相克2
つうか天使も悪魔も本来は肉体持ってない設定の筈なのにアンデッド化とかなんという無茶をするんだ。
ゾンビ化したのとスケルトン化したのが混然としていてまさにカオスな軍団になっていた。
サーラも運営側とはいえやることが突飛に過ぎる。
デーモンの眼窩の目が紅く光る。エンジェルも高らかに歌い始めていた。
魔眼による呪詛、そして歌による加護が幾層にも重なり空間に溢れ出していた。
どちらも厄介だ。
空間そのものを歪ませている結界がいくつも混在しているのが見えていた。
オレが得意にしているショートレンジでの転移魔法と奇襲は使えそうもない。
とはいえ。
やはりオレの長所を潰して短所を衝く戦略を選択してくるのは承知済みだ。
奴の強力な手持ちカードになる魔法生物召喚は恐らく使ってこない。
オレの持つショートソード1対にはMP吸収があるからだ。
アンデッドを使ってくるだろうとは思っていた。MP吸収が全く使えなくなるしな。
ただ想定していたアンデッドじゃなかっただけだ。
魔法による強化は当然可能な限りやっておく。
【知覚強化】【知覚拡大】【身体強化】【代謝強化】【自己ヒーリング】【魔力検知】【重力制御】【野駆け】そして【自己加速】だ。
日本刀の鯉口を切ると手近な相手と切り結ぶ。
ショートソードの出番はまだ先だ。
既に最初の魔法式構築は終えているが微調整が必要になる。
なんせ相手が多い。
下手するとサーラが蒸発同然に消えてしまう。そこまで酷い事にしたくない。
その最初の魔法式構築の残滓が日本刀にも宿っていた。
空間そのものを削っている、といえばいいのか。
刀で斬るついでに空間が断たれている、といえばいいのか。
ちゃんと指先に魔物を斬っている手ごたえが残っているのが不気味だ。
刃が届いていない所まで斬れているのは相変わらずだが、今日は一段と酷い。
天使も悪魔もサイズはオーガに匹敵するのだが胴体が両断されているのだ。
一体どうなっている。
腰元のショートソードに2つ目の魔法式を構築しながら戦い続けていく。
調子が出てきていた。
空中から殺到する魔物は無視した。サーラの壁になって立ちはだかる天使と悪魔の群れに突っ込んだ。
スピードで撹乱を狙いつつサーラへ肉薄していく。
大群で物理的にオレの対処能力を超えて飽和させたかったんだろうな。
だが今のオレは前作よりも速い。
理由なんて分からないが、確実に速い。
だがこいつらが強敵なのも間違いない。
共鳴振動が絶え間なく襲ってくる。
地面のあちこちが赤熱していてマグマが流動化しているようだ。
マグマの槍が次々と生成されてはオレに襲い掛かってくる。
この攻撃方法は前作でオレがやってた事だ。
そう、サーラはこの手順を知っている。
先手を取られた、か。
壁になっていた天使2体を左右に両断すると目視距離でサーラが見えた。
用意していた呪文なしで片がつくならありがたいが。
恐らくはもう何手か、オレも知らない手札を持っているだろう。
サーラが地面に剣を突き刺した。
空間が目に見えて歪む。何か大きな力が作用している。
さあ、何が来る?
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アンデッド化した天使と悪魔は300体を下らない筈だ。
それなのに。
彼は何匹も屠りながらこちらに迫ってくる。
彼が重ねてあった防壁を潜り抜けて迫ってくる。
ある程度、こうなることは予想できていた。問題はない。
彼の動向で不思議なのは魔法だ。
例のショートソード1対を使っていない。
動きからして自己強化用の魔法で戦闘力の底上げはしているのだろうが、それだけで対抗してくるつもりなのか?
