誓約
「改めてお詫びせねばなりませんね」
えっと。
もしかして。
「罠、ですかね?」
この女神様、ペルセフォネーからはまるで敵意を感じないが、僅かに何かが揺れるような幻覚が起きた。
オレの【魔力検知】で知覚できる許容範囲を超えているようだ。
サーシャ達の怯える様子が更に進む。
「ええ。罠を仕掛けたのは私です。どうしてお分かりに?」
「大地」
答えた言葉はそれだけだった。
それだけじゃ許してくれそうもないが。
「何故そう思いました?」
オレの頭の中から強奪していっても良さそうなものだが。
神様なんだし。
「大地母神ガイア、そして女神デメテル、それに貴方。共通するのは大地に祝福を与えている女神。その眷属は地面に触れていたら不滅じゃないかな?」
地面を見る。
敵もオレ達も地面に足をつけて戦うことが当たり前だから気がつくのが遅れた。
ギリシャ神話にも大地に触れるだけ何度でもで蘇る巨人がいた。名前は失念したがガイアの息子であった筈だ。
その巨人は英雄ヘラクレスの持ち上げられたまま殺され、蘇らないように彼の土地から離れて止めを刺したという。
まあ神話なんだけど。
「ヘパイストス、貴方が憂慮するのも分かる気がします。しかし何かを得ようとするのならば先に何かを失うべきなのです」
そう言い遺すと彼女はサビーネに近寄っていく。
サビーネはまだ突撃槍を構えたままだ。攻撃可能な範囲に無造作に進入してくる。
女神は彼女の前脚に軽く触れたように見えた。
サビーネの体から痛みが消えていくのを感じる。
敵意はないぞ、という意思表示か。
(全員、武器はしまえ)
サーシャ達に念話で命じる。
宙に浮かぶ各々の武器を【誘導】を調節して手に取らせる。
オレもショートソード1対を手に取ると鞘に納めた。
遠くにまだ形成してあるプラズマ渦は解呪する。
こっちも意思表示だ。行動で見せる方がいい。
こちらが剣を納めたのを見て女神が微笑んだ。
彼女もまた行動で意思を示してくる。
カティア、サーシャ、ラクエルへと順番に抱きしめていく。
「あら?」
ラクエルの所で一瞬驚愕の表情を見せた。
すぐに泣き笑いの顔になる。ラクエルとの間に何が起きたのか、オレに伝わってこない。
まあこの様子なら心配するような事ではないようなのだが。
「ありがとう」
改めてラクエルを女神が抱きしめる。その背中をラクエルがさすったりポンポンと軽く叩いたりしていた。
ちょっと。
女神様に何やってんのラクエル。
オレにも抱きしめようとするのを手で制しておく。
手を出して握手を求めた。
女神様は握手をしたことがないようだ。ちょっと困惑している。
強引に手を取りシェイクハンドだ。
「これも挨拶とさせて下さい」
「え?ああ、はい」
なんかこの女神様、サーシャに通じるものがあるぞ。
「協力して欲しい、と言ってましたが?」
「ええ」
「何を、ですか?こう言っては何ですがオレ達は神様の力にまるで遠く及ばないでしょう?」
「それでも確信できます。貴方はこの世界にあっては確実に異端なのです」
「・・・」
「その証拠に貴方が如何なる者なのか、見抜くことが出来ないのです」
その言葉を別の声が継いだ。
『そなたとは一度だけ遭遇したが』
緑のドラゴンはその場で臥せって首をオレに近付けてきていた。
他のドラゴンもまた地上に臥せって話を聞く構えだ。
山が6つ、目の前に出来たようにも見える。
『何者であるのかまるで見抜けなかった。従者は見えておったから間違いようが無い』
巨人達もまた座り込んだ。全員、胡坐だ。
筋骨隆々な男ばかりだから男前な事この上ない。
『ワシ等も同じじゃ。この者は曲刀一つだけの軽装で突如ワシの見ておる前に出現した』
え?
