#104
「おにーさんはとりあえず、ブラウにいる間はできる限り休むように!」
正直なところ、周りがみんな働いているのでどうにもソワついてしまうところもなくはないのだが。マーシャと、それからアイリスからチクチクと言われ続けてしまっては浩一とてそうせざるを得ない。
まあ、マーシャの言うとおり、ブラウについてはキチンと見て回っていたことはないからいい機会ではあるし。一緒に回ってくれるアイリスも乗り気らしい? のでちょうどいい話ではあるだろう。
……あれは乗り気、ということでいいんだよな? 本人もそう言ってたし。たぶん。
ブラウの街は物作りが盛んというだけあって、エルストよろしく街中には常に音が賑わっている。
だが、主には金属音中心であったエルストとは違い、こちらではもっと多種多様な音が聞こえてくる。
その他に大きな違いといえば、やはり、主な人口がドワーフであるということだろう。
どちらかというと、マーシャたちがいる工房が、各地から多種多様な人が集まってきている例外である。
ドワーフは基本的には浩一たちよりもひと回りほど身長が低く。しかしながらそれでいてしっかりとした筋肉が備わっている。
いちおうは浩一もヴィンヘルム王国に来てからそれなりに鍛えているつもりだったのだが、彼らに比べれば全くである。まあ、普段から活用されている実用の筋肉にはそうそう勝てはしないだろうが。エルストでも同じくだったし。
また、ドワーフはその身に備えた筋力に加えて、自分自身の身体能力を魔法で強化することに長けているため、見た目以上に力が強い。
魔力操作の繊細さに長けているエルフとはまた違った方面で物作りが得意な種族である。
そのため、大型の家具や家の製作などになると、ドワーフの右に出るものはいない、とまで言われるほどである。
そういった都合もあり、ドワーフの家具、というと高級品のひとつでもある。
「ただ、その理由の一端にあるのが、輸送費。なんだよな」
「そうですわね」
浩一のつぶやきにアイリスがそう答える。
もちろん、ブランディングによる価格の高さもありはするが、それ以上に運搬にかかる費用の面が大きいというのもまた事実ではある。
なにせ、大物の家具となるとその重量は馬鹿にならない。軽いけど大量に必要、という食塩などとは違い、箒でのそもそもの運搬が不可能である。
更に言えば、必需品というわけでもないために、購入費用についての補助も存在していない。
だから、と。浩一が言葉を続けようとしたところで。ふたりの後ろから声が聞こえてくる。
「ええ。ですから購入者にとっても。そして、製作者であるドワーフたちにとっても。なんなら、運搬を行う輸送ギルドからしても現況は好ましいものとは言えないんです」
「っと、誰かと思えばフィーリアさん。お久しぶりです」
浩一たちの会話に割り込むようにして補足をしたのは、ブラウの属するアルバーマ領の領主の娘、フィーリアであった。
「もう、コーイチさんったら。いらっしゃるのならご連絡をいただければお迎えに上がりましたのに」
振り返った浩一に対して、ずいっと一気に距離を詰めてくるフィーリア。
浩一は一瞬たじろぎながらも、あはは、と小さく苦笑いを浮かべて。
「いやいや、フィーリアさんもフィーリアさんで忙しいでしょうし」
「ふふっ、そういうことにしておきましょう」
そんな浩一の様子を見て少しばかり満足したのか、彼女は小さく微笑みながらに元々の距離に戻る。
告白以降、こういうからかいが増えたような気がする。隠す必要がないから、なのだろうがどうにも心臓にはよろしくない。
……まあ、これに関しては答えを返せていない浩一が圧倒的に悪いので、文句をいえる立場にはいないのだけれども。
「アイリス様も、お久しぶりです」
「……お久しぶりです、フィーリア様」
アイリスにしては珍しく、他者への挨拶で少しばかりムッと不機嫌そうな様相を見せる。
なにかあったのだろうか、と。少しばかり考える。そういえば、フィーリアと出会ったばかりの頃の夜にもそんなことがあったようななかったような。
いや、あのときの不機嫌は全く別の理由だったか?