そんな訳がある筈がない。
彼は精神魔法を中心に組み立ててくる。
その応用範囲は広すぎて全てに対抗策を講じるのは得策ではない。
だから物量で攻める。
配慮すべき点は絞ってある。
MPを供給させないこと。
それに精神魔法はその効果の割りにMPの消費が激しい。アンデッドの大量投入は当然の選択だ。
もう一点、転移魔法を使わせないこと。
彼に背後をとられてはならない。天使の歌声で空間そのものを常時振動歪曲させていることで解決した。
時空魔法の転移もそうだが、転移先の座標を知覚認識できなければ跳べないのだ。
どうしても、跳べない。
それでも機動力で接近することもあるかもしれない。
実際、彼は目で表情が窺える距離にまで迫っていた。
次の手を使おう。
確実に、勝てる。
それだけの準備をしてきてあるのだ。
かつてのカウンターストップ全員が揃っていてもこの戦力に対抗できないだろう。
今の彼にこれを凌ぐ手札がある筈もない。
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いきなり不可視の結界がサーラを中心に出現していた。
いや。
風景そのものが歪んでいる。
この情景には覚えがあった。
幻覚攻撃?
いや、光学的に風景を歪めるやり方だ。力技だが一体どうやって?
そんな疑問を考えている余裕もなかった。
何もない筈の方向からブレスが飛んできた。
視認できていたからなんとか【位相反転】が間に合った。
だがブレスは一条だけでなく連続で襲ってきていた。
足を止めずに高速機動を続ける。
天使や悪魔の影を選んで回避を続ける。サーラから距離をとる形になってしまったのは痛い。
だが引き換えにサーラが何をしたのかが知覚出来ていた。
一瞬、幻影が途切れた。
明らかに巨大な影が視認できる。
それも4つ、だ。
2頭のドラゴン。
2人のジャイアント。
そして全てがアンデッドのようだ。
ドラゴンゾンビにスケルトンドラゴン。
ジャイアントゾンビにスケルトンジャイアント。
徹底してるな。
前作でオレ達が倒した究極の魔物をこんな形で再利用してくるとは、ね。
どうやらサーラはこのアンデッド4体を自らの防御に回す構えだ。
攻防両面で鉄壁を作られてしまった。
そして周囲には有象無象のアンデッドの群れだ。
転移はできそうにない。
殺到する天使と悪魔のアンデッドを刀で薙ぎ払いながらサーラの行動にも注意を払う。
彼女の周囲からドラゴンもジャイアントも動く気配がない。
だがこちらに向けて遠距離から攻撃を仕掛けてくる。
ドラゴンのブレスとジャイアントの魔法が一斉に放たれようとしていた。
やばい。
刀で斬り結ぶのが楽しくなってきた。
いや、最初から楽しんでいた。
最上位種のドラゴンやジャイアントのアンデッドを前にしていても驚きがなかった。
もう全てを終わらせるつもりでここに来ている。
何がいようと一緒の筈だったのに。
もっと見てみたい。
もっと戦っていたい。
口の端に笑いがこみ上げてくる。
既に両手に【相克の指輪】は嵌めてある。
両拳をぶつけ合うと発動するだろう。
だが今はこのまま終わらせるのが勿体無かった。
2頭のドラゴンからブレス攻撃が同時に放たれた。
空間そのものを歪曲して防御を図る。同時に【位相反転】を用意する。
ジャイアントから時空魔法の加重系攻撃が飛んできていた。
空間そのものに介入してくる。
こちらの魔法構築も困難になりつつあった。
同時に天使と悪魔のアンデッド達も殺到してくる。
捕まると面倒だ。足を止めずに連続で返し技を放つ。
直撃は今の所ないのだが広域攻撃魔法の余波までは防ぎきれていない。
防具が優秀だから助かっているが痛みはそうはいかない。
痛い。
痛いよな。
だが痛みがあるうちはまだ生きているってことなんだろう。
面白いように魔物を両断していく。絶好調だ。
何度かはドラゴンの足元にまで迫るが空間断層結界が邪魔で中に潜り込めない。
逆に四方八方から岩塊が飛んでくる始末だ。
なんとか避けるが今度はその岩塊がマグマと化して蛇のようにオレを襲ってくる。
戦闘を楽しんでいるような場合じゃない。
それでも、笑っていた。
なんでだろう、オレは笑い続けていた。
凄いな、サーラ。こんな奥の手を使ってくるか。
でも一方的に叩かれるのは性に合わないんだよな、オレって。
準備は整っている。
あとはサーラを一撃で殺さないように注意しなければならない。
それが問題だ。
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完全に包囲した。
ドラゴンとジャイアントの作り出す防御結界は完璧だ。
その上で遠距離攻撃も行使できる。
敗北する要素は見当たらない。
その筈だ。
だが一抹の不安が残る。
彼はまだ何も手の内を見せていない、気がする。
一体何をしようとしているのか。
この状況を打開する手札があるとでも?
