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撤退

 同時にローブ姿の神官と視線が合った。まずい。

 胸に微かだが痛みが走っていた。人体に直接ダメージを与える神聖魔法の【ホーリーバイト】か?

 鎧の防御特性でダメージは半減以下になっている筈だがそれでも痛い。

 【知覚強化】で痛覚も増幅されている分、尚更痛みが強い。

 サーシャ達の痛みの感覚も感じられていた。【感覚同調】の効果だ。

 ラクエルが驚愕の表情を見せていた。【姿隠し】があっさりと破られたのだから無理はない。

 痛みを堪えて神官に迫る。

 軽戦士がオレの前に立ちふさがるがカティアが盾ごと体当たりで吹き飛ばした。

 更に一歩、踏み出すがいつもの速度が出ない。

 底上げに使っている魔法の効果が半減以下になっている。神聖魔法の【ディアクティブ】か?

 そういえばサーシャ達の動きも鈍い。

 バカな。確かに神聖魔法も暗黒魔法も呪文詠唱は短めだ。

 詠唱破棄もできるが呪文効果範囲を広げてともなると高位の神官でも普通は長くなってしまう筈だ。


 顔がハッキリ見えた。老練で悪意を感じる男の顔は笑みを浮かべている。

 クソッ。

 その笑い顔を消してやる。

 先手で受けた痛みの所為で精神集中がうまくいかない。

 精神魔法の構築はあきらめて接近戦を挑む。

 日本刀の鯉口を切って抜き撃ちを神官に叩き込む。

 ローブの下に硬い感触がある。だがその感触もすぐに肉に食い込む感触に変わっていく。

 そのまま刀は振り抜けていった。

 胸に感じていた痛みが引いていく。神官の顔には笑い顔が張り付いたままだ。


 サーシャ達は無事か?

 【感覚同調】の効果が薄れているが、無事なのだけは分かっていた。

 それに【自己ヒーリング】も効果は半分以下の感じではあるが、ダメージは回復し始めている筈だ。

 それでも心配なものは心配だ。

 カティアは吹っ飛ばした軽戦士の男を馬乗りになっていた。無力化できているなら大丈夫か。

 サビーネも槍先をダークエルフの胸元に突き刺していた。だが穿った穴はいつもより小さい。

 それでも即死のようだが。

 サーシャは軽戦士の剣撃をかわしている所だった。

 急激に体の感覚がおかしくなっている所為でうまくかわしきれていない。体当たりを喰らって転んでしまった。

 サーシャにメイスを叩きつけようとしている軽戦士だが、オレがもう背後にいるのに気がついていない。

 後ろから胸元目掛けて刀で突いてやる。確かな手ごたえを残して軽戦士は息絶えた。

 ラクエルはしゃがみこんだまま動かない。肩に手を置いて【感覚同調】を強化する。

 闇の精霊カーシーが恐慌状態にあるようだ。その影響がラクエルにも直接響いてしまっている。

 精神にかかる負担を和らげるために【接触同調】を行う。

 急激に心が冷える感覚。

 目の前に広がる闇。

 その闇に囚われてしまいそうなラクエルの心理に強制的に侵入する。その状態のまま黄のオーブでMP回復を行った。

 少しは精神平衡に役に立つ筈だ。

 (逃げるぞ!全員オレの所に集まれ!)

