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#105

「はう……私、なんてはしたない真似を……」


 フィーリアと別れてから、しばらく。

 恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしつつ俯き気味にアイリスがそう言う。

 無論、恥じているのは先刻のことである。


 浩一とのふたりきりの時間が確保できた、というその過程はいい。アイリス自身望んでいたものだし、それ自体が少し恥ずかしくはあるものの、幸せなもの時間だ。

 だが、その過程がよろしくない。


 半ば強引気味にフィーリアの好意を無碍にして。そしてそんな様子を浩一に見られて。

 到底淑女のやるべき行動ではないだろう。ましてや、王女の立ち居振る舞いではない。これについては今更だという声もありそうだが。


 ……それでいて、こちらの動向に乗じられ、フィーリアにはちゃっかりデートの約束を取り付けられているし。


 わかっていたことではあるが、フィーリアが浩一に気があるということは間違いない。

 まあ、これについては、風花やアイリスから教えてもらって、理解していたことではあるけれど。


 そして、浩一とのやり取りを見るに。おそらく告白まで済ませている、というのは風花の談。

 その上で、まだ告白への返答はしていないだろう、とも。


 つまり、まだアイリスにも勝機自体はある。

 ただ、それと同時にうかうかもしていられない。

 たしかに浩一はフィーリアからの告白についてを現状保留している。だが、それは浩一が自身の感情ややるべきこと、立場などを鑑みた上で。それらを整理する時間がほしい、という目的での保留である。

 フィーリアにとっては、焦らされる時間が長引くという点では悪いことではあるが。しかし、その間に浩一に対してアピールをすることができる、という点では一概に悪い点ばかりとも言えない。

 なんせ、ただでさえ朴念仁である浩一に対して、こちらの好意を意識させた状態でアタックしていけるということであり。意識をさせる、という意味ではこの上ない条件といえるだろう。

 なんなら、告白への即時の回答であれば断られていたかもしれないところを、アピール期間が設けられたことで受けてもらえる確率が上がってるとも考えられるわけで。


 だから、猶予の時間であると同時に、アイリスにとっては制限時間でもある。


 第何回だったかは覚えていないものの、浩一被害者の会(という名のアイリス恋愛相談会)にて、早くにアタックしていかないとフィーリアにかっさらわれかねない、とせっつかれている。

 アイリスとて、それはわかっている。だからこそ、頑張ってはいる、つもりではある。

 ……いや、事実として頑張ろうとはしているし、勇気はかなり振り絞っている。今の状況だって、きっかけこそマーシャに与えてもらったが、それを実現し、維持しているのはアイリスの頑張りがあってこそ、である。


 だが、


「……大丈夫か? なんか、調子が悪そうだが」


「だだだだ、大丈夫ですわ!」


 あれこれぐるぐると思考を回しているだけに、軽く頭がオーバーヒートしているアイリスの様子を見かねて、浩一がそう声をかけてくれる。

 アイリスとしてはなんでもないように返答をしたつもりなのだが「どう見ても大丈夫そうではないんだが」と浩一が心配そうな表情浮かべている。


 しかし、本当に大丈夫なのである。気が動転しているというのは事実にしても、体調面に於いては以前のソレとは違って問題はない。

 むしろ、ここでこのチャンスを不意にするほうがアイリスにとっては問題であって。


 アイリスとて、負けたくはない。浩一に対する好意は彼女にとって初めてのものであって。そして、とても、大切なもので。

 だからこそ。最初はリードを得ていたはずなのに、いつの間にか遅れを取っている現状から、なんとか追いつかなければ。いや、追いつき、追い抜かねばならない。


 フィーリアが浩一に対して告白を行った。

 ならば、アイリスも同じ土俵に立つには、浩一に対して、自身の想いを言葉として伝えなければならない。


「えっと、その。コーイチ様」


 高鳴る心臓を頑張って抑えながらに、そう、声をかける。


「あの、その。私、す、す……好き――」


 頑張って、想いを。


「――な食べ物を、お聞きしたくて。はい、コーイチ様の。せっかくならば昼食はコーイチ様の好きなものをと、ええ」


 日和って、しまう。

 そもそも、素直に好意を口にできていたならば、こんなに事は難しくなっていない。


(わかっては、いるのです。伝えなければならない、と。言葉にしなければ、始まりすらしない、ということは)