考え難い。
アンデッド達の包囲の輪を固めていく。
その上で積層状に放たれるブレスと魔法で仕留める。
それでもう終わりにするのだ。
それでいい。
一瞬、風景が大きく歪んだように見えた。
ジャイアントの放つ広範囲雷撃呪文で彼の周囲はズタズタになっている。
周囲は溶鉱炉のような有様で天使も悪魔も空中から地上にいる彼を遠距離攻撃し続けていた。
そろそろ彼の防御手段も途切れるだろう。
彼の姿を再確認する。
さすがは竜革の鎧は強固で微塵の揺るぎもないように見える。
そろそろ近接攻撃で動きを止めに行こう。
2頭のドラゴンを前進させる。
元深淵竜と水晶竜は溶岩で充満した地上を何事もなく進んでいく。
その2頭の上半身が同時に大きく削られた、ように見えた。
だがそこはアンデッドだ。何事もなく彼に近寄っていく。
今、何をした?
天使と悪魔の包囲の輪を縮めてやる。
だが天使も悪魔も次々と消えていく。見ているとまるで冗談であるかのように。
一体何をした?
背後に控えていた2人のジャイアントの頭部が消失していた。
上半身が虫食いのように欠けていって消えていく。
下半身も同様だ。
目の前で彼を抑えている筈のドラゴンも巨大な体躯が次々と欠損していく。
悪夢だ。
周辺に展開していた防御結界が全て、まるで紙切れのように破られていた。
一体、どうやって。
あれほどいたアンデッドの軍団が全て消えうせていた。
今や私の目の前に彼はいた。
「一体、何をした?」
「聞くのがそれか」
「敗北したのは分かる。何で私は負けた?」
彼は手袋を外すと指輪を見せた。
「ズルしてたのさ」
「?」
「前作で理論だけはあっても実現不可能だった魔法だ。これがなきゃ今もできない」
意味が分からない。何をしたんだ?
「名付けるとしたらマイクロブラックホール・スリングって所だ」
「ブラックホール?」
「ああ」
彼が刀を抜いて迫ってくる。
私も剣を構えた。
敵わないことを知っているというのに。
「何故今まで使わなかった?」
「見ての通り。魔物を倒しても何も残らないからだよ」
「それだけ?」
「ああ」
無造作に刀をぶら下げただけに見えていた光景が変化した、と知覚した次の瞬間。
私は地面に倒れ伏しているのを知った。
痛みが滲んで来るようだった。久しぶりに感じる痛みだ。
「随分と乱暴ですまないがね」
まるで済まなそうな顔をしていない。
やっぱり大嫌いだ。
「これもオレの流儀だ。根こそぎ渡して貰う。管理者パスもオレのパスも、な」
彼の手が私の額に当てられた。
精神に侵入してくるつもりだ。だが体の各所で悲鳴を上げている痛みのせいでそれどころではなかった。
私は意識を手放すしかなかった。




