エピローグ「思ってたんと違う」
よく晴れた春の日。
暖かな日差しが降り注ぐ中で、白いドレスに身を包んだセシリアは沿道を見つめていた。
そこには大勢の民が詰めかけていて、口々に祝福の言葉を叫んでいる。
「ご成婚、おめでとうございます!」
「国王陛下バンザイ!」
「王妃殿下、末永くお幸せに」
皆笑顔で嬉しそう。
セシリアは、胸が詰まるほどの幸せを感じていた。
「――――シア、あまりよそ見しないで、俺を見て」
そんな中、喜びに浸るセシリアの肩に片手を回し、隣に座るエゼルウルフが引き寄せてくる。
反対の手を頬にかけ自分の方に向けようとするのもいつものこと。
「もうっ、エルったら。祝賀パレードの主役がそっぽを向いているわけにはいかないでしょう。みんな私たちを見に来ているのよ」
いつまで経っても独占欲全開な困った男を、セシリアはピシッと叱りつけた。
今日は、セシリアとヴォルスタッド国王エゼルウルフの結婚式だ。
国を挙げての祝賀行事で、王都はお祝いムード一色に染まっている。
エゼルウルフは三十歳。王妃となるセシリアは先日二十五歳になったばかりだ。
長い婚約期間を経てようやく結ばれる国王夫妻に、誰もが安堵の息をついていた。
特に、国の重鎮たちの喜びようはすさまじい。
「よかった! よかったです。……もう、このままセシリアさまが陛下をフッてしまわれたら、どうしようかと心配で、心配で――――」
「そうなれば世界の終わりですからな」
「荒れる陛下の手綱を握れるのは、セシリアさましかおられません!」
涙ながらに感謝され、ちょっと罪悪感にかられたセシリアだ。
(だって、ここまで結婚を待たせたのは、私なんだもの)
理由は、セシリアの不老不死疑惑。二十三歳以降きちんと年をとれるかどうかを確かめない限り、セシリアはエゼルウルフと結婚するわけにはいかなかったのだ。
(いつまでも年をとらない王妃だなんて、問題の種にしかならないものね)
セシリアの事情について、エゼルウルフはすべて知っている。
転生したこと、回帰したこと、若返らなかったこと等々、エゼルウルフから愛を請われた日に洗いざらい話したのだ。
「こんな私だけど、それでも気持ちは変わらない?」
「当たり前だよ、シア! ううん、セシリア・ラネル伯爵令嬢。君の復讐を俺にも手伝わせて」
「あ、それは自分でやるから必要ないわ。……あと、セシリアじゃなくってシアって呼んで。私、エルにはシアって呼ばれたいの」
復讐に手を出すなと言われたエゼルウルフは、あからさまに落ちこんだ。
しかし、「シア」と呼んでと言ったら、あっという間に浮上する。
こんな風にセシリアの言葉次第で一喜一憂するから、エゼルウルフは重鎮たちに「手綱を握られている」などと噂されるのだろう。
まあ、握られて嬉しそうなので、特に問題はないのだが。
セシリアの叔父一家が本格的に没落したのは、五年前のこと。
彼女の二十歳の成人式と同時に行われた爵位継承儀式のときだった。
なけなしの金を振り絞り苦しい中でなんとか見栄を張って行なわれた儀式に、セシリアは贅をこらしたドレスを着て乗りこんだのだ。
ちなみに、このとき彼女をエスコートしたのはエゼルウルフ。
なにがなんでもついていくと言い張ったため、仕方なく連れて行った。
「――――私が本物のセシリア・ラネルです」
シナモン色の髪と草色の目。なにより前ラネル伯爵夫人によく似たセシリアの容貌に、叔父はすぐさまその言葉の正しさを悟ったようだ。
しかし、認められるはずがない。
そうすれば、自分が今まで偽物のセシリアを仕立て上げ、国を欺いてきたことを暴露することになるからだ。
「しょ、証拠はあるのか!」
叔父は、居丈高に叫んだ。
「そちらこそ証拠はあるの? と聞きたいけれど……そうですね、ラネル伯爵家の当主にしか開けられない印章箱の開封でもして見せましょうか?」
叔父はギクリと固まった。
「そ、そんなもの! どうとでも誤魔化しが効くではないか!」
「あら? 誤魔化せなかったから印章箱のすり替えをしたのではないの? わざわざ偽の印章まで作って。……言うまでもないでしょうけれど、貴族の当主印の偽造は重罪ですからね」
セシリアに本物の当主印を盗まれ、それがサーベルタイガーの胃の中から見つかったという事実を突きつけられた叔父は、その印章が本物だとは絶対に認めるわけにいかなかった。このため、印章は偽物の証拠物件として国に没収されてしまったままなのだ。
しかし、成人の儀式を行うためには当主印とそれを納める印章箱は必須アイテム。
仕方なく叔父は、偽物のセシリアでも開けられる印章箱と新たな当主印を作った。
これらは、すべて事前に調査済みの事実だ。
「あと、こちらが国に登録してある本物の当主印の印影です」
セシリアは、日本でいうところの印鑑証明書を叔父に突きつけた。
「こ、こんなものは偽物だ! 本物だという証拠がどこにある!」
怒鳴る叔父の前に待ち構えていたようにエゼルウルフが進み出る。
「それは俺が保証しよう」
「なっ! お前は誰だ?」
「俺を知らないのか? 俺はエゼルウルフ・エンド・ヴォルスタッド。この国の国王だ。……俺が証人では不足かな?」
威厳たっぷりに周囲を睥睨するエゼルウルフ。
さすが国王というカリスマぶりなのだが、チラリとセシリアを見る目は、明らかに褒められ待ち。もしも彼に尻尾があったなら、ブンブンと振られているだろう。