「しかし、輸送ギルドからしてもあまり好ましくないってのはどういうことです?」
買い手や売り手からしてみれば、現状の家具の高騰についてのデメリットは理解ができる。
買う側からしてみれば単純に安いほうが利があるし、売る側や作る側からすると、途中の手間賃で釣り上がる分買われにくくなるわけで、利益の割には売りにくい、という自体になる。
だが、輸送ギルドはその合間の手間賃を得るわけなので、あまり影響しない。たしかに改善して販売数が増えれば仕事量自体は増えるだろうが。
むしろ流通が改善して仕事が減ってしまった場合は不利益となりかねない。
「まあ、仕事が減るのは不利益にはなるのですが。それが、リスクのある仕事であれば話が変わるのです」
誰しもが箒での移動という機動力を得ているがゆえに、ヴィンヘルム王国では陸路が発達していない。そのため、重量物の輸送などには長時間、あまり舗装されていない道を馬車などでゆくことになる。
十分な舗装がないために振動などから商品に瑕疵が発生してしまえばそれは輸送ギルド側の責任になってしまうし、遅さゆえに賊などに狙われた場合に逃げ切る手段がほぼない。
もちろんそれらを加味して高めの輸送賃を設定しているし、そもそもの運搬を丁寧にするのは当然に行っている。また、護衛を雇う、あるいは自力での撃退手段の確保などの対策してはいるが。それでもやはりリスクの大きい仕事である。
特に、それが高級品でもあるドワーフの家具ともなれば、なおのこと。
「……なるほど」
たしかに、輸送ギルドからしても好ましい仕事は言いにくいのかもしれない。
そう考えると、競合となるはずの鉄道事業に対して、セリザが思いの外好意的かつ協力的、というのにも理解はできる、か?
……いや、それにしても、アレは過剰であろう。なにせ、自身たちに好ましくない仕事が減る一方で、鉄道事業はその他の仕事も同時に奪いかねない。
それを、ただ諸手をあげて喜ぶ、というわけがない。
そこまで考えが至っていない、という可能性もなくはないが。最初に会ったときの感覚に従うのならば、セリザに限ってそれはないだろう。
ならば、なぜ――、
「……様、コーイチ様!」
アイリスからの揺さぶられる感覚で、浩一は思考の海から一気に意識が引き戻される。
「んもう、さてはなにか、お仕事に関係することを考えていましたね?」
「……うっ」
なんでわかった、という表情を思わず浮かべてしまう。
それを見たアイリスはため息をつきながらに、今はお休みなのですから。と、
「そうでなくとも。せっかく、その、ええっと。デー…………、一緒にお出かけをしているのですから、あんまり放置するのはよくないかと」
「ああ、それはそうだ。悪い」
街の様子を見て、共有した内容が鉄道事業のことに関係している、というくらいならまだしも。ひとりで考え込む、というのはたしかにアイリスに対して失礼であっただろう。
「あら、ちょうど私も今はお休みですし。コーイチさんとアイリス様がご一緒にお出かけされているのでしたら、よろしければ私もご一緒しても?」
フィーリアが首を傾げながらにそう言う。
浩一もアイリスもブラウの街については詳しくないし、識者であるフィーリアに案内してもらえるのならばありがたい、と。
「ああ、それは――」
「だ、ダメですわ!」
いいぞ、と浩一言おうとしたその隣で、アイリスが慌てた様子でそう言う。
その様子に浩一がポカンとしていると。彼女はさらにあわあわと慌てながらに言葉を紡ぐ。
「ええっと、その。今日は私とコーイチ様が、その、ふたりっきりで。ふたりっきりで! お出かけをするので!」
ああ、そういえば謎にマーシャからそんな念押しをされていたな。なるほど、そこを気にしているのか。
「ということらしいので。すみません、フィーリアさん」
「いえいえ、そういうことでしたらまた日を改めてでも。それこそ、私ともふたりっきりで」
「……ははは、まあ、お手柔らかに」
楽しげな表情で言ってくるフィーリアに、俺は苦笑しながらそう答えた。