 ラクエルを支えて立たせると念話で指示する。撤退だ撤退。

 倒した神官の傍にまでオレも歩いていく。最後にカティアが転移可能範囲に飛び込んだ時点で【転移跳躍】を念じた。

 ケルベロスとオーガが近くにまで迫っているのが見えた。あっぶねえ。


 一気に跳んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 跳んだ後は暫く座り込んでしまった。

 最初に思いついた場所はゲームスタート地点だ。転移先一覧を脳内で思い返す際に真っ先にここを思いついたのは偶然だった。

 まだ十分に太陽は高い位置にある。昼をちょっと過ぎたあたりだろう。

 少し風が肌寒いが陽光の強さもあって過ごし易そうだ。


「全員、無事だな?」

「あ、はい。なんとか」

「平気平気」

「私なら大丈夫ですが・・・」

 サビーネの視線はラクエルに向けて固定されてしまっている。

 サーシャもカティアも心配そうな顔をしている。

 いや、お前達もさっきの攻撃で痛かった筈だが。

 ラクエルはまだ顔が青い。

「・・・なんとか大丈夫、ビックリしたー」

「そのまま座って休んでいろ。精霊カーシーもだ」

 そう言い残すと神官の死体を確認してみる。

 顔は老人のそれなのだが体つきはそれほどでもない。

 神官ならば皮鎧くらいは装備していても良さそうなものだが平服のままだ。神官らしきホーリーシンボルも身に着けていない。

 武器らしきものは平凡なナイフだけだ。

 これでは神殿に篭るような神官らしい格好に過ぎない。

 服を剥いでみたら老人らしからぬ筋骨隆々とした立派な体をしていた。アンバランスにも程がある。

 そして異様なのはそれだけではない。

 胸の中央に、両手の甲に、臍のあたりに、何かが埋め込まれている。

 改めて【魔力検知】を念じて見てみる。確かに魔力を感じることができた。

 苦無で肉を削って石のような物を取り出してやる。

 やや楕円状の球体で平滑な石のようだが思い当たる物がない。

 【アイテムボックス】から【鑑定の鏡】を取り出して鑑定して見る。


 【弑逆の魔結晶】

 ・暗黒魔法【カーズブースト】付与アイテム

 ・使用者MP不要

 ・魔力量 基準魔結晶1.55

 ・効果 装着常時継続、常時精神呪病

 ・素材 魔結晶、銅、銀

 ・製作 暗黒儀礼魔法陣による


 呪いのアイテムじゃないか。

 これは使えない。使えたとしても使ってはならない。

 他の3つも魔力量に若干の差はあるが同じものだった。

 【アイテムボックス】からタンガロイメイスを取り出すと4つ全てに叩きつけてを砕いていく。

 込められていた魔力は四散してすぐに消えて行った。

 確かに価値はあるんだろうが呪いのアイテムでは仕方がない。持っていたくないし。


 暗黒魔法の【カーズブースト】か。

 確か暗黒魔法の神官が一時的に自己戦闘能力を強化拡大する呪文だった筈だ。

 うろ覚えだが効果拡大で呪文詠唱破棄もできるんだっけか。

 自らに呪いを受けることと引き換えに戦闘能力を大幅に底上げしてたのか。

 オレが使ってあった精神魔法は精神に直接攻撃を受けると効果が薄れていくのが欠点だ。

 【ホーリーバイト】と勘違いしていたが、攻撃してきた魔法は暗黒魔法の【カーズスラッシュ】ではなかろうか。

 【カーズスラッシュ】は攻撃対象の精神を直接攻撃する暗黒魔法だから一気に効果が薄れてしまったのだろう。

 こいつらのようなのがこの先も現れるようでは対抗魔法も必要になるのか。

 精神魔法に対抗手段があることはあるが負担は増える一方だな、これは。


「もう大丈夫ー」

 ラクエルは相当復活したかな?表情が少し明るくなっている。

「この死体は焼いていこう。やれるか?」

「平気ー」

 とは言えあまり無茶させるべきではない。ラクエルが火精サラマンダーを顕現させるのに併せて【ファイア】を念じて同調する。

 神官の死体が消し炭と化して骨までボロボロになるまでそう時間はかからなかった。

「またトンネルに戻りますか?」

 サビーネに言われて少し考え込む。どうしようか。

