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精神同調

「このホールティに捕らえられていた人々は概ね神官団に癒されつつあるが例外もあってね」

「例外?」

「まあ見て貰った方が早い」

 待っていたサーシャ達と合流してニルファイドさんの後を追うように歩いていく。

「さっきは何か揉めてたみたいですが」

「ああ、ここに来て主導権争いだよ。あまり大声で言えないがね」

 政治の話の匂いがプンプンとするなあ。

 なんとなく分かる気がする。各国が自国の利権確保を狙っているのだろう。

「ホールティの維持はどこが?」

「冒険者ギルドが主導権を持ってる。最初にここを陥落させた時に主導権を握っていたからね」

 なんかね。

 こっちもあっちも上手く行ってない様子ばかりが見えてばかりなんですが。

 混戦になりそうな予感がする。


 連れて来られたのは例の場所だ。

 女達が嬲られていたあの場所だ。

 思い出すなオレ。苦い思いが脳裏に浮かびそうになるのをなんとか耐えた。


 今はあちこちで女性神官達の姿を見ることができる。実に忙しそうだ。

 さながら野戦病院の様相になっている。

 案内された天幕は他の天幕から離されていた。入り口に武装したドワーフ女性がいる時点で嫌な予感がする。

「ここだ」

「一体何を?」

 それには答えず天幕に入っていくニルファイドさん。なんか重たい雰囲気だ。

 中には寝藁で拵えた即席のベッドに5人の女性が横たわっていた。

 介護している様子の神官が2名、恭しくニルファイドさんにお辞儀してくる。

「ここで囚われていた女達は快方に向かっている。この5人を除いて、だがね」

 5人の女性は全員が忘我の表情だ。精神を病んでいるのだろうか。

「君は精神魔法が使えるようだが彼女たちの心を読めるかな?」

 えっと。

 精神を病んだ人相手に【接触読心】をしろと?

 なんだってそんな危険な事をさせるんだ。

「その前に神聖魔法で治せないんですか?」

「無論試しているとも。ここには様々な神に仕える神官がいるが駄目だった」

「精霊魔法は?」

「恐怖の精霊を始め何も呼び出せない。憤怒や悲哀は試していないがね」

 手詰まりで精神魔法の使い手にお鉢が回ってきたのか。

 オレじゃなくてもいいじゃん。

「なんだってオレに?」

「君しか伝手がない」

 へ?

 確かに前作でも精神魔法はレアな存在だったけどさ。

「いない?他にいない?」

「10年前までレイジオに1人いたそうだ」

 えっと。

 そう言えばこのゲームで精神魔法を使ってる奴は見かけたことがないな。

「ワシも不思議じゃったがな。敢えて聞くのは控えておったでな」

 いつのまにかジエゴの爺様がいるし。急に話し掛けてきたら驚くじゃないか。

「話し合いは?」

「うむ。不調、じゃな。各国どこも勝手なものじゃよ」

 嘆息を残してオレに向き合う。

「ワシが師事していた師匠が精神魔法を使っておった。但し【接触読心】と【念動】しか使えぬようじゃったが」

 そう言うとオレをマジマジと見る。その目にあるのは疑念なのか驚嘆なのか。

「かつてはそれなりの数はいたとは言うが精神魔法は呪文詠唱がそもそもない。後世に伝えるには不向きなのが減っておる理由じゃな」

 今度は横たわる女達に目を向ける。

「今や絶えつつある精神魔法をお前さんが使っている理由は知らぬ」

「オレも説明できそうにないですよ」

 前作でプレイヤーとして精神魔法は極めてました、と言えたら楽なんだろうけどな。

「彼女らが何故戻ってこれぬのか、調べてみてもらえんかの」

 

 それはまた厄介な。

 サーシャ達を見る。

 彼女達は何かを期待している目をしていた。

 逃げ道がない。

 溜息も出ないね、ここまでくるとさ。

「確証は何もないですよ」

「きっかけだけでも掴んで欲しいんじゃが」

 期待しすぎはやめて。

「彼女たちの様子はどうなんです?」

「見ての通りじゃ。5人に共通しておるのは妊娠しておることじゃな」

 妊娠。

 まさか、オークの子、なのか?