そう呟いたのは最も高齢に見えるフロスト・ジャイアントだ。
『ワシ等は可能な限り人には干渉しないのが掟じゃからな。見逃したのじゃが』
まさか、最初にログインした所を見てたのか?
そういえば初出現ポイントはタウの村から見てもかなり標高がある場所だ。
フロスト・ジャイアントの縄張りがあってもおかしくない。
『ワシもまたこの者の本質を見抜けなかった。そして思い出した』
「それが最初のきっかけでした」
女神がオレに語りかける。
『遥かな昔、そなたの如き者は数多くいた筈なのじゃ。その中の幾人かとは我が仲間と戦い敗れておる』
「しかし、私達のような神々にそのような記憶がありません」
緑のドラゴンが言葉を継ぐ。
『我等は神をも滅ぼす力を与えられ、この世に君臨することを許されてきたのだが』
他のドラゴンがその言葉を繋いでいく。
『だが我等にはそう命じた主がいた筈』
『思い出せぬ』
『人と戦うことを命じられた2柱の竜は敗れ去った』
『そなたらの身に着けた武具に秘められた力はその残滓であろう』
高齢のフロスト・ジャイアントが嘆息する。
『かつてのワシの仲間の力もまたそなたらの武具から感じ取れる。その点も含めてワシは以前から一つの疑問を持っておった』
「果たして我等のような神は、神の如き存在は、一体何の為に存在しているのか、という事なのです」
女神の表情に僅かな翳りが見えた。
「何者か、我等のような神すらも超える存在がいるのではないか。そう思うようになったのです」
黄金のドラゴンが言葉を継ぐ。
『我等の力が及ばぬ存在が確かにいる。我等には触れてはならない存在がある』
女神にまた困惑の表情が浮かぶ。
「無論それは私達お互いに違っていました。ではその手がかりはどこにあるのか。我等が知りえない事を知る存在を探す事にしました」
『そう、大昔には大勢いたにも関わらず、今や居なくなった者達を探し始めた。そなたのように思考の奥が読めぬような者を、な』
高齢のフロスト・ジャイアントとドラゴン達は恐らく前作からの引継がれたデータなのだ。
だからこそ今作で変更した設定によって矛盾点を感じているのだろう。
そして女神ペルセフォネーを始めとした神々は矛盾を感じてはいないものの、自分達の在り様に疑問を持っている。
彼等はただのAIの産物の筈だ。
何で疑問を持つような事になってしまったのか。アルファ・テストにありがちなバグにしても酷い。
運営の放置、とも思われるがそういう問題じゃないだろ。
オレは彼等にどう説明したらいいんだ?
「私は貴方がそうだと確信しています。どうなのでしょう?」
マズいな。
言い様が無い。どう答えたらいいのか。
貴方達はみな唯のデータだと言える筈も無い。
「どうなのですか?」
女神様、そんなに念押ししないで。
サーシャ達も不安そうにオレを見る。
女神様が頭を深く下げて恭順とも言える礼をしてくる。
うわ、ヘパイストス神が凄い表情でオレを睨んでやがる。
だが次の瞬間、女神と同じ礼をしてくる。
巨人達は一旦立つと右片膝を地面に付けて右拳を地につける。
左手は腰の後ろに回しているようだ。これが彼等の礼であるようだ。
3人のサイクロプスは右片膝を地面に付けて右の掌を胸元に当てて深く一礼する。
ドラゴン達はその翼を小さく畳み込んで頭を垂れた。
まるで王様か皇帝にもなった気分だ。
つい誤解しそうになる。
「どうか助けて欲しいのです」
『我等は知りたい。知らねばならん』
『我等の在り様は果たして正しいのか、そしてこの世界の在り様もまた正しいのか、知らねばならん』
やめて。
オレは唯のデームテスターだってば。
運営じゃないから。
「オレには言えない」
女神様の目は真剣そのものだ。
神様らしくない。
その姿は人間のものに見えてしまう。
「言えない、なのですか?」
「そう、オレには言えない」
ラクエルの真似だがここまでしか言えそうにない。
「何故、言えない、なのでしょう?」
「オレにはその権限がない」
運営じゃないから。
嘘じゃないよ?