実は、印鑑証明書が本物だという証書も持参していたセシリアだが、ここはエゼルウルフの顔を立てることにした。
(余計なことはしないように言ってあったのに。……でも、あんなに嬉しそうな顔を見たらなにも言えないわよね)
なんだかんだと、エゼルウルフには甘いセシリアである。
国王の後ろ盾を持つ彼女に、叔父が敵うはずもない。
それでも最後の悪あがきをした叔父は、その場から逃走を図った。
『ライトニング・ボルト』
その叔父の足下に、セシリアは雷を落とす。
深々と抉られた床を見て、叔父は腰を抜かして失禁した。
そのまま捕らえられた叔父は、日本でいう保護責任者遺棄罪に加え、国を欺こうとしたことを重く見られ、即日収監。厳しい環境で有名な監獄島で終身刑に処せられる。
叔父の家族やラネル伯爵家の使用人も、セシリアがいなくなったことを知りながら叔父に追従していた罪を問われ、各々相応の罰を受けることになった。
セシリアは、正式にラネル伯爵に叙せられたが、領地は国に返還。法服貴族としてエゼルウルフの相談役みたいな地位に就くことが決まる。
「これでよかったのか?」
「今さら私に領地経営なんてできないもの。領民を路頭に迷わせるよりずっといいわ」
エゼルウルフに問われたセシリアは、晴れ晴れとした笑顔でそう言った。
そうして残るはバーガルド伯爵への復讐だけだったのだが…………こちらは、不本意ながらセシリアが手を下す前に自滅してしまった。
なんと彼は、エゼルウルフに対しクーデターを起こしたのだ。
(自分の方が国王に相応しいって言っていたのって……あれ、戯れ言じゃなかったのね)
なんとも呆れ果てた行為だが、正式(?)にクーデターを起こされては、それに対処するのは国の仕事。セシリアが個人的に復讐する余地はなくなってしまった。
(エルが、嬉しそうだったから、まあ我慢できたんだけど――――)
嬉々としてクーデターを鎮圧したエゼルウルフは、始終上機嫌。元クズ夫の首をプレゼントしてこようとしたので、「そんなモノ、さっさと捨てなさい!」と言いつけた。
(それにしても、あのクズ夫が本気でクーデターを起こすなんて想定外だったわ。そこまでして、いったいなにがしたかったのかしら?)
調べてみれば、バーガルド伯爵は『障害のある者でも、蔑まれず普通に暮らせる国をつくる』という、実に崇高な理念を掲げていた。
――――具体的には、EDでも馬鹿にされないようにしたかったらしい。
(……つまり、私は復讐できたってことなのかな?)
多少疑念は残るのだが、そう思って納得することにしたセシリアだった。
そんなこんなの日々の果て、今日セシリアはエゼルウルフとの結婚という晴れの日を迎えたのだ。
(ずいぶん長く待たせちゃったけど、その間王妃教育もバッチリできたし、国内外の問題も身軽な身分の内にあらかた片付けられたわ。……だから無駄な時間ではなかったわよね)
祝賀パレード開始早々セシリアに叱られたエゼルウルフだが、その後も懲りもせずなんとか彼女の注意を自分に向けようと、あれやこれやと話しかけてくる。
「もうっ、いい加減にしなさい!」
ようやく祝賀パレードが終わり、着いた王宮の広場で、セシリアはエゼルウルフをまた叱りつけた。
そこに――――。
「あ~、父上ったらまた母上に怒られている」
タタタッと走ってきた黒髪の少年が、セシリアにパフッとしがみつき、エゼルウルフに草色の目を向けた。
「とーさま、めっ! よ」
遅れてやってきたシナモン色の髪と黒い目の幼女が、同じようにセシリアにしがみつくと、エゼルウルフに彼女なりの怖い顔をして見せた。
「ち、違うぞ。父さまは怒られてなんていないぞ」
「うそちゅき~」
「怒られていたもん。ねっ、母上」
セシリアの両腕に抱き上げられた少年と幼女は、幼い頃のエゼルウルフを彷彿とさせる可愛らしい顔で、くったくなく笑いかけてくる。
この子どもたちは、セシリアとエゼルウルフの息子と娘だ。
結婚は待たせたセシリアだが、エゼルウルフはバリバリの男盛り。いつまでもキス止まりにはできなかった結果、ふたりの間には子どもが生まれていた。
もちろん避妊したのだが、この世界の避妊は魔法。そしてエゼルウルフは、セシリアから魔法を指導された弟子である。
「避妊魔法より、シアとの子どもが欲しいっていう俺の願望の方が強かったってことだよ。魔法はイメージできるかどうかが大切なんだろう? 自分ができると思えれば、なんでもできるって教えてくれたのはシアだよね」
だからといって、避妊魔法を打ち破るのに、この教えを使ってほしくはなかった。
「私が不老不死で、王妃になれなかったらどうするのよ?」
「そしたら、Sランク冒険者一家になって世界中を転々とすればいいだけさ。シアがなんであろうとも、俺はシア以外とは結婚しないんだから。……ずっと一緒だよ」
不老不死だろうとなんだろうと、エゼルウルフと別れるという選択肢はないんだなと、わからせられた出来事だった。
多少思うところがないわけでもなかったが、生まれた子どもは超可愛いので、セシリアに不満はない。
結局ふたりめの子も生まれ、意外に親馬鹿なエゼルウルフの一面も知ることができた。
――――なんか、思ってたんと違うけど。
セシリアは、空を仰ぐ。
――――神さま、私は幸せです。
笑顔が溢れた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