 ニルファイドさんも苦渋の表情だ。エルフってのはクールな傾向があると思ってたが。

「他にも妊娠していた女性はいた。堕胎を望む者も多かったし実際堕胎出来るのは堕胎させたがね」

「ここにいる彼女らも正気を失っておるうちに堕胎させておきたい所なのじゃが」

 何か問題でも?目で先を促すとニルファイドさんが答える。

「堕胎に使う薬が効かなかったのだよ。何故効かなかったのかも分からん」

 使ってたのかよ。何気に躊躇しないあんた達が怖い。

 妊婦5人を一通り見てみる。

「妊婦5人の内訳じゃがな、人間が2人、エルフが1人、ドワーフが1人、人馬族が1人じゃ。なのに症状が同じじゃ」

 やっぱりやるしかないのね。

「試してみますよ」

 観念するしかないか。


 【アイテムボックス】からは黄のオーブと魔晶石を取り出しておく。念のためだ。

 静かに【接触読心】を念じる。

 横たわる人間の女性の額に手を当てる。【接触読心】の効果が現れ始めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 空虚だ。

 オレの脳裏に投影されてくる彼女の表層心理には何もなかった。

 本能も、欲望も、何も感じられない。

 思考領域にも何も無い。

 心というものが無い。あっという間に深層心理に届いてしまいそうだ。

 【精神同調】に切り替える。深層心理に潜るにはそうするしかない。


 一旦、深層心理の最深部に潜る。

 内側に。更に内側に。内から内へ。

 それにも関わらず何も感じられない。精神的に死んでいる?

 だがその場合、肉体も影響を免れない。肉体もまた死に向かっていくだろう。

 おかしい。

 今度は深層心理を探査してみる。

 外側へ。更に外側へ。外から外へ。


 あった。

 出口のようで出口ではない。

 本能も欲望もマグマのように溶け合っているのか?塊のようなものが感じられる。

 正直、接触したくないがやるしかあるまい。

 【精神同調】の感度を上げていく。

 触れた、と思ったその瞬間。

 理解した。

 いや、理解させられた。


 これは群体なのだ。


 本能が全て溶け合っていた。

 欲望も全て溶け合っていた。

 5人は1人だった。

 1人は5人だった。


 群体を繋げている存在がいる。間違いない。

 溶け合う意識に介入していくと溶け合っていた群体が5つに分かれて散っていった。

 だがまだ残り続けているモノがある。

 脳裏に浮かぶイメージ像は様々な光を放つ球体だ。

 この感触は前にもあったような。

 そうだ。

 廃村で遭遇したバンシーに似ている。

 だが悲しみの感情をぶつけられるような感覚は無い。


《見つかったね》

 何だ、お前は。

《本当はもっと早く生まれてた筈なんだけどね》

 まさか。宿っている子供、なのか?

《あたり》

 なんでまた。

《生まれたら酷使されたり殺されたりするのが分かってたからねー》

 酷使?殺される?

《元々はママ達を使って変異種のオークを造り出すつもりだったみたい》

 生まれてもいないのに事情通なのは何故だ。

《僕らのパパも変異種のオークだったし、僕らみたいな兄貴分もいたから》

 僕ら?

《あ、ゴメン。見えにくいよね》

 突如として映像イメージが5つ浮かび上がった。


 最初に見えたのはエルフの少女だ。だが耳はより長く体は半透明に透過しているように見える。

 そしてその頭には4本の角が生えていた。

 エルフらしい美貌に似合って見えるのは何でだ。

《うわ、ありがと》

 オレの思考を読んでるのか?

《ううん、貴方の思考をぶつけられてるんだよ》

 少し拗ねたような感情が生まれる。怒るなよ。


 次に知覚できる存在はまるで天馬ペガサスのようなフォルムをしている。

 だがその姿は異様に過ぎた。

 額には太い角がある。翼はまるでワイバーンだ。

 全身が漆黒でしかも鱗に覆われている。瞳孔はまるで猫の目のように細長い。

 たてがみと尻尾は真紅に燃え上がるようだ。

 オレの周囲を回っているように知覚できる。じゃじゃ馬なようだ。


 反対にまるで身じろぎもしない岩の塊のような存在も感じ取れる。

 傍目にはロックワームみたいだが大きく愛嬌の感じられる瞳が感じ取れた。

 岩が割れたように感じられた瞬間、太い両手と両足が出来ていた。

 まるでアルマジロだ。

 いや、ダンゴムシと言った方がより近い印象がある。


 存在感が濃くなったり薄くなったりしている存在はまるで水のようだ。

 もっと踏み込んで言えばまるでスライムだ。

 かと思うと人間の子供の形を為すこともある。不定形に形を変えていた。

 急に大人の女性の形を為したかと思ったらオレにある感情をぶつけてくる。

 享楽。笑いの感情だった。


 最後に知覚できたのは針金細工のような存在だった。

 いや、蔦植物が絡まっているかのようだ。ウッドに見えなくもない。

 植物が成長するかのように形を常に変えているようだ。

 それは鳥の巣のように組みあがったかと思えば解けていく。

 その繰り返しだ。


 オレに思考をぶつけてくるのはエルフ少女モドキだけのうようだが。

《しょうがないよ、貴方と意思疎通できるのが私だけ》

 お前たちは何だ?

