様のお名前が聞こえたので、つい」
「……ははは」
努めて、平静を保つ。別にアレキサンダーの名前を出していたからと言ってなにか問題がある、というわけではないのだが。最近の浩一はアレキサンダーにも愛称で呼ぶように言われている都合で、つい、アレクと呼んでしまっていた。……とりあえず、アイリスは気づいていないか、あるいは疑問に思っていないようでよかった。
アイリスもアイリと呼ばせているから彼女自身気にしていないかもしれないが、だとしてもいたずらに公にするような話でもない。
(気をつけないとな)
あんまり慣れてくると、それこそダメな場面でついつい口をついて出てしまいそうなものである。いや、すでに何回かアイリスの方ではやらかしているが。
「それで。アイリが尋ねてきたってことは、なにか用事か?」
「いえ。そういうわけではありません。……っと、ええっとたしか、こういうときは。――よ、用事がなければ来てはいけませんか?」
「いや、別に問題はないが」
小言でなにやらつぶやいてから、なぜか、やたら台詞めいた言い方でそう言ってくるアイリス。
言い回しにしても、どこかで聞いたことがあるような文言。まあ、おそらくは風花あたりになにか仕込まれているのだろう。なんの目的かは知らないが。
「まあ、用事については、強いていうならば、コーイチ様がお仕事をされていないかの様子を見に来た、という側面もありますが」
「あー……してないぞ、たぶん」
浩一の言葉に、アイリスは「たぶん?」と首を傾げる。
仕事に関連する考え事ははたして仕事に入るのだろうか、と思ったためではあるが。ここでその話を出すのは藪蛇だろう。
「しかし、ここに来ても特になにかあるわけじゃないぞ?」
「はい、それで問題ありません!」
ニコニコしながらに、そう言ってくるアイリス。
それでいいのかと思わなくもないが、本当に楽しそうに浩一のことを見つめているアイリス。……いや、マジでなんでこれでいいんだ。
しかし。なんだかんだで、アイリスとこうやって交流している時間も増えてきたなあ、と。最近のことをしみじと振り返る。
だいたいは件の夏休み前後からではあるが、体感としてアイリスからのスキンシップが減った一方で、同じ空間にいる、ということが増えたような気がする。
まあ、浩一の休みのタイミングで、こうしてアイリスが監視も兼ねてやってきているから、ということもあるのだけれども。
そういえば、時期としてはアイリスが一度、体調を崩したタイミングでもあるか。
……そういう意味では、やっぱりしっかりと体調管理のためにも休まないといけないのか。
浩一が休まないとアイリスも休めないだろうし。
「とはいえ、この距離感というのも、なんだかなあ」
「?」
浩一のつぶやきに、アイリスは首を傾げる。
なんでもないよと。小さく笑みを浮かべながらにそう言うと、なぜか顔をそらされてしまった。
……ええ。そんなに信用ない? 今のやり取り。いやまあ、実際、なんでもなくはないんだけども。
アイリスの距離感とか態度とかを見ていると、どうにも多少思うところはあるわけで。
相手が王女である、ということをしっかりと頭に入れておかないといけない。
以前までのやり取りの方ならば、それこそ妹であるとか仲の良い友人であるとか、そういう関係性に近くはあったんだけれども。
……まあ、外ではこういうことが少ないし、まだいいか。
事情を把握している知り合いに見られる分にはまだいいだろうし。フィーリアあたりに見られると、それはそれで少し厄介だろうが。
「しかし。鉄道事業もかなり進んできたな」
ぽつり、と。窓から外を眺めながらにそんなことをつぶやく。
エルストと並んで鉄道事業開発の中心になっているブラウなだけはあり、その様子を程度見ることができる。
線路が敷設されており、は馬車鉄道が往来している。駅舎も簡易ながらに建設が進められていて、最低限の機能は備えている。
当初の目的であった蒸気機関車についても、主要部についてはある程度の目処がついている状態。設計が必要なものがいくつかと。あとは全体をどう組み合わせていくか。
ここまで来た、と言うにはまだ早いけれども。
いつの間にやら、後ろ側には随分と長い轍が続いていたものである。
「そろそろ、準備をしていく必要があるかもな」
「準備、ですの?」
コテン、と。首を傾げるアイリス。
そもそも、その準備を今進めているところではないだろうか、と。
地図は風花が中心となって進めてくれている。
蒸気機関車の本体はマーシャたちが。
線路はレオたち実働隊が浩一やルイスの指揮の元で伸ばしていっているし。
その線路を敷くための交渉は、浩一とアイリスが行っている。
あと必要な準備とは、なにがあるのでしょう、と。そんな疑問を抱くアイリスに。
「馬車鉄道……というか、馬車の動力は馬。箒で言うなら魔力だよな?」
「ええ、そうですわね。そして、蒸気機関車の動力は蒸気機関。その目処は先日経ったところで」
そう。蒸気機関車の目処は立った。
だからこそ、コレが必要になる。
「ただ、馬車も、箒も。動力があるだけじゃあ動かない。いや、馬車は動き自体はするかもしれないが、それは動いているというよりかは暴走している、だな」
その言葉に、気付かされたようにアイリスは目を丸める。
馬車を動かすには、馭者が。箒を飛ばすには搭乗者が必要。
そして、無論のことながら。それは、蒸気機関車も例外ではなく。
「蒸気機関車には、機関士が必要だ」