 なんなら。ひとり、部屋の中で想いを伝える練習なんてことまでやっていたりする。

 けれど、そんな理解や努力とは裏腹に。浩一の顔を見て、想いを伝えようとすると。顔がひどく熱くなって、喉の奥でつっかえてしまう。


 浩一も浩一で、そんなアイリスのやや不自然な話の繋ぎ方があったというのに。「たしかにそろそろお昼時だしな」と言いながら、質問に対して生真面目に考えていた。

 要はこのふたり、とてつもなく相性がいいと同時に。こと恋愛面の、思いを伝え合うというその局所的な側面に於いては、絶望的なまでに噛み合わせが悪いのである。






「それで、目立った戦果もなく、惨敗して帰ってきた、と」


 夜。ほっぺたをペンの尻でツンツンと突かれながらに、マーシャに詰められるマーシャ。

 戦果ゼロでは、ゼロではありません……! という否定、もとい苦し紛れの言い訳を口から放つも「じゃあ、進展は?」という言葉で黙りこくってしまう。

 想いを伝えられなかったのは百歩譲って、もとよりマーシャも想定していた範囲なので、いい。

 だが、ではどんなアピールができたかといえば、ほぼ無いのである。

 元々のアイリスと浩一の距離が(主には好意に自覚する前のアイリスのせいで)異様なまでに近かったがために、生半可な行動では意識させるにも至らない。

 そのくせ、浩一への感情をなまじ自覚してしまったがために、当のアイリスがことごとくの行動に二の足を踏んでしまうのである。

 今日のリザルトといえば、いちおう手は繋いだが。どちらかというとフィーリアのいたところから連れて行くために握ったという方が正確だし、出会った当初でもやっていた行為である。……なんなら、当時のほうが気兼ねなく握れていたのでもっと距離は近い。


「せめて、想いを伝えることができればねえ」


 マーシャが小さくそうつぶやく。

 いくら唐変木の浩一とはいえ、フィーリアとの応答を見るに、向けられた好意を認識した上では、その相手の一挙手一投足にどうしても意識が向いている素振りがある。


「せめて、顔を見ずに伝えることができれば……それが……できれば……」


「じゃあ、おにーさんに扉の向こうで控えてもらって、そこで告白する?」


 マーシャの提案を想像してみるが、あまりにもシュールな絵面すぎて却下以外の選択肢がなかった。

 あと、たぶんそれでも恥ずかしくなって言えない気がする。扉ひとつ挟んだ程度では、そこに浩一がいる気配が感ぜられてしまう。


 要は、物理的な距離が必要だ、と。そう言っているわけである。

 もちろん、だからといって想いを叫ぶ、とか。そういうのは無しで。


「なかなかな条件を付してきたねえ」


「言っていて、これがただの体のいい逃げ道だ、ということは理解しているのですけれど」


 とはいえ、今のアイリスの精神状態ではこれが精一杯だったりする。

 けれど、だからといってフィーリアのことを考えるとおちおちもしていられないわけで。


「……いっそ、アイリちゃんとおにーさんを、告白するまで部屋の中に閉じ込めておいたほうが早い気がしてきた」


「恐ろしいことを言わないでくださいませ!?」


 ぽそりとつぶやかれた言葉に、アイリスが大きく身体を震わせる。


「んー、でも。わかった。要は、面と向かわない状態で、言葉が伝えられればいいんだよね?」


「ふぇ? え、ええ。そう、ですが」


「わかった。なら、私も頑張るから。アイリちゃんも頑張ってね!」


「……はへ?」


 ぽん、と。叩かれた肩。

 なんのことだとアイリスは首を傾げるが、マーシャはなにも言わずに、いい笑顔で返してくるばかりだった。

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