「では貴方が知る事が言えるようになるにはどうしたら良いのです?」
考えろ。
考えるのを止めるな。
運営だ。こんなことは運営側で片付けるべき事だろう。
逃げだと思うけどな
「可能性ならある、と思いますが」
「協力はして頂けますか?」
こうなったら相互に利益になる事を進めるのが賢いやり方だ。
「ええ。神々にも、巨人族にも、ドラゴンの方々にも、協力して欲しいことがあります」
『何を我等に求めるかね?』
「もう1人。いや、もう2人、この世界にオレと同じような存在がいます。探して欲しいんです」
さて、これでどうなるのか。
オレにはまるで先が読めない。
互いの連絡をどうするのか、相談をすることになった。
場所は緑のドラゴンが根城にしているあの町だ。
そうか。
彼等が終結していた所を一度見てたっけ。
「申し訳ありません。ちょっと落ち着きたいんですが」
女神様に慈悲を乞う。さすがに頭がオーバーヒート気味だ。
『まあ待て。この者達といつでも連絡をとりあう手段が必要ではないかな?』
ファイア・ジャイアントが指摘してくる。
『ふむ。何か適当な物があればいいんじゃがな』
「お前さんは持っておらんかな?」
ヘパイストス神からパス来ました。
まあ【アイテムボックス】に色々あるがどうするか。
「水晶じゃダメですか」
『優雅ではないな』
「宝石がいいんじゃがな」
巨人達が一斉に頷く。こだわりがあるのね。
仕方が無いので候補になりそうな物を出していく。
瑪瑙とアレキサンドライトを取り出して見せてみた。
「こっちじゃな」
ヘパイストス神に即決でアレキサンドライトが選ばれました。
フロスト・ジャイアントとファイア・ジャイアントが宝石に手をかざす。
彼等の間に宝石は浮かんでいく。
『これはなかなかの逸品だな』
『然り。腕の揮い甲斐がある』
どうやら錬金魔法と付与魔法に相当する加工を行っているのだろう。
凄まじい魔力が込められて行くのが分かる。
『我等の順番もある。力を込めすぎてくれるなよ』
緑のドラゴンがジャイアント達を急かしていた。
こうして見ていると大きな力を持ってはいても、人間が言い合っているのと変わりが無い。
宝石が宙を浮いたまま緑のドラゴンの鼻頭に移動する。
他の5頭のドラゴンも首を寄せてきた。またも凄まじい魔力が込められていくようだ。
今度は女神の手元に引寄せられる。
「ではこれを我が誓いの証としましょう」
女神ペルセフォネーがそう宣言する。
そこにいた巨人もドラゴンも身じろぎする。何よりヘパイストス神が驚いたようだ。
「そこまでしなくとも良いでしょう!」
「いえ、これは我がこの身を賭して為すべき試練なのです」
重い。重たすぎるよ女神様。
これも一種の心理攻撃なのか?