 さっきみたいな事があったばかりだしな。今日は探索を中断してラクラバルに戻るか。

 まあこの辺りをブラブラと観光してもいいかな。

 このゲームにログインして最初の風景は楽しめる状況じゃなかった。なかなか雄大な風景で心が癒されるようだ。

 空気もいい。急いでここから跳んでしまうのが勿体無い。

「今日はもう探索は切り上げよう」

「ではこの後は?」

「この辺りは前に来たことがある。知ってる村に寄ってからラクラバルに戻るぞ」

 タウの村に少し寄ってみるか。

 皆を先導して歩き出した。


 ニードルラビットやブラックマーモットが視界の端に捉えられていたが、こっちを襲う気配が感じられない。

 魔物のくせにやる気がないのな。

 オレ達もそれなりに警戒されてるのか。ここにオレが来た最初の頃は襲いまくりだったじゃないかコノヤロウ。

 ニードルラビットに刺された痛みは忘れていないぞ。

 何事もなくオークやオーガと戦った辺りに到達する。川沿いに下っていくとさほど時間をかけずにタウの村が見えてきた。

 いつのまにか山道を下る足は速まっていたようだ。

「いい匂いがしてきますけど。ラベンダー、でしょうか?」

 やはりサーシャが最初に気がついたか。いい機会だし香油は買っていこう。

「まあ行けば分かるさ」

 オレの鼻でもはっきりとラベンダーの匂いが感じられていた。


 村の入り口には誰もいない。しかし櫓の上からは痛いほどの視線を感じる。

 下手な行動をとれば矢が飛んでくる気配だ。

 全員で兜を外して周囲を見回す。敵意のないことをアピールするサイン代わりだ。

 知っている人物に声をかけられた。

「なんじゃ。どこかで見たが・・・誰じゃったかの」

 あの神官の婆様だった。名前はシルヴィさん、でしたっけ。

「ども。オーガの一件以来ですね」

 遠い目を何かを思い出そうとする。

「おお、血だらけでここに来た若いのではないかね」

 ああ、やっぱり不審者に見えてたのね。今は冒険者らしい格好だから大した警戒もしていないのだろう。

「おや、珍客じゃな」

 見覚えのある老齢の神官も近寄ってきた。ブレゲさん、だな。

「ま、冒険者らしくなっとるではないかね?」

「なんとか生き残ってますよ」

 身振りで教会に誘われちゃいました。

 こんな山の中の村では情報に飢えているものだ。世間話であっても彼らには重要であったりする。

 冒険者だと様々な話をねだられるのが常だ。

 まあ付き合うんだけどね。

 サーシャ達には別件を申し付けておこうか。

「香油を買っておきたい。オレも風呂用に欲しいから適当に見繕っておいてくれ。お前達の分もついでに買っておけ」

 この場合、ついでなのはオレの方なんだけどな。懐に余裕あるしここは奮発しておこう。

 急に皆が真剣な顔つきになったような気がする。例えるならば獲物を前にした狩人みたいな感じがする。

 実に楽しそうな雰囲気だ。さっきの気晴らしにでもなってくれたらいいが。


 世間話はかなり長く続いた。

 ホールティの一件はこの村には中途半端に届いていた。戦争が始まっている、としか伝わっていない。

 なんという情報格差。

 フェリディと行き来するのは商人ばかりで、ここ10日ほどは冒険者も来ていなかったんだとか。

 結構詳細に突っ込んで聞かれちゃいましたよ。

 特に猟師のリヴァルさんは真剣だった。

「戦争、ともなればこの村からも出兵が命じられるかもしれんでな」

 どうやら若手の猟師が弓兵として徴兵されることを案じているらしい。

 この村には領主が来る事がなく代官の役目も教会に委任するほどなので、数名になるのがせいぜいなのだそうだが。

 その数名がこの村には致命的なのだそうな。真剣になるのも分かる気がする。

 だからこそ知っている戦況は細かく聞いてくるのだ。

 ここ最近はラクラバルを拠点に坑道を探索していたので最近の詳細をオレは知らない。

 その辺りは冒険者なのだから我慢して貰うとしよう。


 教会を出たらサーシャ達は皆がニコニコ顔だ。いい買い物はできたのか?