《それ、本当はこっちが聞きたいこと》

 オレにも分からないよ。

《いいえ、貴方は知ってたみたい。理解したから》

 そうか。

 幾つか可能性は思いついてたのだが、いつの間にか彼らに伝えてしまっていたようだ。

《多分、それが合理的な解答だと思う》

 人であって人ではなくなった存在。

《オークに生まれる筈がオークでなくなった存在》

 オークもまた源流を辿ればエルフやドワーフと同じく妖精なのだ。

《多分そう。僕らは先祖返りなんだろうね》

 そして異端でもある。

《そうだね。そして僕らはママの中に居座り続け過ぎたみたい》

 問題があるのか。

《このまま僕らが実体化して生まれるとママ達は無事に済まない。間違いなく死んじゃう》

 それはマズイな。

《僕らも望んでないよ》

 ではどうしたいんだ?

《このまま妖精として妖精界に行くしかないよ》

 そうしたら?

《僕らだけじゃ無理》

 まさかオレに手伝えとか言うなよ。

《いや、手伝って欲しいんだけど》

 無茶言うな。精霊使いを頼れよ。

《まあそう言わずに》

 お前ってば実は相当世間慣れしてるだろ。

《ママ達の経験則をそのまま学習してるだけだよ》

 子供らしくねえなあ。

《大人らしく諦めたら?》

 返し方が子供じゃないぞ。


《いや、ゴメンなさい。真面目な話、助けて欲しいんだ》

 最初からそう言え。で、オレは何をしたらいいんだ?

 無茶はできんぞ。

 それにお前たちの母親も助けなきゃいけない。

《大丈夫。ママ達の記憶も僕らが持っていくから。不幸になって欲しくないしね。僕らのことも忘れてるよ》

 なんとまあ。

《僕らが欲しいのは名前。名前だよ》

 名前?自分で思いついたのじゃダメなのか?

《それじゃ意味がないんだよね》

 精神世界であるが知覚できる5つの存在の姿を、見る。

《貴方が見てる僕らの姿も実は貴方に与えて貰ったんだよ》

 うおい、なんだってそんな事が。

《ありがと。いい名前だね》

 えっと。

 いつの間に。考えていなかったが。

《この姿と一緒。貴方は既に思いついていたよ》

 そんな馬鹿な。

《お礼を言わなきゃね、5人分まとめて、だけど》

 待て待て。オレの理解の範疇を超えてるぞ。

《まずは僕らのことから。多分、僕らはこの世界の歪みそのもの。だからこの世界にいちゃいけないんだと思う》

 歪み?歪みだって?

《多分、貴方のような人がもっと数多くいなきゃいけなかったんだよ。だから歪み続けてる》

 オレのような、だって?

《僕らはもう妖精界に行くよ。溶ける、と言った方がいいかな?》

 待て。今大事な話を聞いた気がする。

《最後にこれは貴方への預言。世界が語る預言。貴方はいるべき場所にいずれ帰る。その代償として貴方は全てを失うかもしれない》

 帰る?帰るだって?

《貴方はその代償に得るものがあるよ、それは・・・》


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そこで同調は途切れていた。

 気がついた時にはサビーネとラクエルがオレを覗き込んでいた。

 何か喋ってる様だが聞こえてこない。

 続いてサーシャとカティアもオレを覗き込んでくる。

 お前達ってばそんな心配そうな顔すんな。辛気臭いぞ。

 ああ、それにしてもなんか頭が重たい。

「おお、気がついたかな?」

 ジエゴの爺様だった。なんか喜んでる様子だが。

 というか周囲の音が聞こえ始めていた。

「・・・悪い、もうちょい眠らせてくれ・・・」

「あ、えっと。ご主人様?」

 サーシャの呼ぶ声を子守唄にして意識を手放した。

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