宝石に何かしたようだが魔力を感じない。神聖魔法系は上位ともなると感知し難いから仕方が無いか。
「ではワシは誓いを守る糧となろう」
何やら覚悟を決めた男の顔を見せてヘパイストス神が手をかざす。
宝石を固定する台座が形成されていって指輪になった。
「これで良いか」
「全ての業は私が引き受けますのに」
「それを主神に押し付ける訳にいきませんのでな」
神様同士でなんか意見が分かれてます。
口論とまではいかないが、僅かな感情の揺れが周囲に響くように感じられる。
魔力は感じないのに迫力だけでこれだ。
ヘパイストス神から指輪を受け取る。【魔力検知】で見ても魔力をまるで感じない。
強力な偽装が為されているのだろう。
「常に指に嵌めておくことじゃな。ワシらのいずれとも連絡が取れるようになっとる」
「サイクロプスは何もしてなかったみたいだけど?」
「そこは大丈夫じゃな」
そういうもんなんだろうか。
「おっと、ワシ達のなかにお喋りな奴がおるが適当にあしらっておけ」
なんだよそれ。
もうね、神様クラスの戦力に囲まれてフルボッコになる恐怖がどこかに行ってしまいましたよ。
脱力モノだ。
それでも心理的な重圧がなくなってる訳ではない。
どうしようか、これ。
「明日にでも集合場所に来て貰いたいがな。色々と話し合っておきたいんじゃが」
早いって神様。
そこまで割り切れませんから。
「すみません、ちょっと時間が欲しいんですが」
「そうか?」
「1日1回、朝に連絡を取り合うのはどうです?」
こういうのは女神様に決めて貰うのがいい。
「よいでしょう。貴方の意思を尊重します」
なんだかんだで女神様だ。優しい。
「早速じゃが指輪を嵌めてみてくれ」
鎧の篭手部分を外し手甲も外す。
中指に指輪を嵌めたとたんに。
オレの中でいくつもの声が乱反射した。五月蝿い。
【思考分割】してあるので声を割り振っていく。
(面白いことが出来るようじゃな、お前さん)
ヘパイストス神だ。余計なことすんなよ。
(ふむ。この状態でもお前さんを見抜けぬとはな)
既にやってるし。油断ならない。
『この者を仲介すれば会話が随分と楽になるのではないかな?殊にドラゴンの諸君には良いであろう』
ファイア・ジャイアントがそう言うと合意の思念がドラゴン達から飛んでくる。
やめて。
前作でも便利屋みたいな扱いが多かった事が思い出される。
『そうだ、そなたの探し人じゃが他に手掛りはないのかな?』
そうだね、手掛りは多いほどいい。
「オレ達と同じような防具を着込んでる可能性は高いです。1人は鎧兜、もう1人はローブだと思いますが」
『ふむ。心しておこう』
彼等の意思がよりハッキリと感じられる。彼等はかなり真剣だ。
AIが自らの存在に疑念を持ち始めている。
何かが始まっているんだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ラクラバルに【転移跳躍】で跳んだのはもう夕刻だった。
神様と神様レベルを相手に会話していたのが信じられない。
とりあえず落ち着きたかった。
宿に戻るまで殆ど無言だった。部屋に着いてから夕飯を食っていない事に気がつく。
まるで正気を保てていない。
あれは本当にあった事なんだろうか。
当座の間はやっておきたいのは情報をより積極的にとることだ。
【思考分割】は常時3つを形成していくことにする。
前作では常時4つでやっていたことだ。とりあえず問題は無いだろう。
1つは彼等との連絡のため。
1つはオレの支援AIと常時接続させる。
1つは【遠視】と【遠話】だ。
情報を脳内で統合して整理するのがまた面倒だが致し方ない。
それにしても、だ。
運営は彼等のようなAIが自立行動し始めている事に気がついているのだろうか。
何かが狂い始めているような気がしてくる。
「お前達、大丈夫か?」
「あ、えっと。もうビックリし過ぎて何が何やら」
「怖かったよー」
「死ぬかと思った・・・」
「一体、何が起きているんですか?」
オレにだって分からないよ。本当に何が起きているのやら。
「あちらには敵意はない、と思っておこう」
「あったら死んでました」
うん。
その通りだね。
「彼等の意向を汲んで行動することもあるかもしれない。巻き込んでしまったな」
全員が変な顔でオレを見る。
何か変な事を言ったか?
「あ、それはもう今更ですから」
「もう慣れたー」
「ま、そうだな」
「ご主人様の意向に従うのは当然です」
いつもの調子だ。少しホッとする。
「ところで、今日の戦闘は凄かったです。何がどうなっていましたか?」
しまった。
サビーネがいつも通り真面目だ。
「今日はもう疲れただろ。夕飯食って風呂入って寝ておきたいが」
「あれほどの戦いは初めてです。今後の為になるのですから否はありません」
【接触同調】で経験則の共有化、か。
効果は確かに高いだろうな。
お互いにどんな戦い方をしていたのか、知っておくことには大きな意味がある。
結局、オレが押し切られた。
熱意に負けてしまいました。
確かにサビーネは気が強い娘でした。
【接触同調】を5人で行ったが、その質と量はこれまでになく多くなっていた。