「ラベンダーの香油だけじゃなくてブレンドもありました。どっちもいい品だと思いますけどどっちがいいですか?」

 サビーネやラクエルまでも普段と違う顔になってるな。いい傾向だ。

 つかどこがどう違うのか分からんのだが。

「ラベンダーシングルだと長く匂いが保てません。しかし他の香油と自前でブレンドする楽しみがあります」

 サビーネってば博識だな。商家の奥様に仕えてたりしてると自然にそうなるものらしいが。

「香木で作った香油などでしたら匂いが長く保てます。柑橘系はさほど保ちませんが華やかですね」

 そう言うと手に持っていた3つの香油ビンを示す。

「こちらの村ではブレンドは3種ありました。ご主人様が気に入った物があればいいんですが」

 3つとも試して見る。

 1つは柑橘系の甘く華やかな匂いだ。女性ならこれでいいだろうがオレ向けじゃないな。

 1つはやや重厚。麝香のような動物系の匂いがする。

 1つは明らかに重たい。ローズ系の香りもするが基本はウッド系だろう。

 敢えて言うのならオレなら最後のが好みだが。こういったものには疎いんですよ。

「全部買っておけ」

「真面目に選んで欲しいんですけど」

「いいから。多めに買っておけ」

「長く保存するような物ではありませんけど?」

 え?腐るようなものなの?香水って。

 揮発速度でトップノート、ミドルノート、ベースノートがあると知ってはいたがその程度だ。

「・・・そうなの?」

 なんというあきれたご主人様だとサビーネの目がオレを責めている。その目はやめて。

「・・・最後の、かな?」

 そう言ってやるとサビーネは急に笑顔になる。どうやらオレのセンスは合格だったようだ。

 香水はこんな村で小売りしている訳ではないそうだが、ほぼ卸値らしき値段で香油を買えたらしい。

 それでも総額金貨1枚と銀貨8枚かかってるけどな。


 タウの村を後にして山道を下っていく。あとはもうこのまま進めばフェリディな訳で。

 跳んじゃおうか。

「じゃあラクラバルに戻るか」

 皆が一斉に変な顔をする。何か変な事を言ったか?

「あ、えっと。まだ日も傾いていませんけど」

 サーシャの疑念も分かるけどな。昼間から遊び呆ける冒険者はいない。

「体を思い切り動かしときたいねえ」 

 男前なカティアの発言は置いといて。

 そうだな、悪いイメージを最後に残したまま次の日に持ち越すのは気分が晴れたようで晴れないものかもしれない。

「そうか?ならフェリディの塔にでも行ってみるか?」

 もう1つ場所を確認してある混沌と淘汰の迷宮らしき場所も未探索だが・・・あの近くには緑のドラゴンがいたからなあ。

 ちょっと今日は遠慮しておこう。

「賛成ー」

 ラクエルも同意する。どうやら皆にも異存はないようだ。

 【転移跳躍】を念じて混沌と淘汰の迷宮に跳んだ。

 

 塔では8階までを1セットとして結局5セットをクリアした。

 8階はヘルハウンドかオルトロスになるように調整しながら進めたのでまるで問題はない。

 これもゲームを始めた最初の頃とは雲泥の差だな。


 ラクラバルに戻って夕飯を済ませると冒険者ギルドに顔を出した。

 今日は結構な数の黄のオーブを使ってしまっている。ついでだから多めに買おうとしたが5つまでと断られてしまった。

 仕方がないか。

 それに今日は水晶も混沌と淘汰の迷宮で多数確保できている。錬金魔法で加工したら自前で基本的なオーブ類の作成ができるだろう。

 早速試してみるのもいいだろう。そう思いつくと魔晶石をギルドに売るつもりだったのが惜しくなってしまう。

 魔晶石は3つだけ売っておいて担当者から銀貨を受け取っている時、担当者が不意に思い出したように伝言を伝えてきた。

「ああ、忘れる所だった。お前さんがシェイドか。ホールティに来いと回状がきとるぞ」

 なんですと。

「えっと。何かしましたっけ?」

「指名依頼でもあるんじゃねえか?回状はっと・・・これだな」

 羊皮紙に書かれた文字は当然読めない。

 支援AIが仮想ウィンドウを立ち上げていき自動翻訳していく。


 ・・・ジエゴの爺様かよ。しかも用件の詳細は何も書いてない。


「あまり待たせるなよ?お前さんに伝言済みであることはいずれ向こうにも話をすることになるんだし」

 下手に目立つとこういう事もあるから回避したかったのだが。

 今更な気がする。

「とりあえず今日は休んで明日以降にしますよ。眠れたら、ですけど」

 ギルドの担当者は他人事だから笑っていられるのだ。一遍同じ目に逢えばいいのに。

 盛大な溜息をついて宿屋に戻ることにした。

 熟睡できる気はしなかった。

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